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台湾人作家 李琴峰#02 日本語で紡ぐ世界、言語の可能性を押し広げる

「五つ数えれば三日月が」で第161回芥川賞候補になった李琴峰(り・ことみ)さんについての記事です。(全4回)

第1回はこちらからどうぞ。

#02

越境するレズビアン文学

2017年9月23日、「李琴峰『独舞』を語ろう~越境するレズビアン文学~」と題したトークイベントが開催された。偶然にも会場が彼女の母校である早稲田大学になったこのイベントは、セクシャル・マイノリティをメインテーマに活動する二つの団体「読書サロン」と「虹色とんちー」の共同企画だった(「とんちー」とは、中華圏で同性愛者を意味する「同志(tóng zhì )」の中国語発音より取っている)。

なめらかな長い黒髪、メガネの後ろにある細い目、長身で細い。受賞作掲載号の写真と同じ黒服に複数の十字架で成り立ったネックレス。始終落ち着いた口調と声で李琴峰は話した。文学に偏る人かと思いきや、論理的ではっきりとした考え方の持ち主でもあると感じた。

失礼だと知りつつ、「思っていたほど暗くない」とほっとした自分がいた。「独舞」で死亡、レイプ、セクシャル・マイノリティのもがきを書いた人はもっと暗いのではないかと、名も無い緊張した気持ちがあった。

来場者が10人前後と多くなかったが、当時の自分のメモを読み返すと、確実に濃い内容だったのが分かる。色んな国のLGBT作品が話題に上がり、李は特に台湾のセクシャル・マイノリティ作品と現状について語った。そして、李は自身がレズビアンであることを口調変わらず淡々と言った。予想はしていたが、もし自分がLGBTの当事者でしたら、自らそのことを語るのにどれぐらい時間かかるのか、どんなに勇気がいるのだろうかと思った。日本語で書くレズビアンの方、彼女の創作題材の広がりが少しずつ見えてきた。

15歳の少女が独学で始まった日本語

台湾では約50年間(1895~1945)の日本統治時代の歴史があった。その後は音楽、ドラマやアニメなど、日本のソフトパワーが強い時代に多くの台湾人が英語以外に勉強する第二外国語に日本語を選んだ。特に台北などの都市部では、日本語教室または日本語塾は多く存在している。

「なんで日本語を学び始めた?」
「どうやって日本語を勉強した?」
「どうしてこんなに上手なの?」など、

日本語学習者への質問ランキング上位の質問は李も例外なくよく聞かれた。

「そうだ、日本語を習ってみよう。」

15歳のある日に頭に浮かんだこの一言がきっかけに、李は日本語の勉強を始めた。ただ、「今やっているのと違う何か新しいことをやりたい、今いるところとは違うどこかに行きたい気持ちは、自意識と共に芽生えてくるものだと思います」と、日本語の習い始めは中二病的な要素もあると李は言う。

英語の他に日本語を選んだのは「身近な言語」であったからだ。子どもの時に名探偵コナンやポケットモンスターのアニメを日本語発音に中国語の字幕で見ていた。そして日本語には漢字が含まれ、なんとなく親近感を抱いた。ここまでが他の学習者と似た理由ではあるが、彼女の日本語学習の道のりには驚いた。

絶対分からないとのことで、出身地を教えてくれなかったが、いわゆる「ド田舎」だったという。都市部と違って、日本語教室がなく、家族も日本語が分からない。

李は「独学」で日本語を始めた。日本語学習のメジャー教材『みんなの日本語(大家的日本語)』と単語帳を買って、一ヶ月で五十音をマスターした。中学校の時、既に現在で言う日本語能力試験N5のレベルに達したという(N5=「基本的な日本語をある程度理解することができる」、日本語能力試験で一番簡単なレベルである)。

高校で都市部に移り、週1~2回日本語教室に通い始めたが、まだ習っていない部分を先生に質問したり、「五段活用」など授業に登場しない言語学用語を使ったり、最終的に四字熟語と漢文訓読みの質問までしていた。初級の教科書には出てこない難しい熟語を好んで使い、藤村操の「巌頭之感」の暗誦もした。先生からしたら、自分はきっと手の焼いた生徒だったと笑いながら李は言う。

日本語を習って十数年、日本語との関係性を李はニッポンドットコムに掲載されたエッセイ〈日本語籍を取得した日〉で「日本語に恋をした」と表現する。日本語は表記面において、「漢字と仮名が混ざり合う字面は、密度がふぞろいなゆえにまだら模様のように美しく感じた」。音韻面において、子音と母音の組み合わせでできた五十音が続くと、「機関銃のようにダダダダダッととてもリズミカルに聞こえて、つい声を出して繰り返したくなるのだ」。

作家になってから台湾でトークイベントをやった時、来場者の「どうすれば日本語がそんなに上手にできますか?」という質問に対して、「日本語に恋するのよ」と答えるのも李の日本語への愛が窺える。

台湾大学に進学したら、5年かけて中国文学部と日本語文学部のダブル学位を取った。2011年、日本への交換留学生の資格を取得し、東日本大震災が発生した20日後の3月31日、李は日本に降り立った。人生で初めて海外で一ヶ月以上の中長期滞在になった。

第3回へつづく)
(文中敬称略)
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<このnoteの説明>
令和初の芥川賞(第161回)がいよいよ7月17日(水)の発表になります。
今回「五つ数えれば三日月が」(『文学界』2019年6月号掲載、100枚)で初めて候補に挙がった台湾出身の作家―-李琴峰(り・ことみ)さんがいます。李さんのことを知って頂きたく、2019年5月までの講演や取材に基づいた記事をこちらのnoteでお届けしています。全4回です。

※当記事は筆者が(株)宣伝会議で受講した「編集・ライター養成講座 総合コース」の卒業制作を修正加筆したものになります。本文では敬称を略いたします。

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