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ステキな笑顔の裏側に。


店内に、綺麗なピアノの音色が
流れ始めました。

中庭に面した大きな窓には
午後のまぶしい光を背にして
男の人の横顔とグランドピアノのシルエットが
浮かんでいます。

「ここのお店ね、13時になったら
ピアノの生演奏が始まるの。
その席からだとよく見えるでしょう?
ぜひ楽しんでほしいなと思って
予約の時、席まで指定させてもらったの。」

弘子さんは
頬にキュートなえくぼをつくりながら
ふふふ、と笑っています。


**

結婚のお祝いに
一緒にランチに行きませんか?
おすすめのお店があります。
お引っ越しなさる前に、ぜひ!

数日前、ランチに誘ってくれたのは
以前職場でお世話になっていた弘子さん。
私の母と同世代で、
入社した頃から大変よくしていただいた方です。


レストランの店内は
レトロなアンティーク調で
電球やランプのオレンジがかった光が灯り、
使い込まれた椅子やテーブルを
あたたかく照らしています。

そこへゆったりと漂う心地よい音楽。
ピアノの音が、艶のある板張りの床に
やさしく染み込んで、
レストラン全体がぬくもりある空気に
包まれてゆくようでした。



美味しい料理に話も盛り上がり、
楽しいランチタイムはあっという間に
過ぎていきます。

***

「私には息子がいてね、
ちあきさんの2歳下なのよ。
一人息子なんだけれど、実は私
その子を産む前に一度、流産をしているの。
ちょうど桃の日のことだったから、
未だに毎年その季節がくると
思い出してしまったりして。
そのせいもあって余計に、子どものことは
気に掛かっちゃってね。
子離れしなくちゃって、
思ってはいるんだけど。」

何気ない世間話から
家族の話になったときでした。
目も口元も笑っているのに
どこか切なさが滲んでいる、そんな表情で
弘子さんはそう話してくれました。

私は返す言葉に迷い、
飲んでいたコーヒーに目を落とすと
面倒見がよく、いつも笑顔で
時に涙もろい弘子さんの姿が
目の前に浮かんで
心がきゅっと痛みました。

「ちあきさんを見ているとね、
つい自分の娘みたいに思えてしまって。
結婚して遠くに行ってしまうのは
やっぱり寂しいけれど
今日たくさんお話を聞けてよかった。
これでちあきさんのこと、
心置きなく送り出せるわ。
どうか、お幸せにね。」


どんな時も味方でいてくれた弘子さん。
最後にもらったその言葉が
じんわり胸に沁みました。


私の、もうひとりの母は
本当に、心の美しい人だと思いました。

これからもあたたかい記事をお届けします🕊🤍🌿