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柳田国男と謎の民俗学研究者?島畑隆治

 以下の記事で紹介した岡崎趣味会のことを調べるために、『柳田國男全集』別巻1(筑摩書房、2019年)の年譜を確認していたところ、次のような条を発見した。

(大正九年)一一月七日 佐々木旅館で、一ノ関の島畑隆治に、八月は、大洪水で会うことができずに残念だったと葉書を書く。そのなかで、『郷土研究』に発表していた出水と白髭翁伝説を興味深く読んだが、各地の白髭水と話との関係について意見を聞く。(後略)

柳田国男が島畑隆治に葉書を送付している。上記の「『郷土研究』に発表していた出水と白髭翁伝説」は、島畑が柳田の編集していた『郷土研究』第二巻第七号(大正3年9月)に「報告及資料」として投稿した「北上川白髪水の一伝説」(島畑狂郷)のことであろう。島畑のこの文章に対して柳田が質問している。「八月は、大洪水で会うことができず」は、同年8月に柳田は東北地方を旅行しているので、その際に島畑と会えなかったということである。年譜の8月10日の条に「大雨のため東磐井郡川崎村に住む舞草小学校長、島畑隆治に会いにいけず」と胡桃沢勘内あての書簡で述べたとある。この書簡は『定本 柳田國男集』別巻第4(筑摩書房、1971年)に収録されているので、以下に引用する。

大正九年八月十日 (前略)本月々初東京発 石巻より北上の沿岸を縫いつつ此地迄参り候に連日の雨次第に大水となり市中も物さわがしく 郷土研究によく書いた島畑君の在所も、一里の対岸なれど行く能わず(後略)(筆者により現代仮名遣いにあらためた。)

 上記の条に関心を持ったのは、名前は聞いていたがよく分からない島畑の名前が登場したからである。島畑は、加賀紫水の発行していた『土の香』に度々朝鮮の民俗についての文章を投稿していた(注1)ので知っていたが、柳田と交流があったことは知らなかった。このような発見があるのも充実した柳田の年譜の魅力である。

 他にも島畑は『郷土研究』に以下の文章を投稿している。この情報は、竹田旦編『民俗学関係雑誌文献総覧』(国書刊行会、昭和53年)を参照したが、島畑は索引に収録されていなかった。島畑は『郷土研究』について度々投稿しているので、柳田と交流が生まれたのだろう。

第一巻第四号 田村将軍の馬 狂郷子
第一巻第一一号 竜立祭 岩手狂郷子
第一巻第一二号 来不来滝 狂郷子
第二巻第一号 お菊の水 岩手狂郷子
第二巻第二号 旧藩と呼び名 岩手狂郷子
第二巻第五号 曾我兄弟の墓 岩手狂郷子
第二巻第一一号 掃部長者の話 高橋睦郎、島畑隆治 ※2023/12/17追記
第三巻第四号 陸中東山地方の巫女 島畑隆治

 島畑の経歴は以前から調べているがよく分からない。柳田の年譜によれば、舞草小学校長であったようだ。島畑は以下の記事で紹介した『土の香』の読者名簿でも岩手県在住とされているが、『土の香』には、上述のように朝鮮の民俗の報告を投稿しているので朝鮮半島にも住んでいたと考えられる。島畑の経歴の調査は今後の課題である。

(注1)詳細は調査趣味誌『深夜の調べ』第1号に私が投稿した『土の香』総目次をご覧いただきたい。

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