春の東北湯治⑮【大間のバスラーメン】
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下風呂には自炊可能な宿がないため、基本的には旅館での食事か2軒の食事処、または共同浴場「海峡の湯」でいただくことになる。この地の名物と言えば「イカ」。青森県は北海道に次ぐ漁獲量を誇る。
観光資源として温泉街の海辺に「元祖烏賊様レース」という会場がある。収穫時期になるとそこでイベントが開かれ、サーキットの中でイカを競争させ観光客を楽しませてきた。
スルメイカは7月中旬から11月頃までが収穫時期。だが私が以前8月に来た時も営業している気配はなかった。こんなに閑散としているのかと驚いた記憶がある。まるほん旅館の女将さんと話すと、また内情を聞いた。
元々は公営だったが、現在は私営に切り替わったようだ。かつてスルメイカはこの辺りでは大衆魚として親しまれていたものの、極端に漁獲量が減り高級魚となってしまったという。単純にスルメイカが揚がらなくなり、近年はレースの開催はほとんど行われないらしい。
今の時期に振舞われるのはヤリイカで、下風呂のどこの宿でも朝食にはイカが登場する。コンビニもないので、本旅初めて旅館での食事をいただくことにした。下風呂のイカ刺は変わらず美味かった。九州でも何度か食べたことがあったが、こちらの方が上だと思う。
下風呂温泉街から本州最北端の大間までは車で25分。
ここでも食したい逸品があった。「クロマグロ」ではなく「ラーメン」。数年前、夏油温泉(岩手)で同浴した方から伺った話。全国をバイクで回られている方で、大間崎の近くに「バスラーメン」なる店があると言う。
その時の会話を思い出し、是が非でもそこで夕食を摂りたいと考えていた。いざgoogle先生で調べてもその情報はかなり脆弱。口コミも2件しかなく「19時半くらいから始まる」、「アットホームなママが面白い」など情報はアバウト。mapもピンは刺さっているが、電話番号はなし。
もう、「行ってみる」しかなかった。営業している可能性は五分と予想。大間にはコンビニがいくつかあるのを確認したので、やっていなければ弁当で済ませる。腹を決め19時に出発。
Google mapを頼りに到着したバスラーメン。ピンずれはなく、本当にそこにはボロボロのバスが停まっていた。だが真っ暗で誰もいない。着いたのは19時半少し前、ここまで来ては簡単には引き返せず、とりあえず待つことに。
すると10分後、一台の軽自動車がやって来た。そして店主と思われる女性が降車。私の車を見て話しかけてくれた。
店主 「お兄さん大宮から来たの?」
私 「ええ、そうです。今日はやりますか?」
店主 「もうちょっと時間かかるけど」
私 「待ちます」
軽自動車からポリタンクをバスに積荷をするお姉さん。恐らくラーメンのスープと思われる。
私 「中にいてよいですか?」
店主 「大丈夫だよ。お湯が沸いてないから、ラーメンはちょっと待って」
私 「凄いですねここ。何年やっているんですか?」
店主 「11年かな」
私 「あれっ、意外と短いですね。このバス動きます?」
店主 「もう走らないよ」
なかなかカオスな状態の車内。お姉さんが動くたびに車体が揺れる。
店内はアルコールも出しており、客も多くは地元客で居酒屋感覚で利用するという。
この日は昼食を抜いていたので、塩ラーメンの大盛と餃子を注文。揺れる車内の中で手際よく調理するお姉さん。15分ほど待って着丼。
求めていた淡麗系のスープ、鶏の出汁の香りがフッと鼻を抜ける。感動と雰囲気込の評価になってしまったのかもしれないが、この塩ラーメンも秀逸だった。
私が塩ラーメンをすすっている間。女将さんが鍋を火にかけて何かを作り始めた。鍋が煮立つと卵で閉じ、私の前に配膳。
店主 「はい、ホタテ貝焼。サービス」
私 「いいんですか」
店主 「いいよ。普通貝殻がついているんだけどね、これ美味いよ」
私 「うわっ!めっちゃ旨いです」
店主 「ご飯いるかい?」
私 「流石に食べ過ぎです、、」
酒も飲まず、店主と二人きりの時間は90分近く続いた。
塩ラーメン大盛に餃子、サービスの貝焼が付いて1,050円。運転がなければ、微酔を楽しみながらずっとここに居たかった。
バスを出て愛車に乗り換え、本州最北端の大間崎に別れを告げる。こんなに楽しい思い出なのに、涙が出そうになるのは何故だろうか。
令和4年4月30日
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