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認知症になっても安心して生活できる社会をめざしてー認知症による行方不明の研究

はじめまして、東京都健康長寿医療センター研究所「福祉と生活ケア研究チーム」チームの菊地 和則です。私は高齢者虐待や権利擁護の研究を専門とし、東京都健康長寿医療センター研究所では認知症を持つ方々の行方不明の実態と対策について研究を行っています。

2012年、警察庁が発表した行方不明者数のうち認知症を持つ方が約1万人と、大きな話題になりました。認知症の行方不明者数は年々増加し、2020年には1万7,565人にものぼります。日本における認知症者は2025年に700万人と予想されており、多くの方にとって認知症の行方不明者に関する情報はとても身近な問題です。

本記事では、認知症を持つ方々がなぜ行方不明になってしまうのか、どのような危険があり、どんな対策をすべきかについてお伝えしていきます。

「一人歩き」から行方不明に

まずは、なぜ認知症を持つ方々が行方不明になってしまうのか、その原因についてお伝えします。

認知症にはさまざまな「行動・心理症状」があり、その一つに「一人歩き」があります。

認知症を持つ方は、ご家族と同居をしていても、一瞬目を離した隙に「一人歩き」をして居なくなってしまうことがあります。徒歩の場合はそこまで遠くまで行くことはないかもしれませんが、自転車や自動車、バスや電車などを利用した場合、かなり自宅から離れてしまう危険性があります。

以前は何の目的も無く歩いていると考えられていたため「一人歩き」ではなく「徘徊」と呼ばれていましたが、現在は本人なりの理由があるはずだと考えられています。

例えば、認知症をもつ方が夕方になるとそわそわする「夕暮れ症候群」。会社勤めをしていた男性の場合は、働いていた頃の記憶から「(仕事が終わる時間だから)家に帰らなきゃ」、主婦だった女性の場合「夕飯の支度をしなきゃ」と、落ち着かない気持ちになるようです。

無理にやめさせようとすると「なぜ邪魔をするの?」と、不快感やストレスを感じ、認知症の症状が悪化してしまう可能性もあります。

夕暮れ症候群に限らず、一人歩きには一人ひとり理由があります。それぞれの人生の積み重ねがあって、今があるからです。医療であれば病状によって治療法が定まってきますが、認知症の場合は、一人ひとり事情が異なります。このため、一人ひとりの一人歩きの理由を明らかにし、工夫して対応していく必要があります。

なお、一人歩きをしていても、本人がGPSを持つなど誰かしらが居場所を把握できれば「行方不明」ではありません。一人歩きの結果、誰も本人の居場所を把握できなくなった状態を「行方不明」といいます。

行方不明になると、どうなってしまうのか?

行方不明になってから翌日までに発見される場合は、生存しているケースが多いです。しかし、3日目以降は生存可能性が急激に低くなります。

死因の多くは、溺死と低体温症です。認知機能が低下すると危険を回避する能力も低下し、事故に遭いやすくなります。その結果、溺死が多くなると考えられています。

低体温症は、屋外で長時間過ごし体温が低下した結果です。

いかに捜索の初動を早くするかがカギ

早期発見のために何より大切なことは、すぐに捜索を始めることです。「行方不明では?」と気づいたら、すぐに警察に行方不明者届を提出しましょう。前述したように、当日と翌日までに発見されれば生きているケースが多く、それ以降になると急激に生存確率が下がります。いかに初動を早くするかが重要です。

もう一つ大切なことは、できるだけ多くの人の協力を得ることです。行方不明者を発見する人の半分は、善意の市民です。「高齢者が一人、真夜中に歩いていて様子がおかしい」と通報するなど、地域の方々や地域の機関が助け合うことで早期発見に繋がります。

地域包括支援センターやSOSネットワークへの連絡、ケアマネジャー、役所・役場など、考えられる全ての組織に連絡をしましょう。
なかには、認知症をもつ家族が行方不明になったことを恥ずかしいと感じて、自分たちだけで探そうとするケースもあります。しかし、行方不明捜索は時間との勝負です。ためらわずに、できるだけ多くの人に協力を求めましょう。

ご家族の行方不明対策と心構え

認知症を持つご家族が行方不明になってしまった時に慌てずに対応するためにも、以下の2点を認識しておく必要があります。

  • 軽度の認知症でも行方不明になる可能性があること

  • 行方不明は、いつ発生するか分からないこと

近年の研究から認知症が軽度の人でも行方不明になることが分かりました。「自分の家族は大丈夫」と考えず「いつ発生してもおかしくないこと」と、普段から心構えを持つことが大切です。

また、各市町村では様々な行方不明対策を講じています。実際に行方不明になったときすぐに行動を起こせるよう、地域包括支援センターやケアマネジャー、主治医、役所などと、普段からコミュニケーションをとっておくと良いでしょう。

地域社会の住民としては、もし様子がおかしい高齢者を見つけたら勇気を出して声をかけてみてください。その一声が、認知症高齢者の命を救うかもしれません

各市町村の対策について

行方不明対策は、警察の捜索と自治体の政策が両輪となって動いています。

SOSネットワーク

SOSネットワークは、全国各地の自治体や支援団体、商店街など、色々な地域の組織が連携し、高齢者の行方不明対策に協力をするネットワークです。

ご家族の顔写真や特徴を登録しておくと、情報をもとに捜索に協力してくれる団体や、定期的な見守りをしてくれるところもあります。

活動内容は各自治体によって異なるため、お住まいの地域のSOSネットワークがどのようなものか、事前に把握しておくと良いかもしれません。

声かけ訓練

行方不明対策に熱心な自治体は、声かけ訓練を行っています。

道端に座り込むなど明らかに様子がおかしい場合は、警察を呼んだり救急車を呼んだりできるでしょう。しかし、認知症の高齢者が一人で歩いていても、一見すると迷ってしまったのか、買い物・散歩なのか判断がつかないことがあります。

「声をかけても大丈夫だろうか…」と悩ましいところですが、一声かけることでその人が救われるかもしれません。そこで、自治体が主流となって市民に対して声かけの訓練を行っています。

独居認知症高齢者の場合、そもそも行方不明になったことに気づいてくれる人が周囲にいない可能性があります。独居高齢者にとっても、地域の声かけ訓練はとても有効な行方不明者対策になるでしょう。

このように、いろんな状況の中でどうやって認知症の高齢者を保護するのか、地域が一体となって考えて行くことが大切です。

自治体向けのマニュアルの策定

日本には市町村が1741あり、各自治体の行方不明者対策はさまざまです。条例まで制定している自治体がある一方で、行方不明者数を把握していないケースもあります。今後は、各自治体がどのような支援をしていくのかも課題の一つであると私は考えています。

1から10まで解説しているマニュアル的なものから、すでに対策を講じている自治体に向けては、プラスアルファで取り組めるよう事例集などがあっても良いかもしれません。

認知症になっても、尊厳が守られる社会に

前述したように、一人歩きには本人なりに意味があります。一人歩きに代わるものを見つけ、支援をすることによって、一人歩き自体をなくすこともできるかもしれません。もしくは、原因がわかれば、安心して一人歩きができる社会を作れるかもしれません。

現在の認知症に対する考え方は、「なるべく本人の意向に沿って、安全に生活できるようにしていこう」とするのが主流です。ただ、一人歩きは最悪死亡に至る危険性があります。無条件でよしとするのではなく、本人の気持ちと安全性を両立させることがとても重要です。

認知症になっても人としての尊厳が守られる社会は、高齢者の権利擁護にも繋がります。

ご家族が行方不明になったら、ためらわずに助けを求めて

認知症による行方不明は繰り返すことが多いです。「大ごとにしてしまって恥ずかしい」など、周りに協力を求めるのをためらってしまうことがあります。

しかし、認知症をもつ高齢者の行方不明は、命に関わることです。万が一、何年も発見されず、最悪死亡してしまった場合、「自分がもっとちゃんと見ていれば」と、ご家族も周りの方も後悔や自責の念に苛まれます。本人のためだけではなく、ご家族のためにも少しでも、ためらわず出来るだけ早く捜査活動を始めましょう。

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