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大人になるということ

僕は近々、誕生日を迎える。
だから、最近は年齢を意識することが多い。

もう何年も前に、いわゆる大人になった。

お酒も飲めるようになり、タバコも吸えるようになった。吸わないけど。
でも、「きのう」と「きょう」の間に明確な違いはなかった。
「きのう」も「きょう」もあいかわらず僕だった。

あれから数年が経った。
「数年前」も「今日」も、あいかわらず僕は僕だ。

大人になるってなんだろう。

幼い頃は、大人になれば無敵になれるのだと思っていた。
誰かを幸せにして、僕も幸せになれるだけの力が手に入るのだと思っていた。

しかしながら、現実はそうではなかった。
いわゆる大人になった僕は、結果的に誰かを傷つけてしまったり、
自分のことを大切にできない毎日を過ごしてしまっている。
つまらないことで泣いてしまうし、どうしようもない寂しさから逃れられない。
無敵だったのはむしろ、少年時代だったのだと悟る。

いつからか、大人になりたくないと願い、
なりたくない大人というステレオタイプを頭の中に住まわせてしまったのだが、
結局はそれが呪いのように作用して、
なりたくなかった大人になってしまいそうな自分がいる。

「もう立派な大人なのだから」と
「まだまだ未熟者なのだから」の狭間に立ち
僕は今日も、大人になることの意味を探し続ける。

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