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にかほからJ2へ! 躍進を支えた「秋田スタイル」〜フットボールの白地図【第46回】秋田県

<秋田県>
・総面積
 約1万1638平方km
・総人口 約94万人
・都道府県庁所在地 秋田市
・隣接する都道府県 青森県、岩手県、宮城県、山形県
・主なサッカークラブ ブラウブリッツ秋田、猿田興業サッカー部、秋田FCカンビアーレ
・主な出身サッカー選手 藤島信雄、奥寺康彦、田口光久、熊林親吾、加賀健一

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「47都道府県のフットボールのある風景」の写真集(タイトル未定)のエスキース版として始まった当プロジェクト。前回は、艱難辛苦の末にJクラブとなり、今季のJ2で上位を走るFC琉球を生み出した、沖縄県を取り上げた。今回は、同じような歴史を歩みながら、今季よりJ2に昇格したクラブを輩出することとなった、秋田県にフォーカスすることとしたい。

 Jリーグが開幕した1993年、オリジナル10の中に東北のクラブはなかった。そんな中、マスコットのモティーフに秋田犬を採用したのが、ジェフユナイテッド市原(現・千葉)。親会社のひとつが、東北をカバーするJR東日本だったことが、この決定を促したことは間違いない。彼らの中に「秋田県にJクラブができるなんて」という思いがあったとしても、誰も咎めることはなかっただろう。

 ところで私は今、秋田県にかほ市のホテルで本稿を執筆している。佳境に入っている写真集の作成にあたり、どうしても追加撮影が必要となったためだ。秋田市には何度か訪れる機会はあったが、にかほ市については今回が初めて。秋田市から車でおよそ1時間。コンビニもまばらな地方都市に、わざわざ訪れた理由は何か。勘のいい方はお察しだろうが、最後に撮りたてのカットを披露することにしたい。

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 秋田県のパブリック・イメージとは何か? 秋田犬、なまはげ、あきたこまち、それとも現総理? いろいろある中、私がまずイメージするのが、木村伊兵衛の写真集『秋田』のカバーを飾ったこの1枚。「秋田おばこ」という作品のモデルは、てっきり本物の農家の娘だと思っていたのだが、実はモダン・ダンスを嗜む当時19歳の少女だったという。取材で秋田を訪れた2016年には、観光プロモーションとして起用された「秋田おばこ」のポスターをあちこちで見かけた。

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 意外に思われるかもしれないが、秋田はスポーツが盛んな県である。当時J3だった「ブラウブリッツ秋田」の他に、Bリーグの「秋田ノーザンハピネッツ」、そしてラグビーの「秋田ノーザンブレッツRFC」。県内の人気スポーツは、まずバスケットボールで、これにサッカーとラグビーが続く。実は秋田県は2007年の「わか杉国体」を契機に、トップスポーツの支援やスポーツ大会の誘致に積極的。その目的は、スポーツを通じた交流人口の増加であった。

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 こちらはBリーグ、ノーザンハピネッツの試合風景。間近で目にするプレーの迫力もさることながら、屋内競技ならではの派手な演出に度肝を抜かれた。もうひとつ驚いたのが、観客の中に高齢者が数多く見られたこと。しかも、その多くがクラブカラーのピンクのシャツを来て、実に楽しそうに応援している。周知のとおり秋田は、高齢化と人口減少、そして人口流出が急速に進んでいる。地元行政が、プロスポーツに何を託そうとしているのか、あらためて理解することができた。

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 ノーザンハピネッツに比べると、J3時代のブラウブリッツは、いささか地味な印象が拭えない。そんな中でクラブは、限られた予算の中でファンを魅了する、独自のスタイルを模索する。選手選考では、止めて蹴るは最低限でいいので、走れて戦えてコミュニケーションが取れることを重視。その上で、粘り強く守備ができて、チャンスになれば一気にゴールに迫るスタイルを目指した。それは、厳しい冬を耐え忍んで夏の祭りで弾けるという、秋田の県民性と見事に合致していた。

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 こうして生まれた「秋田スタイル」は、監督が替わっても受け継がれることとなり、2020年のJ3では無敗のままリーグ優勝。見事にJ2昇格を決めた。秋田犬をマスコットに選んだ、オリジナル10のクラブと同じカテゴリーである。3月14日にフクアリで実現した、両者の初対戦は2−0でブラウブリッツが勝利。Jリーグがスタートした、28年前には絶対に想像できなかった未来が、そこにはあった。こうしたことが起こり得るのも、フットボールの奥深さである。

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 そんなブラウブリッツの前身が、TDKサッカー部。1965年に設立され、純然たる企業チームとして、秋田県にかほ市で活動を続けてきた。TDKの本社は東京だが、創業者の齋藤憲三は当地の出身で、TDKの工場や関連施設が点在している。こちらは「TDK歴史みらい館」。手前に見える、都市対抗野球大会優勝を記念したモニュメントに、ご注目いただきたい。実は同年(2006年)の地域決勝で、東北リーグ1部所属だったサッカー部も見事に優勝。JFL昇格を果たしている。

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 TDKがブラウブリッツとなったのは、何も彼らが野心的だったからではない。JFL昇格から2年目の2008年、リーマンショックの影響で親会社がサッカー部の維持を断念。市民クラブとなる以外に、存続の道がなかった。かくして新クラブは2010年、よりスポンサーとファンが集めやすい秋田市に移転する。あとに残されたのが、JFL時代までホームゲームが行われた「仁賀保グリーンフィールド」。遠景に見える鳥海山に、ブラウブリッツの原風景を見る思いがする。

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 秋田といえば、ご当地グルメに事欠かない。きりたんぽ鍋、比内地鶏、稲庭うどん、いぶりがっこ、しょっつる、などなど。とはいえ、ブラウブリッツの試合とセットで考えるならば、ソユースタジアム近くにある「らーめん萬亀」をお勧めしたい。スープの色が見るからに不健康そうだが、豚骨と鶏ガラをベースにしたシンプルかつ濃厚な味わい。通り一遍のご当地グルメよりも、より「秋田らしさ」を感じさせるから不思議だ。かなりの人気店なので、余裕を持って来店したい。

<第47回につづく>

宇都宮徹壱(うつのみや・てついち)
写真家・ノンフィクションライター。
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年に「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」を追い続ける取材活動を展開中。FIFAワールドカップ取材は98年フランス大会から、全国地域リーグ決勝大会(現地域CL)取材は2005年大会から継続中。
2016年7月より『宇都宮徹壱ウェブマガジン』の配信を開始。
著書多数。『フットボールの犬 欧羅巴1999‐2009』で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道 Jリーグを目指すクラブ 目指さないクラブ』でサッカー本大賞2017を受賞。近著『フットボール風土記 Jクラブが「ある土地」と「ない土地」の物語』。
2021年2月より、Jリーグ以外の第1種クラブの当事者のためのコミュニティ『ハフコミ(ハーフウェイオンラインコミュニティ)』を開設。


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