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不条理短篇小説

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現世に蔓延る号泣至上主義に対する耳毛レベルのささやかな反抗――。
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#創作

短篇小説「部活に来る面倒くさいOB」

短篇小説「部活に来る面倒くさいOB」

「お~いお前ら、遅いぞ走れ~!」

 退屈な一日の授業を終えて昇降口から外に出ると、ひどく細長いノックバットをかついで校庭のマウンドの土を退屈しのぎに足裏で均しながら、声をかけてくる薄汚れたウインドブレーカー姿の男がいる。部活に来る面倒くさいOBだ。

 監督はいつも遅れ気味にやってくるが、部活に来る面倒くさいOBはだいたいいつも先にいる。時にはベンチで煙草を吹かしながら、「お前らは吸うなよ~」と

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短篇小説「芝生はフーリッシュ」

短篇小説「芝生はフーリッシュ」

 どうやらわたしは公園のベンチで、サングラスを掛けたまま眠り込んでいたらしい。おかげで昼か夜か、起きてすぐにはわからなかった。サングラスを外すと、これまでに見たことのないような、色とりどりの世界が目の前に広がった。色とりどりにもほどがあった。それはつまり自動的に、夜ではないということになる。

 正面にフーリッシュグリーンの芝生が広がり、それを囲い込むように配置されたオールドスクールレッドのベンチ

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短篇小説「匂わせの街」

短篇小説「匂わせの街」

 冒険の途中でふと喉の渇きをおぼえたわたしは、夕暮れどきに立ち寄った街でカフェのドアを開けた。

「いらっしゃい! そういえば最近、夜中になると二階から妙な物音がするんだよ」

 カウンターでカップを拭っている髭のマスターが、ありがちな挨拶に続けてなにやら唐突な相談を持ちかけてきた。さすがに気になったので、初対面ではあるが、わたしはボタンを押してもう一度話しかけてみた。すると、

「いらっしゃい!

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145字小説「駆け出しのAI」

145字小説「駆け出しのAI」

 私の自動車にはAIが搭載されている。私はその実力を試すように、崖の手前に差しかかったところでAIへ指示を出す。

「アホクサ、ブレーキかけて」
「はい、かしこまり」

 すると自動車のブレーキが、脱兎のごとく駆け出した。私は奈落の底へと沈みゆくマイカーの中で、この文章を書いている。

 アホクサに漢字は難しい。

短篇小説「オール回転寿司」

短篇小説「オール回転寿司」

 私は先日、いま話題の「オール回転寿司」へ行った。まさかあんなに回るとは。

 回る回るとは聞いていた。しかしその回転の度合いは、私の想像をはるかに超越したものであった。こんな店が繁盛しているということは、人間はとにかく回ることを愛する生き物であるということだろう。さすが、回転する星の上で生活することを選んだだけのことはある。どうりで竜巻のようなジェットコースターに長蛇の列ができるわけだ。

 夕

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短篇小説「あれ」

短篇小説「あれ」

 ある朝のことである。家を出て駅へと向かう道すがら、私は「あれ」を家に忘れてきたことに気づいた。私はいますぐに「あれ」を取りに帰るべきだろうか。だが「あれ」がなくても、今日一日くらいなんとかなるだろう。そう思って私は踵を返すことなく、いつもの通勤電車に飛び乗った。

 だがその考えは、あまりに楽観的すぎたかもしれない。私は揺れる満員電車の中でつり革を掴んだり放したりしながら、「あれ」を忘れたことで

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短篇小説「違いがわかる男」

短篇小説「違いがわかる男」

 判田別彦は違いがわかる男だ。彼に違いがわからないものはない。いや、わからない違いはないと言うべきか。もちろん「レタス」と「キャベツ」の違いだってわかる。

 いい感じなほうが「レタス」で、そうでもないほうが「キャベツ」だ。

 別彦にかかれば、「牛肉」と「豚肉」の違いだってお手のものだ。高いとか安いとか、美味いとか不味いとかの問題じゃない。

 既読スルーしそうなほうが「牛肉」で、しなさそうなほ

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短篇小説「正論マン」

短篇小説「正論マン」

 正論ばかり言う正論マンがセイロンティーを飲んでいる。これは駄洒落だが駄洒落こそが正論なのではと正論マンは最近思う。

 たとえ言葉の響きだけであっても、一致している部分があるというのは間違いなく正しい。もしも正論マンがダージリンティーを飲んでいたら、「なぜセイロンティーじゃないんだ?」と言われてしまうことだろう。それは正論マンがセイロンティーを飲むのが正論だと皆が感じているからにほかならない。

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ショートショート「売らない師」

ショートショート「売らない師」

 僕はその日も売らない師の店を訪れていた。

 売らない師の店では、なんでも売っているがなんにも売っていない。食品もおもちゃも洋服もペットも電化製品も、その他なんだかわからないものまで扱っているが、この店で誰かがなにかを購入する場面を、僕はこれまで一度たりとも見たことがない。それどころか、買ったという話を聞いたことすらない。だからこそ彼女は、誰が呼んだか「売らない師」と呼ばれているのだ。

 それ

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短篇小説「机の上の空論城」

短篇小説「机の上の空論城」

 いよいよ私はたどり着いた。旅の最終目的地である、この大いなる「空論城」へと。

 門前から見上げると、「空論城」は四本の太い木の柱に支えられた巨大な板の上に、そう、まるで机の上に建っているように見えた。さすがはかの有名な言葉「机上の空論」の語源となった城である。それは土台となる机の上にその底面を接しているようでありながら、そこからやや浮遊しているような不安定さをも孕んでいた。

 思えば長い旅路

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電子書籍『悪戯短篇小説集 耳毛に憧れたって駄目』無料配布キャンペーンのお知らせ

電子書籍『悪戯短篇小説集 耳毛に憧れたって駄目』無料配布キャンペーンのお知らせ

このたび、久々に拙著電子書籍の無料配布キャンペーンを開催することにしました。

そうです。このたびの新型コロナウイルス絡みで、いろんなところが部屋にこもらざるを得ない子供たちのためにと、無料キャンペーンを行っているのを見て、僕も何かしなければと思ったのです。

と言いきりたいところですが、ここには子供たちに向けたお話はひとつも入っていないので、単に世間の流れを受けてKindleにそんなキャンペーン

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短篇小説「アバウト刑事」

短篇小説「アバウト刑事」

 トレンチコートのようでトレンチコートでないような、いやコートとすら言えないかもしれないアバウトな上っ張りの襟のような一帯を立て、今日もアバウト刑事が事件の捜査を開始する。具体的にそれがどんな事件かと問われれば答えようがない。なぜならば彼は、アバウト刑事だからだ。

 とはいえ仕事は仕事。まずは現場へ急行しなければならないのが刑事の務めだ。しかし現場といっても、どこが現場なのかを特定するのは難しい

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短篇小説「ドーナツ化商談」

短篇小説「ドーナツ化商談」

「なんだこれは。話が違うだろう!」
「違うってほうが違いますよ」
「今どきこんな大きいの、誰が買うんだよ」
「大きくないですよ。むしろこれが小さいっていう人が古いんですよ」
「これが大きくなかったら何が大きいと?」
「そら十年前だったらこれでも大きいでしょうけど、今は逆にこれくらいが主流なんですよ。むしろちょっと小さいくらいかな」
「このサイズで美味いのなんて、食ったことないけどな」
「まあ食うか

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短篇小説「ポジティブ刑事」

短篇小説「ポジティブ刑事」

 ポジティブ刑事が現場へ急行している。拳銃を忘れて走り出してしまったがきっと大丈夫だろう。なぜなら彼はポジティブ刑事だからだ。武器などないほうが物事はスムーズに運ぶことも時にはある。どんなにネガティブな状況であっても、それをポジティブに捉えなおすのはポジティブ刑事の真骨頂であると言える。

 そういえば防弾チョッキの着用を指示されていたような気がするが、ポジティブ刑事はいつものワイシャツにジャケッ

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