- 運営しているクリエイター
#短編小説
短篇小説「あの店は子沢山」
うちの店には優秀な「子」がたくさんいる。子沢山という意味ではない。なぜならば主語は親ではなく店であるからだ。もちろん子供が働いているという意味でもない。そんなことをして労働基準法を堂々と犯すわけにもいかないし、その必要もない。みな立派に成人しており、その親ではなく本人と正式な社員契約すら結んでいる。
すべてのはじまりは店頭に立つ売り子だった。そのころ彼女以外の店員たちは、誰ひとりとして「子」と
短篇小説「浮きっ歯」
薄暗いバーのカウンター席で、グラスを掲げた男が見知らぬ女の目の中を覗き込んで言った。
「君の瞳に、乾杯!」
テーブルの上で蝋燭の炎が揺れた。女の心も同じように揺れることを、男はひそかに期待していた。
「ずいぶんと歯の浮くような台詞ね」――女はそう言い返してやりたいところではあったが、正直それどころではなかった。文字どおり、瞳に乾杯をされてしまったからだ。幸いグラスが割れるようなことはなか