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風俗研究者・平井蒼太の「山の神―近江民俗断片」について

 以下の記事で紹介した風俗研究者・平井蒼太の発行した『麻尼亜』第一冊に平井は「山も神 その1―近江民俗断片」という文章を投稿している。この文章は平井の民俗学に関する報告であるが、現在では読むことは困難であるため、一部を以下に引用してみたい。

 (前略)何時か出口米吉氏の「日本性崇拝資料一覧」滋賀県の部を見た時、収載の條項は、近江坂郡筑摩祭り、犬上郡多賀神社、栗太郡老上村大字田中天狗石、滋賀郡石山寺安産石陰石、大津市松本町精太明神、伊香郡古保利村大森明神祭式の外、山の神の報告としては、蒲生郡櫻谷村山神祭、滋賀郡南滋賀村福王子神社境内山の神様の二項があるだけである。この正篇は昭和二年十二月の刊行で、その「続篇」昭和七年二月には、滋賀県の部は全然収載されてゐない。同書は先づこれまで雑誌新聞に掲載された資料を、大体網羅されたものである筈だから、滋賀県の資料が少ししかないといふことは、これまで余り雑誌なぞに発表されたことがなかつたといふことを物語つてゐる譯だ。この種のものの報告は、何うしても郷土の人々の手を煩す外、難しい仕事であるから、人を得ると得ないとで、非常に大きな差が生じて来て、一冊の「崇拝資料一覧」上でだけでも、資料のよく集つてゐる所と、さうでない所とが出来上がつて来る。僕は別に民俗学といふものにも、民俗研究といふことにも、決して専門の学徒ではない。だからこうした仕事には自信がないし、性格としても体力としても、蒐集の為に歩き廻るといふことは絶対に出来ない状態にあるのだから、非常に無理ではあるけれど、しかし折角半年でも一年でも居住する以上、せめて興味の持てることだけでも、見たり聞いたりしたことを書止めて置くのは、多少なりとも寄与する所であらうし、且僕自身としても勉強になると思つたので、「俚俗と民譚」壱の八に「涸れる泉」を報告したり、出口米吉氏へは、寺庄村寺庄の山の神のことや、寺庄村稗谷のおこなひ(原文で強調)の習俗のことなどをお知らせしたりした。
 実は山の神のことなど、全然念頭になかったのであるが、今夏の去る一日、京都で月一回開催される川柳加茂川句会に出席する為の汽車中で、恰度前え腰を下してゐた、何にか村役場の官吏といつた風采の洋服男氏と、窓外に展開して行く湘南の風物を眺めながら、ふと話を交はす機会を持つたのである。(筆者により一部を現代仮名遣いにあらためた。)

平井はこの時期療養のため滋賀県に住んでいたが、その滞在時に民俗の蒐集を始めたことがわかる。この文章では、山の神に関するタイトルが付けられているが、実際に平井が関心を持ったのは性に関する民俗であったようだ。「日本性崇拝資料一覧」を発行した出口米吉は特に性に関する民俗を研究していた人物であり、拙noteでも紹介したことがある。出口と平井の間に性に関する民俗のやり取りがあったことが興味深い。

『俚俗と民譚』は福原清八、中道等が発行していた民俗学関連雑誌で、この雑誌も拙noteで紹介したことがある。平井がこの雑誌に投稿していたことも以前に紹介したことがあるが、架蔵の『俚俗と民譚』はある程度揃っているので平井の文章を確認してみたい。

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