家族や、自分の過去について説明できない時の対処法

「今の苦しみはあなたのせいじゃない、あなたは悪くない」
そんな思いで過去と向きあうことを自分に許すことにしました。
親子関係に何か痛みや疑問を感じてきた人に伝えたい。
そして、過去に戻れるなら、誰よりもあの時の自分自身に言いたい。
とーふです。

とーふは、今から6年前ぐらいに母に「もうメールもやめて欲しいし、実家に帰るつもりがない」と伝えました。
で。
スッキリしたんです。
寂しさとか、不安とか、どこかの誰かに「親不孝もの!」と叱られるかも?とか、そう伝えた瞬間に両親が死んだりしたら、後悔するかも?とか。
いや、自分が決めたんだから、それも人生だ。
そう思って一切を覚悟したら、どんな感情よりも先にスッキリ、そして後ろから自分を追いかけてくる人がいなくなった!という安心感に包まれてしまったのです。

連絡遮断願いを伝えてみて初めて実感したことは、母からのメールも、実家に帰る時も、向こうが自分の住む街に来る時も、いつもどこか苦しかったのです。
何かを要求されているような圧。
リラックスしていたくても、機嫌を損ねたくない気持ちに縛られる自分。
そういうものから解放されました。

ただ、その後少々心配があったのはこの状況をどれぐらいの人が理解してくれるかどうか、、、ということでした。

「あれ?最近とーふ全然実家(地元)に帰ってない?」
と、家族大好き、家族みんな仲良し、という友人や知人に聞かれる時になんと答えようか。

1◇ 本当に親しい友人には、教育的虐待、毒母、というワード、ニュアンス、自分の子ども時代のことをゆっくり説明した

友人たちには少しずつ、少しずつ、自分と親との関係性についてのカミングアウトをしていきました。
小学校や中学校時代からの友人には、「喧嘩したり、親のことを言っていたのは覚えているけど、そんなに大変な状況だったとは知らなかった」と言われました。
「よく頑張ったね。。。グレなかったのは奇跡だよ」とも言われたり。「兄弟がいて、なんでとーふだけそんな目にあうのか意味がわからない」と一緒に怒ってくれたり。誰にも責められなかったです。
「いつ親と死別するかわからないから、後悔だけはないようにね」とは言う子もいましたが、それは本心から心配してくれたんだと思って、受け止めました。
毎回泣きながら1時間以上話す私に、根気強く耳を傾けてくれた友人たちに、感謝です。

結果、それぞれに一回説明したら、自分もスッキリしてとーふの家族の状況などについては聞かれなくなりました。これにも感謝。

2◇ そんなに深く自分のことをしらない友人には「子どもがいないことをしつこく言われるから実家に帰っていない」と説明

大して自分との関係性が深くない、職場の人などに「あら年末実家に帰ったりしない?」とか聞かれる場合は、「あんまり帰らないんですよねー。こどものこといろいろ追及されるのが嫌で」などというと、納得してもらえることが多かったです。そしてそういう人たちには、「親不孝ですけどねー」と自分から言ってしまう。

3◇ 1と2の間ぐらいの関係性の場合 

その人の状況に合わせて、話すニュアンスを調整しました。理解してもらおうとしない。期待しない。そしてよく忘れてしまうのですが「親にはもちろん感謝してる面もありますけどね」と言っておくのもよいのかなと。
本心でそう思っていなくても、そんなに深いところを話す必要性を感じなかった人たちだから、「親とうまくいっていない」=「人間性に問題あるかも?」と疑われたり、「いつか仲良くできるよ、大丈夫だよ」とか、余計な励ましをもらってしまう可能性も、残念ながらあります。まあ、もちろんそんなの日本昔ばなしか?!と思っていても「感謝もある」と言っておくのが、面倒を回避できます。

過去の親子関係や家族状況に他人には理解してもらうのが難しい「ねじれ」があって、いまも心がキューッとなってしまうあなたが、少しでも楽に生活できるようになりますように。
あなたは悪くない。あなたはこそが、大切な、何ものにも代えられない人です。のんびりでいいです。少しずつ、深く息が吸えるように、吐けるようになりますように。

きっと大丈夫。生きているだけで、100点です。

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