マガジンのカバー画像

不条理短篇小説

115
現世に蔓延る号泣至上主義に対する耳毛レベルのささやかな反抗――。
運営しているクリエイター

#文学

短篇小説「夢のまた夢のまた夢」

短篇小説「夢のまた夢のまた夢」

 目が覚めると僕はプロ野球選手になっていた。これは僕が生まれてはじめて抱いた夢だ。寝て見る夢ではなく、起きて抱く夢だ。だからこれは夢の中の話ではなく、外の話ということになる。どちらが現実かなんて、取るに足らないことだろう。

 しかしプロ野球選手の僕は、引退後に生き甲斐を失い、酒びたりの毎日を送ることとなった。毎日が無力感に溢れていた。子供のころ、引退後のことまで夢に見ることを忘れたからだ。こんな

もっとみる
短篇小説「過言禁止法」

短篇小説「過言禁止法」

 SNSの流行により日本語は乱れに乱れた。どう乱れたかといえば端的に言って万事表現がオーバーになった。

 短文の中で自己表現をするとなれば自然と過激な言葉に頼るようになる。さらには、ただ一方的に表現するだけでなく互いのリプライによる相乗効果も働くとなれば、言葉がなおさら過激化するのは必然であった。そこで日本語教育の行く末を憂う文科省が中心となり政府が打ち出した政策が、先に施行された「過言禁止法」

もっとみる
短篇小説「紙とペンともの言わぬ死体」

短篇小説「紙とペンともの言わぬ死体」

 繁華街の路地裏で、紙とペンを持った男の死体が発見された。彼は死ぬ間際、いったい何をそこに書きつけようとしていたのか。

 そこで真っ先に「遺書」と考えるのは、いかにも浅はかな素人推理である。なぜならば死体が着用していた上着のポケットからは、別に遺書が発見されているからだ。

 だがもしかすると、彼は遺書の続編を執筆している最中に死んだのかもしれない。アメリカのドラマに「シーズン2」がよくあるよう

もっとみる
短篇小説「ALWAYS 二番目の銀次」

短篇小説「ALWAYS 二番目の銀次」

 あまり知られていないが、あらゆるジャンルでコンスタントに二番手のポジションを獲得し続けてきた男がいる。男の名を銀次という。皮肉なことに、銀次はその出生からして二番目であった。だがそれは、いわゆる「次男」という意味ではなく。

 山に、老夫婦が住んでいた。ある日お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯にいった。すると川上から、どんぶらこ、どんぶらこと、大きな桃が流れて来たのだった。お婆さんは桃を

もっとみる
短篇小説「フクロウこそすべて」

短篇小説「フクロウこそすべて」

この世のすべてフクロウになったのは、いつからだったろうか。

 ある日、意中の女性とデートしていた私は、一件目の盛りあがりを受けて、彼女を二件目に誘った。だがそこで彼女が発した言葉に、私は衝撃を隠せなかった。

「ごめんなさい、今日はウチにフクロウが来てるの」

 私はフクロウに負けた。

 翌朝、そんな哀しみを胸に出社すると、部下の新入社員が大遅刻してきたので、私はいつも以上に厳しく叱りつけてし

もっとみる

短篇小説「ことわざ殺人事件」

 ある冬の朝、都心の路上で、腹部に餅屋の暖簾を被せられた中年男性の死体が発見された。男は一般的な背広姿、目立った外傷は見当たらず、死因は特定されていない。この不可解な死を解明するため、二名の刑事と一人の探偵が現場へと急行した。

 初めにベテランの刑事Aが目をつけたのは、やはり腹部を不自然に覆い隠している暖簾であった。紺色の生地に大きく「餅」とプリントされている。刑事Aは、かしげた首をゆっくりと戻

もっとみる
短篇小説「縁起者忙殺録」

短篇小説「縁起者忙殺録」

 幸介はとにかくかつぐ男だ。どれだけ重いものをかつぐのかといえば、彼のかつぐべきその総重量は甚だしく大きいと言わざるを得ないだろう。そう、彼は縁起をかつぐ男。成功体験の数だけ、かつぐべき縁起がある。

 幸介は自身を幸福へと導く縁起を、それはもう起きた瞬間からかつぎにかつぐ。彼は起床時には、必ず左目から先に開けると決めている。

 これはけっしておかしな話ではない。縁起をかつぐからには、必ずそれだ

もっとみる
短篇小説「筋肉との対話」

短篇小説「筋肉との対話」

 おい、オレの筋肉! やるのかい、やらないのかい、どっちなんだい? やるとしたらいつ、何を、どのようにやるのかい? 今すぐ、バーベルを、鬼のように上げるのかい? 今宵、ブルドーザーを、東京から大阪まで引っ張るのかい? あるいは明朝、ラジオ体操第2を、強めにやるのかい?

 逆にやらないとしたら、代わりに何をやるのかい? どこへ行くのかい? 誰に会うのかい? 疲労回復のために眠るのかい? 薬局へプロ

もっとみる
短篇小説『マジックカッター健』

短篇小説『マジックカッター健』

 マジックカッター健はどこからでも切れる。彼を切れさせるのに、切り込みなど必要ない。お肌だってツルツルだ。

 マジックカッター健は、端から見れば何ひとつ原因が見当たらないのに切れる。しかし実を言うと、健には本当に切り込みがないのではない。彼の切り込みは外からは見えないというだけで、健が切れるときには必ず、心の中のどこかに切り込みがひっそりと入っている。マジックには、必ずタネがあるというわけだ。

もっとみる
短篇小説「条件神」

短篇小説「条件神」

 ひとりなのだかたくさんいるのだか知らないが、世にいう神々が必ずしもやさしいとは限らないのは、地球の現状を見れば誰にでも簡単に理解できることである。しかしまさかここまでとは。

 その日、神が喪師喪田畏怖男を見つけたのか、喪師喪田畏怖男が神を見つけたのか。そんなことはどうだっていい。畏怖男は日曜の公園を散歩中、夕陽をバックに池からせり上がってくる神を見た。

 それはまるでコロンビア映画のオープニ

もっとみる
短篇小説「ハズキルーペがハズかない」

短篇小説「ハズキルーペがハズかない」

「今日も私は精一杯、力の限りハズけていたのだろうか? あるいは楽をして、中途半端に七割方ハズいたあたりで、満足してしまっていやしないだろうか?」

 近ごろ私は、仕事を終えた帰りの電車内で、毎日そう考えている。それはもちろん、私が最近ハズキルーペを購入したからである。

 しかしハズキルーペを所持しているからといって、何事をもハズけるとは限らない。無論ハズける確率はいくらか上がるのだが、やはり努力

もっとみる
短篇小説「マウント屋」

短篇小説「マウント屋」

 仕事で大きなプロジェクトを成し遂げた翌日、私は必ずマウント屋へ行くことにしている。今日の私があるのは、すべてマウント屋のおかげだと思っている。

 今夜も私は、任務達成の悦びと抜けきらない疲れに酔いしれた身体を引っさげて、会社帰りにマウント屋を訪れる。せっかくだから、今日は新規開拓をしてみよう。そう思った私は、会社近くにある以前から気になっていた店を訪れることにした。

 手書きで粗雑に「冒焚里

もっとみる
短篇小説「雑談法」

短篇小説「雑談法」

 七年前にいわゆる「雑談法」が施行されて以来、気軽に「雑談でもしましょう」などと言えない世の中になった。難儀なことである。

 「雑談法」により、「雑談」という文字どおり雑然とした概念は、改めて明確に定義されることとなった。はたして何が「雑」で何が「雑」でないのか? その曖昧すぎるボーダーラインは、それまであまりにもないがしろにされてきたと言うべきだろう。

 そもそも「雑談」とは、「とりとめのな

もっとみる
「感濃小説」

「感濃小説」

 ある夜仕事から帰宅すると、ドアの前に透け感のある服を着た抜け感のある中年男が立っていた。男は見るからに生き感に欠け、その夢感そしてうつつ感の強い表情から読み取れる化け感は、まるで死に感に包まれた幽霊のようでもあった。それにしては左手に持った提げ感のある大きな紙袋が、不自然なまでの揺れ感を伴ってその有る感を主張していた。

「買ってもらいたいものがあるんです」

 私の顔をチラ感のある目線で捕らえ

もっとみる