三島由紀夫『春の雪』~鮮やかなモノクロの世界【ネタバレ有】
海や空の青、エメラルドの指環、絢爛な衣裳……本作に登場するものはたしかにカラフルである。しかし、袖の白や髪の黒も丁寧に描かれている。本作では、鮮やかなモノクロの世界も描かれているのだ。
今回はその点を掘り下げていきたい。
宮家の新年賀会
まだ松枝清顕が13歳であったころ。宮中の新年賀会に出席した際の話である。清顕の美少年ぶりが印象に残ったかと思われる。しかし、私が注目したいのは妃殿下のお姿の方だ。
いろどり豊かな衣裳ばかりが強調されるのかと思いきや、そうではない。白い項に黒い髪、白い毛皮に黒い斑紋。白と黒が対照的に描かれている。
モノクロの世界が鮮やかに描かれている。妃殿下の美しさを明瞭なコントラストにより表現している。同時に清顕が風雅――たゆたえども沈まぬ風雅――を好んでいることも示している。
結末との対比
『春の雪』の結末を知っている私にとって、この記述はもの悲しい。最終的にヒロインの綾倉聡子は出家してしまう。出家には剃髪が伴う。妃殿下に見出した白と黒の優雅の記憶は、やがて法衣の白と剃髪の黒に変化してしまうのだ。
また、色彩豊かで優雅な世界が一瞬にして、モノトーンの味気ない世界に変貌してしまったようにも思われる。清顕が夢でみた空と海の青。絢爛豪華な寺院の黄金。留学生・パッタナディド殿下の指環のエメラルド。『春の雪』という題から連想される梅や桜の紅。カラフルな世界が失われてしまったのだろうか。
だが物語はモノクロから始まっていたのだ。セピアいろの写真も、新年賀会のエピソードも、本作の最初に語られる。清顕は白と黒に惹かれ、白と黒に殉じていった。そんな風にも解釈できるのではないか。
『源氏物語』の香り
このエピソードから『源氏物語』を連想したくなる。遠い桐壺の記憶をはかなむ光源氏が偲ばれてならない。清顕にとって、妃殿下との記憶は、そういった懐旧に近いのかもしれない。
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