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メイド・イン・ジャパンを再び世界へ

アメリカで薄れつつある日本ブランドの存在感と日本企業のアメリカ進出に関して、更になぜ日本酒スタートアップTippsySake.comを起業するに至ったかについて書きました。

第一章:日本品質はアメリカで通用するのか

1. 世界一の品質とサービス

日本で手に入る低価格の美味しい食事、分単位でやってくる交通機関や丁寧なサービスはアメリカに住むようになるまで日本固有なものだと知らなかった。たまに日本に帰ると毎日のように安く美味しいレストランを回ることと、毎回コンビニで違う種類のシュークリームを買うことが楽しみだ。

僕の住んでいるロサンゼルスでいうと、ビバリーヒルズのフレンチベーカリーで5ドルを払ってふたくちで食べ終わるインスタ映えペイストリーよりも、日本で200円で食べられるコンビニデザートの方が数倍品質が高いと思う。

日本は長期に渡る経済停滞と過当競争、企業努力によって世界的に珍しいほど極端な利便性と高品質、過剰なまでのサービスが手に入るようになった。

価格が安いのに消費者の要求レベルは世界トップクラスとなった日本は、独自の言語、文化や商習慣、更にちょっとした保護政策が外国企業に参入する余地を与えず、その市場の独自性は高まっていく。

多くの日本企業が将来的な需要減退を見越して海外に市場を求めるが、彼らの日本国内で鍛えられた品質やサービスは海外で通用するのだろうか?

仕事柄、アメリカ進出を狙うたくさんの企業を見てきたが、その秀逸な商品力やサービスを持っても成功した例はあまり多く見なかった。

2. アメリカの移民文化と日系社会


僕は第二新卒で入った食品商社で運よく就労ビザを得たのがきっかけでアメリカに10年滞在しており、ホノルル、ロサンゼルス、ニューヨークなど色々な都市に移り住むという変わった経歴を持っている。

勤め先は100年の歴史を持つ日系食品輸入問屋で、戦前からある日系人コミュニティに輸入食料品を届けていた古い会社だった。

アメリカでの日本人社会は様々な業界の日本企業の子会社だったり、現地化した日本人による日本人向けのビジネスが支える小さな日本社会となっている。

人口のるつぼとなっているアメリカ都市部では様々な文化が共存していて、人それぞれのファミリールーツやアメリカ文化への融合レベルは違えどエスニック商圏とメインストリーム商圏が並行して存在している。

特にラテンアメリカ、中国、韓国やアジア諸外国は何世代にも渡る多様な移民の歴史があり、アメリカに根差した独自文化を作っている。

一方、日系社会の歴史はサトウキビ畑に遡るほど長いが、近代での移民が少なく、高度経済成長時から入れ替わり送り込まれる駐在員など一世移民が主体となり、世代間の結束の弱い小さいコミュニティとなっている。

3. 日本企業のアメリカ進出

個人的な感想だが、日本から販路を求めやってくる食品企業の多くはこの複雑な独自の発展を遂げたアメリカ市場の理解が浅く、この日系コミュニティを日本市場の延長と捉えて消費者レベルでのマーケティングを行わないまま商品を投入してしまうため、なかなかニッチコミュニティの枠を出ることができない。

多くは日本の数倍規模のあるアメリカ市場へ参入するのに、現地オフィスに決裁権のある人材を送らずほとんどの決定を日本本社で行う。現地売上が数十億円の食品ブランドでマーケティングチームすら持っていないこともある。

日本企業がアメリカ進出するよくあるパターンとしてまず現地にいる日系商社に輸入して貰って販路を広げるというのがある。僕が働いていたような日系輸入業者との取引は日本での存在感をテコに手っ取り早くアメリカ日系市場への参入する方法で、実績のある商品のパッケージを少し変えて投入することが多い。

よく“日系に行ってから白系を狙う”という人がいるが(白系というのがとても差別的な言い方なのを置いておいて)、このようなホワイト・アングロサクソンの市場は存在しないし、彼らは根本的にアメリカ市場の理解を欠いていると思う。

結局、年数回の海外出張で取引先を営業をするか、ビザの縛りがある駐在員を3年に一回交代で送って現地サポート体制を強化するか、程度に差はあれテストマーケティング程度の規模のビジネスを続け、スケール出来ずに終わってしまう。

4. よくある失敗の理由

世界に類を見ない最高水準の品質とサービスを持つ日本のプロダクトが海外で活躍できない理由の一つに、 “良い物を作れば消費者が違いに気づく”という、モノづくりの国としてかつて世界を席巻したプライドと世界一難しい消費者を喜ばせてきた品質への自信があると思う。

日本の高品質から恩恵を受けている僕や他の日本人は、当然同じ言語や認知的価値を共有していることに対し、当たり前だがアメリカの消費者は日本語が読めないし、同じ美的感覚や味覚を持っていない。そのため飛び抜けて高い品質や痒いところに手が届くサービスは海外では周囲と比較して斜め上に行っていると思われる。

わざわざ輸入品を買って貰ったり、新たな消費行動を生み出すためには、どこの誰のための物なのか徹底的に考えること、そして何がそんなに良いのか伝える努力、ストーリーテリングなどマーケティングの基本的な部分が本当に重要だと思う。

第二章:ビジネススクールと起業

5. アメリカで薄れる日本の存在感


アメリカ在住の日本人として日系企業で働き、意識せずとも常に日本人環境に身を置いていたせいでビジネススクールに通うまで“アジアの国、日本”を客観的にみることができなかった。

ソニーやパナソニックなどかつて世界のイノベーションを牽引した日本ブランドはアメリカで電化製品としてほとんど見ないし、会社で支給されたPCを授業で使っていた僕は学校で唯一の東芝ユーザーだった。

見渡してみると電化製品の委託生産地となった台湾や中国から後に世界的なブランドが出てきたことに近いことが自分のいる日本食業界でも起きていた。

今やアメリカ食文化の一部となったSUSHI・日本食商材も日本産や日本企業のものは驚くほど少なくなっている。安い人件費を求めた日本企業のアウトソース先の中国やタイなどにノウハウが伝播されたことと、アメリカの日本食業界では人口の少ない日系移民よりもそれ以外のアジア系移民が主役になっていることが主な原因だと思う。

また、日本食文化の定着と共にアメリカの食卓に一般的に並ぶようになった枝豆は、いまやどのスーパーでも売られているが、日本ブランドや日系企業が商流に絡んでいるものはほとんど見たことがない

更に、たまたま取ったクラスのせいかもしれないが、二年半通ったMBAのビジネスケースには一度も日本企業が取り上げられずとても寂しい気持ちにもなった。

小学校の時ぼんやり習った“日本が儲けすぎたことによる日米貿易摩擦”という記憶、世界トップの経済大国で生まれたというちょっとした優越感は崩れ去り、アメリカのエリート階級や優秀で上昇志向の強いマイノリティ出身の学生達と切磋琢磨するうちに、自然と自分や日本ブランドがどうしたら世界の舞台で再び活躍できるのか考えた。

6. 高い日本への関心と起業アイデア


ビジネススクール2年目でアジア研修旅行の時は日本が一番人気だった。学校のコネクションを使いMBA後の就活の役に立てようと日本行きを希望していた僕は、運営事務局に直談判までしたが落選してしまった。

結局、僕はただクラスメートから映画で有名になった“すきやばし次郎”などレストランの予約を頼まれたり、お勧め観光を聞かれるだけだったが、その時“Kaiseki”という単語が普通に彼らの口から出てきたり、アジアへ行ったこともないアメリカ人が日本文化に高い関心のを持っていると知り少し嬉しくなった。

たまたま彼らの起業訪問に歴史ある日本酒の蔵元が入っており、自分自身行きもしなかったその研修旅行が、自分のこの先のキャリアを大きく変えることとなる。

彼らが話を聞いたのは有名な新潟の八海山ブランドを有する八海醸造だった。10年以上前、僕が大学時代にニューヨークへ語学留学してグランドセントラルにある居酒屋で不法労働していた時からアメリカで売られていた八海山は、僕のいるアメリカ日本食業界でも大手だが職人の技や伝統を大切にする有名なブランドで、海外展開に対する意識がとても高い会社だった。

帰国したクラスメートに感想を聞くと彼らの熱意や品質に感動したと口々に話していた。しかし“あのSAKEの会社”と呼ぶだけでほとんどが八海山という名前を憶えていなかった。その後それが気になりアントレプレナーシップの授業のために日本酒に関する消費者調査を行ったが、日本酒を飲んだことがある800人の中で8割程度が一つもブランド想起が出来ないことが分かった。

多くの人が高い興味を持っていて、レストランでよく頼むと言っているのにも関わらず、銘柄に関する知識はほぼゼロの状態だった。”あのピンクのボトルが好き”、”Ginjoという名前のやつが美味しかったよ”、更には”サッポロってSAKEだっけ?”というように関心が高い割に銘柄の認知が難しいようだった。

僕は食品商社で働いていたこともあり、これまで何度もトレードショーやテイスティングイベントの際にアメリカ人が日本酒を飲む場面を見た。ほとんどがSakeを飲んだことあるというが銘柄や飲み方など知らない人が多い。

自分自身、日本酒に詳しい方ではないが美味しい物を飲んだことはあるし、アメリカではペアリングなどワインに近い可能性のある飲み物として、知る人ぞ知るニッチな飲み物で人気急上昇中があることは知っていた。これがきっかけでどうしたら日本酒がもっと飲まれるようになるか考えるようになった。

7. アメリカの日本酒市場


日本酒はアメリカでSushiが流行し始めた80年代からHot Sakeと呼ばれる異国情緒漂うミステリアスな温かいアルコールとして、今やスタバより数の多い日本食レストランの多くで提供されている。

今のミレニアルは大学時代から貧乏学生の助っ人として有名なMaruchanやNissinのインスタントラーメン食べて育ち、カリフォルニアロールなどのSUSHIを箸を上手に使いながら日常的に食し、今のラーメンブームでニューヨーク一風堂などで15ドルのラーメンに行列で食べる世代だ。

数十年前、寿司ブームに乗じてカリフォルニアに進出した大手日本酒メーカーの現地生産により安く流通しはじめた日本酒は、“Sake Bomb”というビールにショットグラスの安い日本酒を落として飲む一気飲みゲームとして認知を早め、今では誰もが経験があるというほど有名なものとなっている。

そのせいもありアメリカ人の多くは日本酒をウォッカと同じ蒸留酒で味を気にせず一気に飲みするものだと思っており、ただアルコール全般が好きという理由で“I love sake”と言ったり、“Sakeは強すぎるから嫌い”といっている人が多いのが現状だ。

アメリカへ輸入されている銘柄が既に1000種類近くある中でなぜ本当に美味しい日本酒が理解されず消費者まで届いていないのだろうか。調べていくとアルコールに関する規制が大きく関係していることがわかった。

8. 日本酒のジレンマ


アメリカでは禁酒法時代から残るTier-House法という流通レベルにより異なる販売ライセンス制が定められており、アルコールに掛かる税金を州ごとに管理している。その結果、サプライチェーンが規制のため分断されておりコミュニケーションと流通コストに多くの無駄が存在する。

アメリカ進出する蔵元の多くはマーケティングリソースが少ない中小企業が多く、数少ない日系輸入問屋一社を選びアメリカでの流通を彼らに託すのが一般的になっている。

ブランドの売上が立った後でもゼロからの拡販に協力してくれた取引先から離れて自社で販路を開拓したり競合に乗り換えることはリソース面や信用面から不可能なため、問屋にとって日本酒は自然とポートフォリオを競合と差別化できる高利益率カテゴリーとなる。

そしてそれら日本酒銘柄が沿岸部から内陸の州へ輸送される場合、ライセンス制が理由でいくつか他の流通業者が間に入っていまい、それが価格を更に上げることとなる。

カテゴリ理解の浅い小売やレストランバイヤーに対して、蔵元が発信する“ふくよかなコメの香りのお酒で何にでも合う”というどこも同じ内容の情報は、英訳するともはや何の意味も持たず、ブランドの違いが理解されないまま結局多くの州で出回るのが有名な銘柄数種類だけとなる。

そして末端のレストラン利用客は、価格の高いよくわからない個別銘柄を選ぶよりも、エキゾチックな異国文化を楽しむために現地生産の安価な日本酒を使ったハウスHot Sakeを飲むという構図が出来上がるのだ。

現在、日本食ブームは落ち着き既にアメリカの食文化の一部となっている。そうなると当然競合が増え、成長が鈍化した市場は飽和気味となる。日系問屋は、日本酒以外にも売る食品商材が数千とあり、前述したコストの安い競合の第三国輸入品と戦いながら顧客レストランとの取引を守らなければならない。

成熟した市場ではオペレーションの効率化が勝敗を分けるため、彼らは全米に広がった物流拠点での仕入れ最適化のため取り扱い品目を統制し始める。

そうなるとロングテールカテゴリーで、同じ銘柄でも精米歩合や造り方で異なり商品数が多岐に渡る日本酒は自然と売れ筋以外取り扱いストップとなってしまう。僕はそういった理由から輸入が止まった商品をいくつも知っている。

9. 日本酒のポテンシャル


誰もが飲んだことがあるSAKEは、近年ワインに近いポテンシャルがあると再認識されはじめ、顧客の興味がレベルは高い。しかし異国文化でオーセンティックであることに価値のある日本酒は、そのせいで中身が分かりにくく品質差異が伝わらないままになっている。

更に、外国語で分かりにくい専門用語ワインの赤白ほどはっきりしない種類の違いが、多くの消費者にとってとっつきにくいものになっている。それにも関わらず、消費者の理解に合わせて情報を伝える場が存在しないので、彼らにきちんと理解されないままニッチ市場の枠を出ない。

アメリカでワインはカリフォルニアでの現地生産がコストを下げ、需要が伸びるのと並行して情報と流通が整備され、今では醸造酒トップのカテゴリとして世界一の消費量を持つに至った。

フードペアリングの可能性があり、歴史的、地理的なコンテンツがこれほど充実している醸造酒は、醸造酒カテゴリの中ではビールやワイン以外に日本酒しかない。そしてまだワインの1%しかない日本酒市場はこの先売り方次第でワインに次ぐ醸造酒として今の何倍にも市場が広がる可能性がある。

10. Tippsyの起業とミッション


僕はビジネススクールを卒業した二年前、これら課題を解決するための消費者に寄り添った小売プラットフォームとしてTippsySake.comというECビジネスをスタートした。

ロジスティックパートナーを通した物流で全米の消費者に流通の無駄を省き初めて多くの銘柄を購入可能とし、これまでわかりにくいとされたブランドの違いや味の違いを丁寧にアイコンやチャートで示し、商品の味だけでなくストーリーや地域性などコンテンツを消費する新たな日本酒の楽しみ方を提案している。

ほとんどの消費者がブランド検索できないことを前提とし、テイスティングボトルセットをサブスクリプションという形で届けて新しい需要を作ることを存在意義としている。

市場をリードしながら新たな消費者行動を生み出していくという難易度の高い挑戦のため、アメリカのVCからも今年資金調達を行った。日本酒という日本が世界に誇る高品質でコンテンツリッチな商材を十分なマーケティングリソースを持って一気にアメリカに広めたいと思っている。

アメリカの起業家精神を支えてきたのが移民文化だ。移民一世にはチョイスが少ないことも多いが、彼らの持つ異なる文化とアメリカ文化の融合から新たな視野が生まれ、言葉や人種、学歴の壁を超えて戦う手段として起業というキャリアを選択する。

多くのアジア系移民やその子孫がアメリカでビジネスを立ち上げ世界を変えるようなインパクトを起こしてきたが、日本人や日系人が起業家として活躍しているのはあまり聞くことがない。

自分の起業という挑戦を通して、日本人の作った素晴らしいプロダクトを世界に再び広げられることが出来たらとても誇らしいことだと思う。


※最後まで読んでいただきありがとうございます。♡して頂けるととても嬉しいです!伊藤元気


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