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認知症のある人たちが自分らしく生活するために、診療所にできること

こんにちは。東京都健康長寿医療センター研究所「福祉と生活ケア研究チーム」の津田 修治です。私は研究をしながら、「もの忘れ外来」で医者として診察を行っています。そこでの経験がきっかけとなり、認知症とともに生きる方々が、自分らしく生きるためのサポートについて考えるようになりました。

認知症は、発症当初をどう過ごすかがその後の生活を大きく変えると言われています。

「診断をしたり薬を処方するだけではなく、もっと診療所としてできることがあるのでは?

この疑問が、私の研究テーマである「診療所における認知症のある方々のサポートプログラム」の出発点です。

本記事では、私が研究を始めた経緯や、現場で実際に感じた課題、課題を解決するための研究の道筋についてご紹介していきます。研究内容を発信することで共同研究につながったり、社会課題について広く知っていただければ幸いです。

もの忘れ外来に通院する人たちに寄り添うなかで見えた課題

「もの忘れ外来」では、まず認知症のある本人が何に困って、どうしていきたいのか話してもらうようにしています。

しかし、すぐに本人の口から「困りごと」や「できなくなったこと」が出てくることはありません。付き添ってくれた家族から言われることがほとんどです。

自分が同じ状態になった時のことをイメージしてみてください。毎日、電車に乗って仕事に行っていたのに、ある時から乗り間違えたり、乗り過ごしたりするようになる。なんだかよくわからないけど、そうなってしまった。

診療所に相談に来たものの、薬で治してもらえるわけではないので「問題ないです」と答えたくなるのです。そこを一歩乗り越えて本心で話してもらわないと、本当の意味での支援はできません。

認知症の初期段階は、本人が失敗していることに気づいていないことがほとんどです。もしくは、なんとなく変だと気づいていても、認めたくない。生活機能への障害が自分自身への疑いや自信喪失につながっていき、個人の尊厳にも関わってきます。彼らがそういう時期にいることを前提にした上で、どう支援していくのかが重要です。

認知症との向き合い方、それによる家族関係の調整など、家庭生活・社会生活への影響に立ち入らないと支援にならないと私は考えています。本人にも家族にも、認知症を理解してもらい、生活にどんな影響が出るのか、それに対する対策を獲得してほしいのです。

認知症のステージと平均17ヶ月の「空白期間」

一般に認知症は、初期・中期・後期の3つのステージに分類され、ステージ毎に状態が異なります。

初期は「診断を受け止め、障害に向き合う力」があるため、この時期に「認知症になった自分を受け入れ、障害とともに自分らしく生きる方法」を身につけることが、その後の時間の質を決定づけます。
 
しかし近年の調査では、認知症の診断後に適切な社会的支援にたどり着くまで平均17ヶ月の「空白期間」があることがわかりました。

これは先ほどお話したように、

  • 認知症になった自分自身を受容できない

  • 「認知症=被介護者」 と自分自身を諦めてしまう

  • 家族など支援者が本人のできることを奪ってしまう

  • 診断のショックから閉じこもる

などの理由があります。このため診断後の個人を支え、適切な支援につなげることがとても大切なのです。

診療所としてどんな支援ができるのか

認知症とともに生きる方々をサポートするための『認知症カフェ』や『家族会』など地域リソースが整う一方で、診療所の役割にも改めて期待が高まっています。

認知症と診断された高齢者の多くはすでに何らかの基礎疾患を抱え、 診療所に通院しています。かかりつけ医として本人・家族と長年の信頼関係を築いてきた診療所は、認知症の診断だけではなく「空白期間」においても支援に寄与できるはずなのです。

認知症と診断された方々が、認知症とともにどうやったら自分らしく生きていけるのだろうかーー。

私はこの問いを研究し、診療所での適切なプログラム作りに取り組んでいます。

認知症の初期に起こるトラブルは、家族関係が上手くいかなくなることです。もの忘れをするようになり「ここに置いたはずのものがない」と本人は主張し、「どこかにしまったんでしょう」と、家族との言い合いなどが起こりがちです。そうなると、だんだん生活が成り立たなくなっていきます。

さらに認知症が進んでくると、トイレの失敗など問題の質も変わってきます。初期の段階で「認知症のある自分を受け入れ、認知症とともに自分らしく生きる方法」を身につけることが、その後にも影響を与えるのです。

アンケート調査をもとに、適切なプログラムを開発

現在、研究の第一段階として診療所のドクターにアンケート調査を行っています。アンケートの回答内容を見ると、ドクターによって仕事に対する認識、診療所のあるべき姿に対する認識が異なります。

私は、認知症を病気というよりも「できないことが増えていく状態」と捉えています。薬で治るものではないため、医療の役割は薄れていきます。しかし、診断をすることだけが医療の役割ではないと思うのです。認知症と診断されてから「どうやって生きていこう」と考えた時に、診療所ならではの役割があるのでは?と考えました。それを明確にして、診療所が提供できるプログラムを作りたいのです。

アンケートを通して、診療所によって色々な取り組みをしていることがわかりました。診療所での患者との関わりは、認知症支援のスタート地点であり、その後の土台になっていきます。アンケートを集約し、実装可能な標準的プログラムを作り、認知とともに生きる人たちが少しでも有意義な時間を過ごす支援ができればと考えています。

プログラムに含まれるべきものは、必ずしも薬を処方するような「医療」だけではないはずです。心理的なカウンセリングだったり、自分の行動を見返して障がいを理解する支援、家族関係を見直す支援など、できることはたくさんあります。とても地道なことなので、これまで診療所のなかでは光が当たらずに実践されてきたことかもしれません。しかし、認知症とともに生きる人たちやそのご家族にとっては、とても大切で必要とされていることではないでしょうか。

現在は診療所のドクターへの調査を行っていますが、今後は認知症初期患者の方々を対象に「どんな支援を受けていますか」「どんな社会リソースを使っていますか」「あなたにとってのwell beingとは何か」をヒアリングしていく予定です。

アンケート結果をベースに、どのような支援を受けている方のwell beingが高いかを調べ、診療所で行う取り組みの中で、効果があることを割り出していきます。

最後までご覧いただき、ありがとうございます。この調査・研究にご興味のある方は、ぜひお気軽にご連絡ください。

連絡先
津田 修治
tsudas@tmig.or.jp
03-3964-3241(内線4224)
https://researchmap.jp/shjtsuda

Text = 佐藤まり子

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