今日の夕飯 10(シチュー)
「ただいま」と家に帰ると
悪魔のコスプレを着た嫁が出迎えた
いや、玄関に座ってカボチャと格闘をしていた
「カボチャが固くて彫れないんです」
眉間にしわをよせながら
包丁で真剣に穴を開けようとしている
それは見るからにあぶなっかしくて
慌てて包丁を取り上げた
帰る時間がもう少し遅れていたら
血のりではない本物の血が
床一面を染めていたんじゃないだろうか?
部屋に移動してカボチャにマジックで顔を描くと
「まぁ、これでもいいですかね」と
渋々納得してくれたようだ
部屋着に着替えてリビングへ戻ると
改めて悪魔の杖を振りかざした嫁が
「トリックオアトリート!」
と満面の笑みで両手を広げてお菓子を催促した
「今年は悪魔か」
「物凄くおそろしい悪魔ですよ」
百均かどこか安い店で見つけたんだろう
ビニールのような薄い生地に短すぎるスカート
動くたびにカサカサとこすれる音がして
サイズが合っていないのか緩いのか
首周りは大きく肌が露出していた
「似合いますか?」
「うん、似合ってる」
そう言うと「ふふふ」と笑って
「ガオー!」と威嚇された
野生の悪魔なのかもしれない
「で、トリックオアトリート!」
と再び求められる
お菓子をねだられる事は予想はついていて
だからカバンの中からコンビニで買って来た
パイの実をひとつ、出して渡した
「なんと、パイの実なんて贅沢な!」
と、さっそく封を切る悪魔
「これでいたずらされないかな?」
「うーん、どうしましょうね」
「そうか、だったら…」と
部屋の奥に隠しておいた大きな袋を持って来て
中に入っているお菓子の数々を次々に出して渡した
「じゃあ、これも、これもこれも、ほいほい」
「え?え!?」
両手には抱えきれないほどの量のお菓子を
間髪入れずに嫁の腕に一気に乗せると
「あわわ、わわわ…」と
驚きすぎて何も言えなくなっていて
絞り出したであろう言葉が部屋に響いた
「な、なんじゃこりゃー!」
「ほい、これでラスト!」
嫁が一番好きなアポロを最後に置こうとするが
山盛りに積まれた腕の上に置くと滑り落ちそうで
隙間の空いている悪魔の胸元へと忍ばせた
「な、なんですかこの量は!」
「この前お菓子会社と仕事したからね」
「天国のようなお仕事ですね」
腕から移動された沢山のお菓子が
机の上いっぱいに無造作に置かれ
「駄菓子屋できますよこれ」と
嬉しさよりもまだ驚きの方が勝っているようだ
「三日は持ちますね」と言う嫁
いや逆に三日で食べ切るつもりか
「これでいたずらされないといいけどな」
「閻魔様だって手なずけられますよ」
お菓子の入っていた白い袋を拾って嫁が一言
「ハロウィンなのにサンタかと思いました」
無事に任務を終え一息つくと
台所から美味しそうな匂いが漂って来た
「お腹空いたな、夕飯なんだろ?」
「お菓子のビュッフェにしましょうか?」
「いや、さすがにそれは…」
「大丈夫です、ちゃんと作ってますから」
「ハロウィンぽいやつなのかな?」
「みんな大好きホワイトシチューですよ」
「それこそクリスマスぽくない?」
「でも好きですよね?」
「うん、好きだけどね」
突然のお菓子の山を前にして数分
やっと嬉しさが込み上げて来たのか
急にテンションが上がって
「私も好きです!」
そう言って思い切り抱き着いて来た嫁
「ホワイトシチューが?」
「ホワイトシチューも、です」
ただ密着した二人の間に角はのある何かが当たり
それは胸元に忍ばせていたアポロの箱で
嫁はそれを取り出して封を開け
一粒を自分の胸元に乗せた
が転がって、また乗せては転がって中へと落ち
「あー!もう!」と
ソファーにもたれてなんとか
一粒を胸の上に乗せた
そして「おひとつどうぞ」
と無防備になって身を預けられる
これは口で直に食べろと言うことなんだろう
顔を近づけようとしたら嫁は
「中に堕ちた物も食べてくださいね」
そう言って今にも破れそうな服を
カサカサと言わせながら自分でずらし
ニヤリと笑った
なんかイタズラモードになってないか?
とも思ったけれど
嫁がアポロをくれるなんて
天地がひっくり返るほどの事だし
よほど嬉しかったんだろう
「シチュー冷めちゃうよ」
「また温めればいいんです」
机に足が当たってお菓子の山が崩れ落ち
中に隠れていたカボチャが姿を現し
こちらを凝視するのに気づいた嫁は
またひとつ「ガオー!」と
カボチャに向かって威嚇した
カフェで書いたりもするのでコーヒー代とかネタ探しのお散歩費用にさせていただきますね。