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「♥」を因数分解してみたら


「先生、センスってどうすれば
身につくんでしょうか」


その日の授業も終盤に差し掛かったという頃、
私は先生に質問をした。

仕事後に通っていたデザイン教室。
デザイナーである先生は
自宅の一室を開放して
社会人向けの夜間講座を開いている。


唐突な質問に

「そうだねえ、
これはあくまで僕の意見だけれど」
と前置きをして
先生は答えを返してくれた。


街を歩けば至ることろに
デザインが溢れているでしょう?

美しいと思うデザインに出会ったとき、
そのデザインのどこが美しいのか、
何が心を惹き付けたのか、
じっくり、考えてごらん。

それは、自分のセンスを磨く
ひとつの手段になるよ。


たとえば、雑誌の紙面ひとつにしても
色の組み合わせ、配置、装飾の使い方、
文字や写真のサイズ感、フォントの選び方、
写真やイラストの雰囲気、
幾つもの要素が
出来上がりの印象を左右しているよね。
どういう風に伝えたいか、
作り手は意図を持って
それらを編集していくわけだから
ひとつひとつに理由があるんだ。
それを読み解く、というイメージかな。


逆に、
美しくないと感じるデザインに出会ったときも
どこが原因なのか、よく考えてみて。
そういうモノにはどこか
違和感があるはずだから、
その違和感の所在を探す。
短所から学ぶことも大切だからね。


そういう視点をもって見ていくと、
何かしらのパターンを掴めるかもしれないし、
個々の素材が持つ特性が分かるかもしれない。

細かな部分を深く捉える眼を養うことは、
センスを磨くことに繋がる。
そして、自分がデザインを生み出すときの
力になるんだよ。


教室で私は、毎回四苦八苦しながら
ポスターを作ったり、
パッケージを考えたりしていて、
日頃使うことのない、頭の奥の奥の方まで
フル回転させるようにして
課題に取り組んでいた。

授業が終わる頃には
ヘトヘトになっていたけれど、
刺激的で、とにかく楽しい時間だった。

ただ、回を重ねても
自分には足りないものがあると感じていて
どうやったらもっと力を付けられるだろうと
私は先生に質問をしたのだった。


これはデザインに限った話ではなくてね、
写真やファッション、
音楽、文学という分野にだって
同じことが言える。
感覚を磨きたいなら、
魅力的だと感じるモノの
どんなところが魅力なのか、
ひとつひとつ考えてみるといい。
その作業をたくさん繰り返すんだ。


それと、心が惹かれたものは、
あとで見返せるように
画像やメモで保存しておけるといいね。
これは、振り返ったときに
参考になるだけでなくて、
自分の持つ嗜好、感性、自分らしさを
知ることにも繋がるから。


先生はそう言うと
いつものように紅茶とお菓子を出してくれた。

「でも、まあ、そう考えすぎず、
お茶でも飲んで」
先生に促されて
私はレモンティーを一口飲んだ。
香りがよく、レモンの風味が爽やかで
糖分が、熱を持った頭を
ほぐしてゆくのが分かった。


ボンヤリと眺めていたものの中に
幾つものヒントがある。

漠然と抱いていた「キモチ」を
因数分解するように
ちいさく分けて観察すると
気づくことがある。

根気のいる作業だと思ったけれど

そう考えるとなにか
世界がぐっと
面白みをもってくるような気がした。

学ぶって、難しいから楽しい。

「 やってみます 」
私はまっすぐ、先生の目を見た。



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