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難病営業マンの温泉治療⑤【鶯宿温泉 石塚旅館】

<前回はこちら>

 女将さんからもらったガムテープで次々とカメムシを退治。ここまでは湯治場では何度となく経験してきたこと。しかし一向に減らないその数。落ち着かぬ時間を数時間過ごした後、夕食の支度にと炊事場へ。そこには先ほどの女性が調理をしていた。
 

 慣れた手付きから長期滞在者と思われる。私以外に宿泊者がいるとは存外だった。思い切って声をかけると優しく何でも答えてくれた。
 こちらの方、もう1年以上こちらに滞在しているのだという。ここに来る前は大沢温泉に2年、鉛温泉(花巻市の湯治場)にも長期でいたことがあるらしい。

 カメムシに右往左往する私に、優しく指南してくれた。
 

私  「あのっ、カメムシってどうしてます??」
女性 「多くてびっくりしたでしょう、割り箸で水の張ったペットボトルに落とすのよ」
   「ガムテープはいくらあっても足りないから」
   「最初は大変だったけど慣れちゃえば大丈夫よ、絶対人間には害を与えないから」
   「あとストーブは点けちゃダメ 部屋が温まると出てくるから」


 先ほどクスクス笑っていたのは、やはり三下と思われていたからのようだ。
 カメムシは刺激してはいけない、ガムテープでそっとくるんで捨てるというのは田舎では常識。だが、ここでは通用しなかったようだ。

 ここ雫石町、朝夜は氷点下にこそならないが、最低気温は1桁台とかなり冷え込んでいた。

 「寒さを耐えるか、虫を我慢するかどちらかね」

 そう答える女性。湯治場で暮らす方々の逞しさに陶然としてしまった。

 
 夕食前にひとっ風呂。源泉はアルカリ性単純温泉がかけ流し。男女ともにシャワーなしカランなしの内風呂が一つだけ。観光気分で訪れた旅行客には不親切な宿と思われるかもしれないが、“温泉は小さいほど良い”と専門家の多くは言う

 私も数々の源泉を回ってきたが、開放的な露天風呂も好みではあるが、やはり湯の個性をしっかりと味わうには内湯。それも小さい湯船に大量の源泉が流れ込むのが最も理想的な湯遣いだと思量する。

 こちら石塚旅館は一見誰も寄り付かなさそうな外観だが、風呂桶を持った地元客が次から次へと訪れる。感染対策を講じてか、皆少しずつ時間をずらし密にならない様配慮をしているようだ。


 温泉街でどこの湯に入るか迷ったとき、このように小さく、地元民から愛される浴場を選んでおけば、間違いなくその地で最良泉に巡り合えるだろう。
 浴槽を大きくすればするほど、環水率は下がり湯の個性も薄れる。収容人数の多いホテルともなると、塩素消毒液に頼らざるを得ない。


 タイヤチューブの焦げたような匂いが立ち込める浴場。湯は激熱でセルフ式でホース加水し温度調節。だがここに来る地元の常連さん達は熱湯を好むようだ。

 単純温泉(成分量が一定数に達していない温泉)だが、そのパンチ力は数分浸かっただけでもぐったりするほど。湯ノ花が舞う源泉は温まりが良く、発汗も随分促進された。分析書の成分はさほど濃厚ではないが、なかなかのガツン系の湯だった。
 毎日朝・昼・夕・晩と一日4回度のダイブを決め、心身の快復を期待した。

  
 食事はレトルトのご飯にとカレー、卵に納豆など粗食となる。自炊場ではまだ共同キッチンでの調理には感染対策の観点からも一壁を感じるところ。巣籠も精神衛生上よくないため昼は車を走らせて蕎麦などを食した。栄養不足は野菜ジュースや乳酸菌飲料などで補った。

 転地効果が出始めたのか、こちらに来てから少しずつ不眠症は快方に向かった(と言っても2~3時間で目が覚める)。PTSDの様な状態はこちらに来てからは出ていない。心因的なアプローチからも、線維筋痛症には長期温泉療養は効果がありそうだ。

 ヨーロッパでは温泉療法は医療行為として認められており保険も適応される。ファイザー社が提唱する線維筋痛症の主な治療法は5つ。温熱療法・認知療法行動・運動療法・薬物療法・心理療法。

 これはほとんどが温泉で得られる効果と一致している。温泉の効能は大きく分けて、①温熱効果 ②浮力効果 ③湯圧効果(運動効果)④薬理効果(湯の成分による効果)⑤転地効果(心理効果)。
 謎の痛みと睡眠障害に苦しめられた10年間、思わず知らず私はその治療法に辿り着いていたのかもしれない。


 5月1日 天気の良い日だった。車で10分程の走らせ御所湖の湖畔をリハビリがてら散歩をしていた時だった。緊急地震速報の警報が鳴り響く。暫く立ち止まっていると強い振動が来た。電柱や信号機がグラグラと揺れている。結構なデカさだ。

 落ち着いたところで震源地を確認。震度5強を観測したのは、またしても宮城県は石巻、涌谷町、そして、、大崎市。これまで何度か保養、長期滞在でお世話になった鳴子温泉郷がある地だ。


 私は再来週にも。鳴子で10日間の湯治を予定している。流石に肝を冷やした。ネットニュースや部屋に戻りテレビで被害状況を確認。どうやらさほど甚大な被害は出なかったようでホッと胸を撫で下ろした。

 温泉と火山と地震、これらは相関関係にあると言われている。世界中の7%にあたる活火山を有する日本列島。自然災害のリスクと引き換えに、複雑に入り組んだ地層から潤沢な源泉が湧き出す。この小さい島国に存在する温泉地は実に3,000を超える(23倍の国土を誇るアメリカでも400か所)。

 宿に戻り、衣鉢の如く守られ続けてきた源泉に改めて感謝のダイブ。この日の鶯宿の湯は、今まで以上に温かく感じられた。

                           令和3年5月3日

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