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『古事記ディサイファード』第一巻016【Level 3】京都(4)

【解答 5】(1)

 さて、ここで再び旧拙著小説の一場面から抜粋引用してみよう。

  *  *  *
 

 ダイニングテーブルの上に広げられているのは京都市の広域地図、そしてその横には国土地理院の二万五千分の一地形図が数十枚も重ねられていた。
 さらにその上に薄型のノートPCが開かれて何やらデータを表示している。
 時空はテーブルから上体を起こし、麗桜が見やすいように地図をぐるりと回した。
「パズル・ゲームだよ。この地図を見てくれ」
 薄くシャープ・ペンシルで無数の直線が引いてある。放射状に京都を覆う形で引かれた何本もの線は洛北の一点に集中している。そこにはきれいな円錐形を示す等高線の多重円の中心に、山頂を示す三角形のマーク、そしてその上に〈神山〉というゴシック体の二文字があった。麗桜は目を大きく見開いてあの夢を思い出した。
「ああ、これ、ミアレヤマ……神山の山頂じゃない?」
「その通り」
「あの夢の意味がわかったの?」
「いや、意味がわかったと言うわけじゃないけど……。
 あの夢を発信した主体が何者なのかわからないし、ましてやその意図は確認のしようがない、しかし……」
 麗桜は腕組みをしたまま両の肘をテーブルについて地図に見入った。
「手がかりぐらいは掴んだつもりだ。ちょっと不思議なんだ。なぜ京都ではあの場所を訪ねたかということにもなるけれど、神社や磐座などを線で結んでいくと、なぜか綺麗に図形が出来る」
「図形って?」
「まず、あの夢の主人公、神山はここ」
 時空がペンで神山の山頂を示した。
「うん」
「そして頂法寺、六角堂はここなんだ」
 ペン先が南下するのを麗桜は目で追った。〈卍 頂法寺(六角堂)〉と書かれてある。ほぼ京都市街の中央付近。
「神山の山頂から六角堂のヘソ石までの距離はこの地図で計ると百九十九ミリ。四万分の一スケールだから四万を掛けると七千九百六十メートル」
 麗桜が頷いた。
「そして……」
 今度はペン先がどんどん北北東へ動き、はるか上の左京区の山中で止まった。大原のあたり、山地を表わす薄緑色を背景に真っ赤な三文字が浮き立っている。
「寂光院?」
「時間が無くて行けなかったけれど、ここは京都市左京区大原の天台宗の尼寺だ。平家滅亡の後、建礼門院が隠棲した寺として有名らしい」
「それと六角と神山とどういう関係があるっていうの?」
「この寺は聖徳太子が創建したものだ」
「聖徳太子……」
「そして神山山頂と寂光院までの距離もぴったり百九十九ミリ」
「え?」
「もしかすると太子は最初から寂光院と六角が神山を頂点とする二等辺三角形を描くよう、計画的に位置を决定したんじゃないか……」
 時空は本棚に立て掛けてあった一メートルの定規を地図の上に載せ、神山の山頂から六角堂へ、六角堂から寂光院へ、そして寂光院から再び神山山頂へとボールペンで青い線を引いた。巨大な二等辺三角形が出現した。
 麗桜が怪訝そうな顔で考え込んでいる。
「たまたまじゃないの? 定規で測ったぐらいじゃ不正確だろうし……」
「よろしい、その通りなんだ。四万分の一の道路地図を定規で測っただけで結論を出しちゃいけない。もっと正確にやらなくちゃ」
「PCの地図で二地点間の距離が出るでしょ」
「そんなんじゃ全く不正確だよ。単純な掛け算と割り算で大雑把な数字を出しているだけだから。せいぜいドライブの目安程度の用途ならそれで充分だろうけど。
 正確な数値を出すためには地球が球面体である事を考慮した地球物理学的な計算をしなくちゃいけない」
 時空は窓際の棚の上に束ねられた数十枚の地形図を指さした。
「まず、任意の地点の正確な緯度と経度を確認する
 次に二地点間の距離を正確に計算するために例えば〈ガウスの平均緯度を用いた経度計算の逆計算〉というアルゴリズムを使う。他にもいろいろな計算方法があって Vincenty、Haversine、Hubeny とか……。
手法によって結果は多少異なってくるが基本的には同じだ。
ここではとりあえずガウスの平均緯度法でやってる。
「各地点の座標はこうなってる」
 時空が指さしたパソコンの画面に三地点の座標が表示された。

  神山山頂
    北緯35度04分34秒
    東経135度45分15秒

  六角堂
    北緯35度00分15秒
    東経135度45分47秒

  寂光院
    北緯35度07分14秒
    東経135度49分24秒

「そして距離をはじき出す……」

  神山  - 寂光院   8004m
  神山  - 六角堂   8022m
  寂光院 - 六角堂   14033m


神山ー寂光院ー六角堂

「正確な二等辺三角形だ。誤差十八メートル。地図上で六角堂はヘソ石の座標をとった。寂光院は建物の中央だけど、どこを取るかによっても違ってくる。二万五千分の一地形図上ではほんの0・72ミリの差だ。シャープペンシルで線を引いて割り出したんだけど、その芯の直径ぐらいだ。二万五千分の一地形図は縦三十七センチ、横四十六センチほど。この図形はその地形図が三枚連なる範囲にまたが跨っている。その中での0・72ミリだよ。座標を割り出す時の微細な誤差も考慮すると殆ど無視していい範囲だ。プログラムは座標の入力に間違いが無ければ距離の計算精度は±1m程度、方位角の計算精度は±1秒程度」
 時空はそこでたっぷり間をおいて麗桜の反応を伺った。
「それでも偶然だって言える?」

(つづく)

※ 最初から順を追って読まないと内容が理解できないと思います。途中から入られた方は『古事記デイサイファード』第一巻001からお読みいただくことをお薦めいたします。

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