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音楽の歴史の学び方

無意味な世界

「ハイドンの作品三十三番を論じよ」

400字詰めの原稿用紙が二枚渡される ・・・ これが私の母校の東京藝術大学大学院入試試験の一部です。どの時代の作曲家のどの曲が出題されるかは当日までわかりません。全作曲家の全曲を論じられなければ受験する権利もない世界です。こんな世界になんの意味があるのでしょうか。私はそんな世界に読者の音楽家を引きずり込むような真似はしません。

音楽史を学ぶとは

音楽の歴史を学ぶということは、「特定の史実を自分の音楽人生にどのように反映させるかを考える」ということです。たとえば、「ドミソ」の3音を使い成功した音楽家がいたとしましょう。そうであれば自分は隣接する「レファラ」を使おうか、いや、反対にして「ソドミ」にしようか、もしくは分散和音ではなく、あえて音階の「ドレミ」にしようか ・・・ と模索するのです。上手く行くことも、行かないこともあるでしょう。これが音楽の歴史を学ぶということです。

音楽以外も

そして音楽史で学ぶ内容は音楽そのものに限定されません。たとえば、ある音楽家が不健康のため若くして没したとしましょう。それを知り、運動不足である自分に気付いて、本を置いてすぐウォーキングに出掛けるのも立派な音楽史の勉強です。知識は使う必要があります。面白いエピソードを寄せ集めた音楽史本は多数出版されています。エンターテインメントとして読むのは問題ないでしょう。しかし、私は音楽家を育てる「音楽家コーチングⓇ」にて「使う知識」として音楽史を指導しています。つまり、史実を即実践できる形にまで落とし込む必要があるのです。私が書いた『音楽家の歴史吸収術』の内容は、世界の哲学者、心理学者、音楽家から自分の音楽哲学を構築する「音楽哲学セミナー」の5%ほどの量です。私達は哲学者、心理学者、音楽家を詳しく知るのが目的ではなく、格言的に短文で理解し、すぐに自分の音楽人生に取り入れて試行錯誤することが目的です。本書では音楽家のみに焦点を当てますが、残りの95%は「音楽哲学セミナー」にて習得してください。

この背景から、私は本書を「100人の音楽家から音楽人生を吸収するワーク」としてまとめました。私が「このような部分を参考にしましょう」と提案しますが、それは単なる意見です。読者の方はご自身で「このような史実があるなら自分の音楽人生にこのように参考にしよう」と考えてください。これが本書の目的です。

真実は不要

したがって、本書の目的は「正しい史実を知る」ことではありません。史実はねじ曲がっている可能性があります。私は分厚い歴史書を何冊も暗記していますが、それらの文献の中でも矛盾があったりします。しかし、それはどうでもいいことです。史実はウソであっても構わないのです。たとえば、「徳川家康が質素倹約をしていた」という史実を知り、自分が見習って無駄遣いをなくすのが「歴史を学ぶ」ということです。たとえ、その史実が間違っており、本当は「徳川家康が浪費をしていた」としても、「だったら自分も浪費して構わないんだ」という結論にはならないはずです。史実の信憑性より、いかにして自分の血肉にするかが大切なのです。

挫折しません

さて、音楽史に精通していない人は「読むのを挫折しないかな?」と不安だと思います。私は世界中の音楽大学で音楽史の講義をしていますが、

「コージの音楽史の講義は音楽を聴いたことがない人でもためになる」

と言われるほどですので安心してください。次の三つの「大丈夫」な点をお約束します。

  • ①世界史は知らなくても大丈夫です

  • ②音楽用語がわからなくても大丈夫です

  • ③曲を聴いたことがなくても大丈夫です

そして、私は本書を書くにあたり自分に三つの約束をしました。

  • ①時間軸に並べないこと

  • ②史実の寄せ集めをしないこと

  • ③有効成分を抽出すること

日本史を縄文時代から学んで退屈だったはずです。時間軸には並べません。そして、史実の集積ほどつまらないものはありません。「何を学ぶべきか」という有効成分をピンポイントで抽出して吸収できるように書きます。つまり、世間の音楽史本の真逆になるということです。これが私が音楽家コーチングⓇで実践している音楽家が高速で成長する「音楽家の歴史吸収術」です。

さあ、100人から音楽人生を吸収する旅に出発しましょう!

津本幸司HP

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