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名刺代わりの小説100選・2024年版(コメンタリー)04

▼ 本記事はこちらの続きとなっております。

名刺代わりの小説100選・2024年版(コメンタリー)01
名刺代わりの小説100選・2024年版(コメンタリー)02
名刺代わりの小説100選・2024年版(コメンタリー)03

061.李陵/中島敦
062.少々滋幹の母/谷崎潤一郎
063.夜明け前/島崎藤村
064.敦煌/井上靖
065.たゆたえども沈まず/原田マハ
066.ジュリアン・バトラーの真実の生涯/川本直
067.大地と星輝く天の子/小田実
068.東方綺譚/マルグリット・ユルスナール
069.白檀の刑/莫言
070.わたしの名は赤/オルハン・パムク

 歴史小説・時代小説や伝承・民話に取材したもの、偽史を題材にした小説などから10作品を選んでみました。本記事では、この中でも川本直『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』/マルグリット・ユルスナール『東方綺譚』を紹介します。

 まずは川本直『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』の解説をば。本作はジュリアン・バトラーという波乱万丈の人生を送った架空の小説家から20世紀アメリカ文学史を眺めるような伝記小説になっています。だからといって侮るなかれ。実在する作家も多く登場していて、カポーティにヘンリー・ミラー、ウォーホルと超豪華。そうした人物が生き生きと動いている小説はなかなか見つからないのではないでしょうか。

 もう一つ紹介したいのはマルグリット・ユルスナール『東方綺譚』です。ベルギーの作家であるユルスナールが集めた東方の伝承や説話を翻案した短編集になっています。日本人にとってとりわけ興味深いのは、「源氏の君の最後の恋」。『源氏物語』から着想を得た2次創作小説ということになります。老境に至った光源氏と花散里の恋が描かれているのですが、終盤の展開に人生の儚さというものを見せつけられた気がしました。雲隠の向こう側をどうぞご覧あれ。

071.死者の書/折口信夫
072.歌行燈/泉鏡花
073.高丘親王航海記/澁澤龍彦
074.酔郷譚/倉橋由美子
075.A感覚とV感覚/稲垣足穂
076.残穢/小野不由美
077.ΑΩ(アルファ・オメガ)/小林泰三
078.皆勤の徒/酉島伝法
079.アラビアの夜の種族/古川日出男
080.伝奇集/J.L. ボルヘス

081.メキシカン・ゴシック/S. モレノ・ガルシア

082.塩と運命の皇后/ニー・ヴォ
083.太陽が死んだ日/閻連科
084.やし酒飲み/エイモス・チュツオーラ
085.裸のランチ/W. S. バロウズ
086.巨匠とマルガリータ/ブルガーコフ
087.盲目の梟/サーデグ・ヘダーヤト
088.見えない都市/イタロ・カルヴィーノ
089.忘却の河/蔡駿
090.真夜中の子供たち/サルマン・ラシュディ

 続きましては幻想怪奇部門。日本から9作、海外から11作取り上げてみました。正直に申しましてかなりの激戦区で選外にせざるを得ない作品も多くありました。(梨木果歩『家守奇譚』/山尾悠子『飛ぶ孔雀』/カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』など。)

 この中で取り上げたいのは小野不由美『残穢』/サーデグ・ヘダーヤト「盲目の梟」の2作。『残穢』は書店に行けば難なく手に入ると思いますが、「盲目の梟」の邦訳は現在絶版でAmazonでも1万円超。よって「盲目の梟」は英訳(D.P. Costello訳)で読むことになりました。邦訳の入手が困難な小説を紹介することになり申し訳ないです。

『残穢』は、一つの物件(土地)に関連する心霊現象の報告をもとに、日本人の「恐怖」という感情を、歴史を遡りながら丁寧に解剖するモキュメンタリー風の小説です。日本人にはまだ「穢れ」という概念が根強く残っているということは、コロナ禍の経験を通して誰もが実感したかと思います。そうした恐怖心を再考するにはうってつけの小説だと思います。

 次に「盲目の梟」を紹介したいのですが、まずは作者であるサーデグ・ヘダーヤト(1903‐1951)について。ヘダーヤトはイラン出身で、国内の作家ではウマル・ハイヤームなど、国外ではポーやカフカなどに影響を受けた小説家だそうです。

 氏の代表作である「盲目の梟」は二部構成となっており、前半ではアヘン中毒になっている語り手が幻覚や妄想を交えながらある事件についての文章を綴り、後半ではシラフになった語り手が同じ事件を再度書き直すという構造になっています。この幻覚・妄想が曲者でして、英訳で読んだ際、前半と後半の内容矛盾や登場人物の対応などを見つけ出すのに苦労しました。しかしながら、苦労に見合った快楽もありました。ポーの小説に登場しそうな人物が、カフカ的な状況下で乱れだすのです。これが面白くないわけがありません。

【続】

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