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宮本常一と忘れられた民俗学研究者・出口米吉の接点

 最近、木村哲也さんの『『忘れられた日本人』の舞台を旅する 宮本常一の軌跡』が河出文庫に入った。(元の本は2006年に出版された。)この本は宮本常一『忘れられた日本人』の舞台となった地域を訪れて当時の関係者の子孫の方々から聞き書きを行って宮本訪問後の地域やそこに住む人びとの歴史を掘り起こした本である。個人的には、「名倉談義」の関係者の子孫が時を経て再度集い座談をされている「現代版「名倉談義」」の章が好きだ。

表紙

名倉談義の開催で宮本に協力した澤田久夫については、『土の香』を発行していた加賀紫水『百人一趣』(土俗趣味社、1946年)に投稿していることを以下の記事で紹介したことがある。

 話は変わるが、別の記事を投稿するために過去のノートを見直していたら宮本に関する情報で後で投稿しようと思ってできていなかったものを見つけた。宮本に関連するもので良い機会なので紹介していきたい。宮本が発行していた雑誌『口承文学』第7号(1934年12月)(この雑誌の総目次は拙noteで確認できる。)の「日誌抄」に以下の興味深い記述があった。

昭和九年一二・一六
午后沢田博士をとふ。第二回談話会集ふ者一六名。初対面の人々。出口米吉、宮武省三、水木直箭、河本正義、笹谷良造、岸田定雄、玉岡松一郎の諸氏。

 出口米吉は以下の記事で紹介したように民俗学の草創期に性に関する民俗学を中心に研究していた人物である。

出口は上述の「談話会」(大阪民俗談話会)の主宰である澤田四郎作と交流があった(注1)ので、この会に招かれたのであろう。宮本と出口はこの時が初対面であったようだ。宮本は性に関する民俗という出口と共通の関心を持っていたが、実際に面識があったことは知らなかったので驚いた。宮本は出口の影響も受けたのだろうか。

 余談になるが、他の出席者も宮武省三、河本正義、玉岡松一郎と興味深い人物も何名かいる。澤田、宮本も含めて彼らが前述の加賀の発行していた『土の香』にも投稿していた(注2)ことは当時の土俗趣味者(研究者)のネットワークの広がりを感じさせる。

(注1)澤田と出口の交流については以下の記事を参照。

(注2)このことは以下の調査趣味誌『深夜の調べ』第1号の『土の香』総目次を参照。

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