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【短編】365日分の1の恋 2

街は活気づいていた。

もうすぐバレンタインだ。

道路の凍結に足をとられた東間ユイは見事にこけて頭をぶつけた。

そんなユイに差しのべられた手があった。その手を借りながらよいしょっと起き上がり、手を差しのべられた方を見た。


ドキッ


心臓の音が聞こえそうなほど、ユイはときめいた。



この人……かっこいい!!

ユイは自分が滑って頭を打ったことすら忘れるように、男を見つめた。

そう、一目惚れというやつである。


男は

「マンホールの蓋は滑りやすいから気をつけて。」

と言い、ユイが起き上がるのを助けた。

ユイは、

「ありがとうございます……」

と言うと呆けた顔で男を見つめた。

「じゃ、気をつけてね!」

と男は言い、去っていこうとする。

ユイは慌てて聞いた。

「すみません、お名前を伺っても?」

「名乗るほどの者じゃないよ。」

男は笑って去っていってしまった。


ユイはしばらくそこから動けなかった。





「そんなに熱弁するほどいい男だったの?」

親友であるレイが笑いながら尋ねる。

「なんで笑うのよ!超かっこよかったんだから!」

ユイは怒る。からかわれていることがわかるからだ。

「ふぅん、で、その男が運命の人だっていうの?」

まだクスクス笑いながらレイは尋ねる。

「間違いないって!あそこの占い館、当たるって有名なんだからね!」

ユイは興奮して前に顔を出す。

「占いなんか信じてる年齢じゃないでしょ。」

相変わらずクスクス笑い続けるレイ。

「信じてくれないなら、もういいもん。」

ユイはミルクレープを切り分けて頬張った。





今から三時間前、ユイはある占い館へ来ていた。バレンタインを目前にして、渡す人もいない、そんな状況を打破するためだった。

よく当たると言われる占い師を実に二時間、待っていた。


占い師は黒っぽい紫のベールを被っており、ユイの期待は高まった。

タロットカードを一枚ずつ展開してゆく。

最初のカードは死神の様な絵だった。

ユイの不安は高まる。

すると、占い師は言った。

「現状を打破する出会いがあるでしょう。」

と。

「あなたは素敵な人と出会い、幸せになります。素敵な人との出会いももうすぐでしょう。期待してよいでしょう。」

えっ、マジですか?!そう叫びたい気持ちを抑えてこう聞いた。

「素敵な人だとはどうやってわかるのでしょう?」

「それはあなたの気持ちが正直に恋に落ち、わかるはずです。」



そして二時間前、彼との出会いがあった。


三時間後の今は親友、レイとお茶をしている。


もう確実だった。あの男が運命の人に違いない。

だとしたら、もう一度会えるはず……


コーヒーのおかわりを頼んだ。

ウェイターがおかわりを持ってきた。しかし、コーヒーをテーブルに置こうとして、手が滑り、コーヒーを溢してしまった。ユイの服にも少しだけかかる。

実害はほとんどなかった。かかったと言ってもほんのすこーしだ。

だが、彼はすぐに謝ると布巾を持って店長らしき人を連れてきた。

店長らしき人が懸命に謝ってくる。ウェイターも頭を下げる。

店長はクリーニング代を出すと言ってきたが、そんなに高い服でもないし、かかったのはほんの少しだったので断った。


店を出るときに、再び店長が現れ、代金はいりません、と言われた。

少し押し問答していたが、結局払わずに出る羽目になった。


「お茶代、浮いたね」

良かった良かったとレイは言う。

ユイはなんだかすっきりしない気分になっていた。あのウェイターさんは悪くないのに、なんだか悪いことをしたような気分だった。


ユイは、レイと一緒に、渡す予定がはっきりしないチョコレートを買いにいった。



帰り道、バス停でバスを待っていると、先程のウェイターさんがやって来た。

ユイの姿を見ると、彼は平謝りしてきた。

「もう充分ですってば!」

ユイのその一声でウェイターは謝るのをやめた。


すると、そこに先程の男が現れた。

ユイの視線は釘付けとなった。


そんなユイの視線に気づくと、男は、

「やあ、先程の!」

と声をかけてくれた。

それからバスを何本か見送りながら二人はおしゃべりをした。

ウェイターはそんな二人の様子を見ながら、バスに乗ると帰っていったようだった。


二人は名前とメアドを交換しあった。


男の名はタクジと言った。


ユイはウキウキしていた。

これから始まる恋の予感に。





朝、仕事に行くためにバスに乗った。すると、見たことのある人物が立っていた。

ウェイターだった。

ウェイターはこちらに気づかずにいたが、お年寄りが乗る際に、荷物を持ってあげていた。

優しいんだな。

ユイはしばらく彼を見つめていた。

やがてバスはとある大学の前で止まり、彼はバスを降りていった。

大学生なのかな……年下か、とユイは思った。

年下も悪くないんじゃない?と。

そう思った自分の心を振り払うように、頭をぶんぶんと横に振った。

今はタクジさんがいるんだから!!


タクジさんとのメールは楽しかった。ユイは仕事中もチラチラ携帯を気にした。

タクジさんも仕事中なんだから、メールが来るはずなんてないのに、そわそわした。

やがて仕事も終わりに近づいてきたところに、一通のメールが届いた。タクジさんからだった。

「今日、もし暇だったらお茶でもしに行かない?」

ユイは二つ返事で返した。

待ち合わせて行った先は、昨日のウェイターのお店だった。

ウェイターは今日もきてるのかな?とユイは思わずキョロキョロした。

すると、タクジさんが

「どうかしたの?」

と聞いてきた。

「ううん、なんでもない。」

ユイは答えてタクジさんと談笑した。

一時間ほど過ぎたとき、あのウェイターがコーヒーのおかわりを持ってきた。

「ありがとう。」

と言ってコーヒーを受け取った。

タクジさんが、

「知り合いなの?」

と聞いてきた。

「うん、ちょっと。」

とユイは答えてコーヒーを口にした。





今朝もウェイターくんと同じバスだった。

相変わらず周りに気配りをするウェイター。

いつの間にかそんなウェイターの姿を見るのが楽しみになってきた。


次の日も、その次の日も、ウェイターと同じバスだった。


彼は毎朝気配りをしてバスに乗っていた。

ユイはそんな彼を見るのがとても楽しみになっていた。


いつも大学の前で降りる彼。大学生にしては朝が早いけどな……と思いつつ見ていた。


タクジさんとは毎日お茶した。楽しい時間だった。けれど彼は、一度も夕飯を食べて帰ろうとは言わなかった。

翌日、ユイは自分の方から夕飯のお誘いをかけてみた。

「夕飯は、親が作って待ってるからさ。」

と言って断られた。


ユイは一人でウェイターの店へ来ていた。

今日もウェイターくんがいるかな?と思いつつ、コーヒーを頼んだ。

今日はウェイターは休みのようだった。

ユイはふぅ、とため息をつくと、帰宅した。





明日はバレンタインデーだ。

ユイは渡す人を心の中で決めていた。


夕方になり、今日はタクジさんからの誘いがなかったな、と思いつつ、ウェイターの店へと急いだ。


その途中、タクジさんとすれ違った。タクジさんは気づいていなかったようだが、ユイにははっきり見えていた。肩車をして、子供を連れて歩くその横に女性がいたこと。そしていつもはつけていない左手の薬指にはまったリング。

不思議と悲しくなかった。悔しくもなかった。

ただ、やっぱりそうなんだ、と思っただけだった。

ウェイターの店へ急ぎ、コーヒーを頼んでウェイターが来るのを待った。

しかし、今日もウェイターは休みのようだった。


仕方がないか、とユイは帰宅した。





翌朝。

綺麗に晴れた青空を見て、ユイは伸びをした。


今朝も同じ時間のバスに乗る。今朝も変わらず気配り屋さんなウェイター。そんな彼がバスから降りるのを見守ると、ユイは正面を向いた。そして確信していた。ウェイターこそが、運命の人であるということを。



「きゃあっ!」

また転んだ。同じマンホールの上で。

手を差しのべられた。

差しのべられた手を掴んで立ち上がると、ユイはバッグから、チョコレートを取り出した。


「受け取ってください!」


ウェイターはびっくりして目を丸くしていたが、チョコレートを受け取った。

「これ……俺がもらっていいんですか?」

「あなたにもらってもらいたかったの。」


降りだした雪はまるで二人を祝福するかのように二人の周りを舞ったのだった。




2014年02月10日の作品

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