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『百人一趣』加賀紫水編に寄稿している澤田久夫は『忘れられた日本人』宮本常一の名倉談義の立役者

 先日以下の記事で雑誌『土の香』を編集していた加賀紫水が出版した『百人一趣』という本を紹介したが、この本の下巻に澤田久夫という人物が「謄写版と郷土史」という文章を寄稿したり、扉絵や口絵を担当したりしている。澤田は、『忘れられた日本人』宮本常一に収録されている「名倉談義」の場を宮本の依頼を受けて設けた人物でもある。「名倉談義」で宮本は澤田のことを以下のように紹介している。

(前略)この村には沢田久夫さんという大へんな郷土史の百姓学者がいて、村人から尊敬されているが、この方が調査に際して実によくお世話下さった。調査の対象になったのは大久保・猪ノ沢・社脇の三つの部落であったが、年寄の座談会がしたいと沢田さんにはなしたら、金田茂三郎(猪ノ沢)、後藤秀吉(大久保)、金田金平(社脇)、小笠原シウ(社脇)という四人のいずれも七十歳以上の老人を大久保の寺へよびあつめて下さって話に花をさかせたのである。(『忘れられた日本人』宮本常一(岩波文庫、1984年)から引用)

澤田が宮本の希望を受けて「名倉談義」に参加したメンバーを集めたことが分かる。以下の論文によると、宮本は名倉談義の仲介以外に調査の面でも澤田に大きく助けられたようである。

 澤田が『百人一趣』に寄稿した「謄写版と郷土史」は、澤田がなぜ郷土研究をはじめたのかという点を含み自身の人生を回顧した文章である。以下に興味深い部分を引用してみたい。

初めて鉄筆を握ったのが十五の年、運動会のパック係を拝命して、愚にもつかぬポンチ絵を刷った。ところが意外にもこれが好評で、毎年パック係といふ始末。十八の年小学校の代用教員となり、児童の綴方雑誌を月刊で二年程つづけた。大分鉄筆修業が積んで、学校を罷めてからも、青年団報やら同人文藝雑誌やら、滅茶苦茶に刷りまくった。謄写版に限らず、旬でもさうであるが、仕事の要領を呑みこむと、後は進歩の早いものである。二十五六の頃には、郡下随一、いや県下第一だといふ人のおだてに乗って、謄写版の講習会に講師として尾三数個所に出張するといふ脱線振り。今から思ふと冷汗三斗であるが、当時は大真実目で、全国青年一人一研究展にも出品した。然るにどうしたはづみか、大日本連合青年団の認める所となり、招かれるままに鉄筆一本持って上京した。得意の絶頂が、また失敗の始まりで、馴れぬ都会生活に健康を害し、危く死にかけた。絶対安静の三ヶ年、命だけは拾ったものの、胸部疾患に謄写版は禁物とあって、十余年握りつづけた鉄筆を抛ったのである。

澤田は小学校の代用教員をつとめながら謄写版の雑誌を発行しており、謄写版の講師もつとめていたことが分かる。青年団にも関わっておりその関連で東京でも活動していたようであるが、以下にも引用したように結核で体調を崩して地元に戻った。

結核といふ病は全く始末の悪い奴で、療養生活がべら棒に永くかかる。(中略)私は退院の時、院長から十ヶ年の療養を言渡された。十年一昔といふ。その十年を如何に暮すべきか。好きな鉄筆を持てぬとすれば、何を慰めに生きやうかと、真剣に考へつづけた。
私は子供の頃から歴史が好きだった。しかし郷土の歴史について、漠然とではあるが、考へるやうになつたのは二十頃からである。青年団報時代に少しかぢりかけた郷土研究を、この無聊に苦しむ十年間に、何とか物にしてみやうと決心したのは、自然な成行であつた。この郷土史も結核と同じく、無暗に時間のかかる仕事で、その暇費えにすつかり参つて、企てる人はあつても成就する人は甚だ少いといふ代物である。この長いもの同志の組合せは、案外具合よく行つて、私の場合では結核の方が先に、甲を脱いでしまつた。郷土史の方も、よちよちと危ない足取りながら歩き廻るうちに、腰もどうやら据つて、この分ならば、一人前になれさうだ。

結核にかかって地元で療養している間に青年団時代に活動のひとつとして行っていた郷土研究に関心を持って本格的にはじめたようである。

郷土史も研究してみると、中々面白いものである。私は学校からは郷土のことを、何一つ教へて貰つた覚えがない。考へてみればおかしな話で、自分の生れた土地、足元の土地の事を何一つ知らうとしないで、日本の、世界のと、空中楼閣のやうな学問ばかり教へられていた訳である。私は病気したお陰で、足下をみる事を知った。(後略)(一部を現代仮名遣いにあらためた。)

澤田が郷土研究を本格的にはじめたきっかけが結核であったという点は興味深い。以下の記事でも紹介しているように、1920年代に柳田国男が民俗学、郷土研究の担い手として想定していたのは、何らかの理由で上級学校に進学できずに各地域にとどまっている、もしくは都市での学業に挫折して地元に戻った青年層であるが、澤田もそのひとりであったのだろう。




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