【コラム】『状況を好転させてきたフォーメーションの変化』~木山ファジ1年目の戦い~

「フォーメーションなど、電話番号のようなものだ」

1978年にアルゼンチン代表をワールドカップ優勝へ導き、翌1979年には日本で開催されたU-20ワールドカップでもアルゼンチン代表を優勝に導いたセサル・ルイス・メノッティ監督が残した言葉である。

彼はディエゴ・マラドーナの才能を引き出したとされる名将であり、言葉がもつ説得力は凄まじい。数字というフォーメーションに選手を縛ることはナンセンスだというメッセージを感じる。

しかし、ピッチの外からサッカーを見る者にとって、フォーメーションは座標だ。フォーメーションから選手の並びを確認し、チームの狙いを読み取ろうと考察する。ピッチ上から浮かび上がってくるフォーメーションという数字の並びを基準にし、そこから形の変化を観察しながら推移していく試合の展開を見ていく。

フォーメーションは、ただの数字ではないのだ。

ファジアーノ岡山にとっても例外ではない。木山隆之監督を招聘した1年目の今季は、シーズンが経つにつれてフォーメーションを変化させながら戦ってきた。そして、クラブの歴史を塗り替えている。最多勝点(72)、最多勝利(20)、最多得点(61)を更新し、過去最高の3位で14年目のJ2を終えた。

逆転勝利を収めた第28節・新潟戦をはじめ、今季のファジアーノは、[4-1-2-3]→[4-2-1-3]→[4-2-3-1]→[4-4-2]→[3-1-4-2]→[3-4-2-1]と選手の並びを変えることで状況を好転させてきた節がある。順に振り返っていきたい。

アグレッシブなサッカーを展開する[4-1-2-3]

今季、ファジアーノは[4-1-2-3]でスタートした。初めての3トップ、中盤を3選手でカバーする新たな形に心を躍らせて、シーズンの開幕を迎えたことが懐かしい。

[4-1-2-3]では攻守で主導権を握る強気なサッカーだった。全体をコンパクトにし、高い位置から3トップでプレスをかけていく。強烈なプレスで相手からボールを奪うと、ウイングを起点にニアゾーンを突いて素早く攻める。奪われたら、すぐに切り替えて即時奪回を繰り出して相手陣内で奪い切り、攻撃につなげていく。“相手コートでサッカーをする”ことを目指したチームは攻守でアグレッシブなプレーを展開し、相手を支配していった。開幕戦は先制を許したものの、縦に早い攻撃と即時奪回を披露。勢いそのままに4‐1の大勝を収めた。

超ロングシュートを含む2得点を決めたチアゴ・アウベス、大卒ルーキーながら強烈なミドルシュートでプロ初得点を決めた田中雄大をはじめ攻撃力に大きな注目が集まった。しかし、サプライズはそれだけではなかった。アンカーを務めた本山遥の守備範囲の広さに度肝を抜いた。サイドバックとして入団した背番号26は圧倒的なスピードとスタミナを武器に、機動力でピッチを駆け回り、カバーリングに奔走する姿が目に焼き付いた。

アグレッシブなスタイルで爆発力を見せたファジアーノの[4-1-2-3]だったが、採用されたのは8試合のみ。実に短命だった。なぜなら、隠しきれない弱点をもっていたから。

守備の安定を図った[4-2-3-1]

木山監督は第10節・新潟戦で[4-1-2-3]から[4-2-3-1]に変更する。守備の安定が目的だった。前述したように本山遥は驚異的なカバーリング能力を発揮していたが、彼が埋めなければならないスペースがあまりにも広かった。フォーメーションの弱点になる自らの脇だけでなく、両サイドバックが攻撃参加をして空けたスペース、さらにセンターバックのカバーをすることも。試合終盤に足をつってピッチを去った試合があったことも記憶している。また、本人がボールや相手選手に対してアプローチする動的な守備を得意としていることもあり、釣られてしまい中盤の底を空けることも少なくなかった。

8試合で10失点。試合終盤に空いてしまった中盤の底(かつセンターバックの前)を使われて勝利を逃す状況も踏まえての変更だったのだろう。中盤の底に2選手を配置する人海戦術で急所を埋めた。

そこで大きな存在感を放ったのは、喜山康平。2007年のJFL昇格、2008年のJ2昇格を成し遂げた当時を知るバンディエラの持ち味は、豊富な経験から裏打ちされる危機察知能力と発信力だ。危ないスペースを自身のポジショニングで埋めるだけでなく、味方選手を声で動かして組織的に塞ぐ。彼の存在がチームに安定感を与えると、1試合平均0.8失点の堅守を築く。2度の3連勝をはじめ17試合で8勝6分3敗の戦績を収めて勝点を積み重ねた。

マンツーマンをきっかけに強力2トップを生かすために導き出した[3-1-4-2]

リーグ屈指の堅守を誇り、“良い守備から良い攻撃”を展開してきたファジアーノは[4-2-3-1]で自動昇格の新潟と横浜を追走していく。そして7月23日に行われた第28節・新潟戦の後半から3つ目の形態変化を起こす。

1‐2で迎えた後半の頭から投入されたチアゴがミッチェル・デュークと2トップを形成し、最終ラインは右から柳育崇、ヨルディ・バイス、徳元悠平。中盤の底に本山遥、河井陽介と田中がその前に並び、右サイドに河野諒祐、佐野航大が入る。数字で表すと、[3-1-4-2]だった。

この試合では立ち位置でズレを作る新潟を相手にマンツーマンで守るための策だったという見方もできる。しかし、あくまでもファジアーノのスローガンは“良い守備から良い攻撃”。後方が安定すると、チアゴが推移力を発揮して相手を押し込み、デュークの高さで圧倒する。デューク、バイスの得点で逆転勝利を収めたように、勝つための変更だった。

器用すぎる左サイドコンビが可能にした[4-4-2]と[3-1-4-2(5-3-2)]のトランスフォーム

充実の首位撃破を転機に推進力のチアゴ、高さのデュークというリーグ屈指の2トップをメインに据えていくと、第30節・岩手戦、第31節の山口戦は彼らを最前線に配置する[4-4-2]でスタート。外国人アタッカーの力で先取点を奪い、[3-1-4-2(5-3-2)]に変化してムで守り切る必勝パターンが確立されていった。

コロナ禍で迎えた第32節・横浜FC戦や第33節・群馬戦、再開試合となった第8節・山形戦を経て[3-1-4-2]がメインシステムになると、試合中に柔軟なフォーメーション変更で相手を混乱させる戦い方にシフトチェンジする。

カギを握るのは佐野航大と徳元の左サイドコンビ。豊富な運動量と卓越した戦術眼により、佐野は左SHと左WB、徳元は左SBと左CBを兼任。[4-4-2]で相手を押し込み、[3-1-4-2(5-3-2)]で堅く守る可変式が完成した。

プレスに特化した[3‐4‐2‐1]

リーグ終盤戦、9月はホームゲーム4試合を全勝した。J1昇格への機運を高めた時期にもフォーメーションを変化させている。自動昇格圏内が遠のくショックな敗戦になってしまった第36節・徳島戦を経て迎えた第37節・長崎戦と第38戦・仙台戦。それまで自陣に引き込み、バイスが統率する守備陣を中心にゴール前で粘り強く守る戦い方がメインになり、アグレッシブなスタイルが影を潜めていた。しかし、昇格を争うライバル相手に2試合連続で3‐0の勝利を収めた試合では原点に立ち返る。

後方からつなぐ相手のビルドアップに対してボールを奪いに行く。夏に広島から加入した永井龍が先陣を切り、ステファン・ムークと田中が連動してプレスをかける。さらに同じく夏に秋田から加入した輪笠祐士と本山を中盤の底に並べることで、守備の強度と安定感がアップ。第38節・仙台戦では連動したプレスから、河野が前に飛び出してインターセプトしたプレーから先取点を奪っている。試合終盤には夏に広島から加入した仙波、ハン・イグォン、負傷から復帰した木村太哉を投入し、最後までプレスの強度を落とさずに相手を襲った。嵐のように次々と勢いよくボールを奪いに行く選手たちから、ストーミングを志向するリバプールを彷彿とさせるパッションを感じずにはいられなかった。

来季もフォーメーションを座標に

リーグの最終局面では再び[3-1-4-2(5-3-2)]に戻すと、強力な外国籍選手の力をメインウェポンに据えて、あきらめずに悲願達成を目指した。しかし、相手に研究されてしまい、CBの背後のスペースなどの弱点を突かれて失点を重ねる。さらに、これまで圧倒的な活躍でチームをけん引してきた外国籍選手の調子が上がり切らず。

一縷の望みだったプレーオフは山形に4度目の正直を許し、あっけなく終わってしまった。悔しさを越える喪失感が残ったが、フォーメーションを変更させながらJ1へ挑戦したファジアーノは確かに“うねり”を起こした。チーム、クラブ、サポーター、街が一体となり、全力でトライした。

多くの過去最高を記録した2022シーズンから引き続き来季も木山監督が指揮を執る。今季に躍進を支えた強みと明確になった弱み。これらを踏まえて、2023シーズンの木山ファジはどのような戦いを繰り広げるのか。採用するフォーメーションを座標に、来季も追いかけていきたい。


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