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【コメディ小説】相席居酒屋大作戦

新宿駅前の待ち合わせ場所に早めに着いた僕は目の前の雑踏を傍観して佇んでいた。

待ち合わせ相手のタカシは高校時代の同級生だ。去年の4月に別々の大学へ進学したけど僕らの仲は健在だった。
元々高校時代によく遊んだという事もあるだろうけど、1番の理由はお互い未だに彼女いない歴=年齢のバキバキウルトラ童貞という事だろう。
高校時代までカメムシくらいモテなかった僕らが大学に入ってから急にモテるようになるはずもなく、二十歳を迎えた今でも女の子のラインは片手で足りるほどだった。

僕が今ここにいるのはタカシの「相席居酒屋に行こうぜ!」の一声からだった。
その時のタカシの顔は本気だった。
高校時代ワンクリック詐欺に引っかかって「これまじでどうしたらいいの…?」と聞いてきた時と同じ顔をしていた。



「遅れてわりいな。行こうか」
雑踏をかき分け颯爽と現れたタカシは柄にもなくジャケットを羽織り髪をセットし、「人生最大のオシャレ感」が滲み出ている。
タカシの気合いの入り方には失笑してしまったが、僕も今日はなんだかいける気がした。
女の子の前で緊張で全く喋られなくなるわけではないし、今まで彼女ができなかったのはたまたまそういう機会に恵まれなかっただけだ。
今日は今まで唯一足りなかった「機会」の部分を補える訳だから失敗に終わるはずがない。

しかも僕たちは秘策を用意していた。相席居酒屋で女の子と仲良くなるには短時間でこちら側に食いついてもらったり興味を持たせたりしないといけない。
それにぴったりなのがマジックだ。
トランプマジックができる男は意外といないし、目の前でやられて興味を持たない女子はいない。そうモデルプレスに書いてあった。

そして僕とタカシはそれぞれ実家で犬を飼っている。これを活かさない手はない。
女の子は犬好きと相場が決まっている。
ここぞという時に飼っている犬の写真をこれ見よがしに見せ、そのままハウスにお持ち帰りというわけだ。


僕たちは意気揚々と相席居酒屋が入った雑居ビルに向かった。
店内は出会いに飢えた若い男女を中心に活気付いている。
4人用のテーブル席に案内され、タカシと静かに女の子の到着を待った。

しばらくしてやって来たのは僕の倍近くは体重があろうかという鏡餅を擬人化したような女の子2人組だった。
ベイマックスが来たのかと思った。もしベイマックスが実写化されることになったらこのどちらかから選んでほしい。

相席居酒屋の相手はサクラではない一般の女の子であるから、そこまで絶世の美女などを期待していたわけではないけど初っ端からここまでのハズレを引くとは思わなかった。
店のふるいにはかけられないのかとか、痩せるつもりはないのかとか、そもそもなんでこいつら2人で行動してるんだとか、気になる点はいくつもあったけどとりあえず乾杯に移る。
何に乾杯しろというのか分からないけど、僕たちはグラスを合わせる。
僕はこの時点で気付いた。外見に難があったとしても愛嬌さえあればある程度カバーできるものだが、この2人からはそれが微塵も感じられなかった。冒険最初の村にしてラスボス登場というわけだ。

それでもやはり男側から歩み寄るべきだと思い、質問を投げかけた。
「初めまして。お2人はおいくつですか?」
「まぁ………。」
「ここ来るのは初めてですか?」
「はい………。」
会話はよくキャッチボールと言われるが、正面から一方的にボールをぶち当てている感覚がした。

すると2人は席を立ち、ビュッフェ形式の食べ物を山盛りにして席に戻りすぐ様頬張りだした。

僕はハッとした。聞いたことがある。
相席居酒屋は男性が女性の飲食代も支払う。女性がタダで飲み食いできるというシステム上、タダ飯タダ酒目当てで訪れるヨネスケもびっくりな不届き者がいるらしい。
まさか1組目でそれを引き当ててしまうとは。
でもそういうのは今までチヤホヤされてきた美人にありがちなケースではないのか。
この目の前の2人にやられたら振り切りすぎてて逆に清々しさまで感じた。
ただ目の前の食べ物をがつがつと貪り食う2人に話しかけてみる。
「あの………」
「………」
「すみません………」
「………」
地獄だ。
僕らの金で食べ物を食い荒らす様をただ見つめることしかできなかった。
家畜に餌をやってるのかと思った。いや、事実これは餌付けだ。
僕らの金で今満たされているのは目の前の2人の胃袋だけだ。
今僕が1番欲しいのは金でも、地位でも、名誉でもなく、こいつらを裁く法律だ。
国はこいつらの悪行を直ちに取り締まるべきだと思う。
真顔でスマホから般若心経でも流してやろうかと思ったけどぐっと堪えた。
隣のタカシのスマホの画面を覗くと
「民事裁判 やり方」で検索していた。タカシの気持ちを落ち着かせ僕たちは席替えの時間まで30分ほど耐えた。
店員さんがやって来て大食いテロリストに席の移動を指示する。

嵐は過ぎ去った。次こそはまともな女の子が来てくれるはずだ。無理やり気持ちを切り替えた。


「失礼しまーす」
その一言と共に若い女子大生風の2人組がやって来た。
僕の前には黒髪の落ち着いた感じの子が、タカシの前にはほのかに茶色がかった髪色をしたどちらかと言うと明るそうな子がそれぞれ席に着いた。心の中でガッツポーズを作りかけたその時、2人がこちらを一目見て一瞬顔が曇ったのを僕は見逃さなかった。
駅のホームの吐瀉物を見るような目だ。「これはないな」という心の声が聞こえた気がした。

何はともあれまずは乾杯をする。僕の前に座った女の子は特に一口目を飲む前から完全にOFFの顔をしている。

僕は緊張も一緒に飲み込むようにビールを勢いよく流し込んだ。
すると隣に座るタカシが沈黙を破る。
「あ、あの…。おふっ、おふっ、おふたりはあの…」
やばい。タカシが就活始めて1社目の面接みたいな緊張してる。待ち合わせた時のスカした態度はなんだったんだよ。
「え、おふたりは…野球だとどの球種が好きですか…?」
なんだその質問は。そんなの野球選手でも聞かねぇよ。
するとタカシの向かいの女の子が引きながらも口を開く。
「んーフォークかなぁ」
答えられんのかい。
「千賀のフォークとか消えるじゃないですか。あんなの絶対打てないですもん」
千賀相手に打席立ったことあんのかよ。

僕の向かいの女の子が抜け殻になっているのを見兼ねて割って入った。
「変なこと聞いてすみませんね!こいつ緊張してて。僕はケンジでこいつはタカシって言いいます。お二人名前は?」
「あ、私はユイです」
タカシの向かいの子が答えた。ユイちゃんは辛うじて話してくれるようだ。
僕は目の前のアカリちゃんに聞いてみた。
「お名前は?」
「まだない」
猫かよ。ないわけないだろ。
「あ、この子はアカリです」
ユイちゃんが代わりに答えてくれた。
「アカリさんは何歳ですか?」
「二十歳です」
「あ、同い年ですね!」
「はい」
「………。あ、ここ来るのは何回目くらいですか?」
「いや覚えてないです」
「そうですか…。大学生ですか?」
「違います」
siriより会話が弾まない。
でもなんとか心を開いてもらわないと。色々聞けばこの子にもきっと魅力があるはずだ。
「休みの日は何してるんですか?」
「何もしてないです」
「好きなタイプはありますか?」
「特にないです」
「好きな食べ物とか…」
「特にないです」
死んでしまえよ。休日何もしてなくて好きなタイプと食べ物がないって何が楽しくて生きてるんだよ。てかこいつのどこが"アカリ"なんだよ。
少しだけイラッとした僕は意地悪な質問をぶつけてみた。
「こんな戦隊ヒーローは嫌だ。どんなの?」
「敵と戦うたび警察が介入する」
大喜利つよ。
瞬時にこの回答が出せるってどういうことだ?
僕は続けて聞いてみた。
「じゃあ、死んだおばあちゃんを生き返らせる方法を教えてください」
すると突然ユイちゃんの方から口を開く。
「え、私昨日おばあちゃん亡くなってるんですけど…」
「え、すみません…」
なんてトリッキーな地雷の踏み方をしてしまったんだ。てかばあちゃん死んだ翌日に相席居酒屋来るなよ。

完全に空気が悪くなってしまった。こうなったら隠し球の犬の写真を出すしかない。
「あ、そういえば僕ら犬飼ってるんですよ!これ見てみてください!」
するとすかさずアカリちゃんが口を切る。
「あ、すみません私犬の画像見るの苦手なんですよ」
そんな奴いねぇよ。
100歩譲って犬触れないならまだ分かるけど犬の画像見れない奴はいねぇよ。実家犬に放火でもされたのか?

ここはもうあの切り札を使うしかない。
「あ、こいつマジックが得意なんですよ」
「え、そうなんですか」
ユイちゃんが食いついてくれた。やはりマジックの力は偉大だ。
僕はタカシを小突いて合図を送った。タカシはおもむろにトランプをバッグから取り出してテーブルに置いた。その瞬間一同が置かれたカードに視線を向けた。"UNO"と書いてある。
「あ、ごめん間違えてUNO持って来ちゃった」
完全にやってくれた。一体どうするというんだ。
「あ、でもUNOも数字書いてあるしこれでできるよ」
「あ、はい………」
これで強行するらしい。
でも何もできないよりマシだろう。タカシはカードを裏側にして扇のように広げた。
「じゃあまずカードを3枚引いてテーブルに横に並べてください」
「じゃあこれで」
「そしたら表にして両端のカードの数字を足してください」
「えっと、真ん中は青の5で、右は赤の3、左は緑のリバース」
「緑のリバース………。ケンジ、緑のリバースってトランプで言うといくつだと思う?」
「知らねぇよ。もう10とかでいいんじゃない?」
「じゃあ12ですね。その3枚のカードをこの山札に戻してよくシャッフルします」
タカシはシャッフルした山札を裏側にして置いた。
「上から12枚目のカードがさっき真ん中にあった青の5だったらすごくないですか?」
「すごいです」
「………10、11、12。これですね。裏返しますよ」
「はい」
「せーのっ。あ、黄色のドロー2………」
「………」
俺含め何を見せられているんだ。

「あ、えっと私達そろそろ終電なので帰りますね。ありがとうございました。ほらアカリ行くよっ」
ユイちゃんはそう言ってアカリちゃんの手を引いた。
アカリちゃんは去り際
「最後の、面白かったです。ちょっと笑っちゃいました。またどこかで」
と言い残して逃げるように歩き出したユイちゃんの背中を追いかけていった。
「ケンジ、まだ9時半だけど終電早いな。群馬あたりから来てたのかな?」
「なわけねぇだろ」
「てかアカリちゃんのスマホのキーホルダー、スヌーピーだったな…」
「いいよ今更」

僕たちは俯き加減に歩きながら、駅へ向かった。
「ダメだったな」
タカシがつぶやくように言った。
確かに結果はダメだった。でも僕はなぜか来なければ良かったとは思わなかった。
アカリちゃんの最後の一言のお陰かはわからない。
ただあれがあるのとないのとでは今の気持ちは大分変わっていたと思う。
「ま、またリベンジしようぜ」
僕がそう言うとタカシはこちらを向いて「そうだな」と明るい表情で返した。
僕はまだ見ぬ恋人に想いを馳せた。






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