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転校生は魔女

その転校生は先生に促されるまま
聞き取れないほどの小さな声で名前を言い
僕の隣の空いている席へと座った

三学期初めの、あと数か月もすれば中学生になる
こんな中途半端な時期に珍しい

全身真っ黒な服を着るその転校生は
ほとんどが原色を着るクラスの中で逆に目立つ

長く黒い髪にどこかミステリアスな雰囲気
そして宝石のような青い瞳

ホームルームが終わると
女子たちが彼女の元へと集まって来て
我先にと質問攻めを始めた

「どっから来たの?」
「どこ住んでるの?」
「外国の人なの?」

そんな言葉が顔を背けていても嫌でも耳に入って来る
話しかけられて嬉しそうなのか困っているのか
表情を見てない僕にはわからない

新しい環境に放り込まれ緊張していて
でもすぐに明るく笑い出すんだろうと
そう思っていた

だが彼女はそんな質問の嵐を
たった一言で一蹴した

「私友達作る気ないの、ごめんね」

一気に静まり返る教室内
予想外の返事に戸惑い固まる女子たち

「そっか、わからないことあったら聞いてね」

誰かがそう言い放ち
彼女の元からみんな離れて行った

その様子を
直視はしないまでも横目で見ていた僕に

「友達ってなんなんだろうね?」
そう言って来た

すでに教室の端では
女子たちに嫌な目で見られていると言うのに
何故僕に話しかけたのかはわからなかったけど

友達、改めてそう聞かれると難しくて
よくわからないままとりああえず答えた言葉

「気づいたら近くにいる人じゃね?」と

その言葉が変だったのだろうか?
彼女は顔を手で隠し
さっきまでのクールさを保ちながらも
笑うのを我慢していた

「おかしかった?」
自分の方が恥ずかしくなって思わずそう聞いた

「いや、じゃああなたは友達なのかなって」

さっきまで死んでいた目に肌に
血が通ったかのような
表情が緩んだ彼女に、少し胸が弾いた

「これは、たまたまでしょ」
「そっかたまたまか」

彼女は少しの間の後
「たまたま」と小さく呟いて
またこっそりと笑いを押し殺していた

冷静で気が強くて大人っぽくて
そんな第一印象は
この少ない言葉のやり取りであっさりと崩壊した

ただ僕以外の人には
口数は少なく表情も変えず
最初の、第一印象通りのキャラを演じ続けていた

ただ隣の席だと言うだけで
彼女は心を許したのだろうか?
それともまだ
この学校での振る舞い方が定まっていないのか

「何か聞きたいことある?」
と正面を向いたままの彼女が言う

「別に何も」と答えると
「よかった、何も言いたくないもん」

彼女を理解するには時間がかかりそうだ

「たまたまくらいの友達がちょうどいいよね」
「かもね」

「私の秘密教えてあげようか?」
「いや別にいいよ」
「知りたくない?」
「てか何で俺に?」

「無害そうだから」
「なんだそれ」

授業のチャイムが鳴り
筆記用具やノートを鞄から出して机の上に並べた

「私魔女なんだ」
「え?」
「ごめん嘘」

唐突な嘘に、その反応の仕方がわからず
「お、おう」
とそっけない返事しか出来なかった

さっきあったばかりの
友達を作らないのに僕にだけ話しかけて来る
たまたま隣に座った転校生

「前の学校でそう呼ばれてただけ」
「魔女?」
「うん」
「でも違うんでしょ?」

「そう呼んだ人はみんな呪いかけたけどね」
「え!?」
「ごめん嘘」
「お、おう」

授業が始まるチャイムが鳴った

「教科書みせてもらっていい?」
そう言われ机をくっつける

同じ教科書を出したのが一瞬見えたけど
僕の視線を気にしてすぐにしまったように見えた

そのことを言わなかったのは
彼女の持つその教科書の表紙が
ペンで殴り書きされたような
落書きだらけだったから

前の学校で何があったかは知るよしも無いが
卒業するまでの短い時間で
彼女のことが理解出来るだろうか?
僕に何か出来ることが何かあるだろうか?

「ありがとうね」
囁くようにそう呟いた
「え?」
「教科書」
「あ、うん」

いや別にそんなことしなくてもいい
たまたま隣に座っただけなのだから
このまま無害に徹しようと思った

きっと彼女には
この距離感が居心地がいいんだろう

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