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📖夏目漱石『夢十夜』第一夜

死んだ女を百年待っている男の話である。咲いた百合の花びらに接吻した際に、男は百年経ったことに気づいた。百合の花は生まれ変わった女の姿ではないか、と解釈するのが一般的であろう。が、これも確定しているわけではない。「〈女〉は〈女〉、百合は百合」ということもあり得る。

この疑問点については、既に優れた考察記事が書かれている。よって下記の記事を紹介したい。ぜひ参照なさっていただきたい。

『夢十夜』と『星の王子様』

この物語を読んでいて思い出すのは、『星の王子様』である。男が一輪の百合に相対する姿が、星の王子様が一輪の薔薇と会話するシーンと似ている。もちろん、執筆当時の漱石が『星の王子様』を決して読んでいないはずである。また、逆もあり得ないだろう。

ただ一つ言えるのは、『夢十夜』と『星の王子様』における偶然の一致が、多くの日本人にとって両作品を馴染み深いものにしたのではないか、ということである。流麗な筆致によって、孤独と植物との対話が描かれる。こういう共通点のおかげで、両作品は現在でも人気を博し続けているのではないだろうか。

ところで『夢十夜』第一夜の舞台は地球であるはずだ。だが、物語はどこか遠い星の出来事ではないかと錯覚してしまう。漱石は宇宙からの地球の姿を決して見たことがないはずだ。当時は、ガガーリンも、スプートニクも、アポロ11号も存在しない。遠い星の荒涼とした大地のことなど解らないはずである。にも拘らず、現代の我々に遠い星のことを連想させるというのは凄まじい技量である。著者が知り得なかったものを読者に想像させているのだから。これが『夢十夜』の名作たる所以であろう。

時間と年代

第一夜の話は一体いつの出来事なのだろうか? 年代を特定できるような手がかりは無さそうである。また、男は本当に百年待ったのだろうか? 客観的に百年が経過したことを示すような材料は何もない。正確に百年を数えたのか、あるいは男が”百年経った”と主張しているだけなのか。

また、他の夢との関連性はどうなっているのだろうか? 〈語り手〉が見た夢を順番に書いているとは限らない。順番通りに書かねばならないという義務もない。

ここからは(根拠に乏しい)直感的な解釈になるが、第一夜はどの時間にも属さないと感じた。そもそも、他の夢と比較・検討して、時系列の通りに並べようとする試み自体が不毛なのかもしれない。そのような仮説を立ててみたい。

たとえば、第一夜の〈語り手〉が見た夢として、第二夜~第十夜の夢があるのかもしれない。つまりは、入れ子構造と言うべきか。もちろん、第一夜の〈語り手〉が眠っている描写がないので、この説は誤りかもしれない。とはいえ、百年も待ちながら一睡もしていない、とも考えがたい。他の9個の夢をすべて見終わった後(これが主人公にとっての百年である。)に、百合の花が咲いた。そういう展開も予想できよう。

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