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同じ匂いがする

あの子は私と同じ匂いがした
だからずっと気になっていた

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知らない人だらけの高校生活の初日
既に友達を作り話に盛り上がる人もいて

きっと何かきっかけがあれば
すぐにでも誰かと笑い合えるんだろうが

自分から話しかける勇気もなかなか出ずに
このまま三年間ずっと一人だったらと不安になる

右も左もわからずに、流されるままに始まったのは
新しい環境になると決まってやらされる自己紹介

それが私は大の苦手で
自分の順番が回って来るまでの緊張感
何を話していいのかわからず声も上ずって
そんな状態で他の人の名前なんて覚える余裕は無い

なんとか言い終わり、座って胸を撫でおろすと
すぐ次の人、後ろの席の子の自己紹介が気になった

私と同じように震わせた声と小さな声
「よろしくお願いします」とお辞儀をして
椅子に座って聞こえて来た深い安堵の息

この子なら仲良くなれるかも、そう思った

話すきっかけを探しつつ
何を話そうかと考えていたら
前の席の子が数人声をかけて来てくれて

「どこの中学?部活何してたの?」

とかなんとかを一気に浴びせられあたふたしてたら
そのあたふたを優しく笑ってくれたから
一気に距離が縮まって笑顔が出て少し安心をする

私とは全く別の匂いの子たちで
だからこそ新鮮でもあって
そのおかげで心は楽になり余裕が出来ていた

でもずっと、後ろの席の子が気になっていた
まだ初日だから仕方は無いけれど
ずっと一人で誰とも話せていないようだったから

もし席が逆だったなら
私は話すことが出来ないまま初日を終えて
代わりにその子が声をかけられていたんだろう

担任の話や説明やらで授業は終わり
まだ慣れない環境の中でもほのかに見えた未来
少しだけ勇気が出たのもあって

帰り際にその子に声をかけた
挨拶だけでもしてあげたいと思った
不安を少しでも取り除けてあげられるはずと

「はじめまして、よろしくね」

その子は驚いたような表情を一瞬見せて
たどたどしい感じで「よろしく」と返してくれた

「知らない人ばかりで落ち着かないよね」
「うん、何も話せずに終わっちゃった」
「私も自分から話せない方だから気持ちわかるよ」

少しずつほどけて行く表情が目に見えてわかって
もっと早く話しかけておけばよかったと思った

「バス?歩き?途中まで一緒に帰らない?」
「うん、いいよ」

そう言って見せたその子の笑顔は
さっきまでの雰囲気が嘘のように
霧が晴れ一輪の花が咲いたようだった

廊下を、下駄箱を、校門まで行く短時間で
気がつくとずっと知り合いだったかのように
普通に気兼ね無く会話をしていて

朝、教室に入った時には考えられなかったほどに
上々の初日を終えられたはず

まだ着慣れない制服も
靴ずれしそうな革靴も
傷ひとつ無い鞄もそのうち馴染んで行くのだろう

「何で私に声かけてくれたの?」

駅が近くなった辺りでそう聞かれた

「なんか、私と同じ匂いがしたから」

「何それ?でもありがと」

また明日と別々のホームへと別れると
すぐに電車が来て慌てて飛び乗った

窓から見えた新しい友達が
手を振ってくれているのが見えて振り返す

私なんかよりもずっと明るくて元気で優しい
そんな子だと思った

そしてもし本当に同じ匂いを持っているのなら
まだまだ面白い一面を隠しているんだろう

電車の中でふと思う
そういや名前なんだっけ?と

これから何度も見る事になるであろう
流れる景色を眺めながら
どんな名前ならあの子にしっくりくるのかを考えていた

もしかしたらあの子も今
同じ事を思っているかもしれない




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