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テニス上達メモ076.テニスを通じて自己肯定感を育む


▶しつけが「逆効果」になるとき

 
子どもを「しつける」とはいえ、それは、感情的に「怒る」のとは、まったく性質が違うと思います。
 
「騒ぐな!」「静かにしろ!」「走っちゃいかん!」「だからお前は落ち着きがないんだ!」
 
こんなしつけ(?)をしていては、子どもが心から納得するわけでもないし、一時的に親の言うことを聞いたとしても、押しつけるだけの無理やりな矯正だから、むしろ心が歪んでしまう「逆効果」にもなりかねません。
  

▶否定(マイナス)に肯定(プラス)を掛け合わせても、プラスにはならない

 
そんな顛末は大人なら、たいてい知っています。
 
過干渉。
 
とはいえ、ことテニスになると、それをしてしまう人が少なくありません。
 
「まったく、俺のフォアのメチャクチャなことといったら!」「ヒザだ! もっとヒザを曲げるんだ!」「手首を固めろと散々言ったろ!」
 
心の中で、自分自身に対する怒りのしつけ(矯正)をぶちまける。
 
「インナーテニス」でいう、「セルフ1」がまくし立てます。
 
自分自身へのフォームに関する過干渉により、一時的に上手くなれたような気がすることもありますが、結局はもとに戻ればまだ御の字で、むしろ下手になる「逆効果」となりかねません。
 
それは子どもに対する感情的な、しつけと称する怒りに似ている。
 
フォームに関する過干渉は、現時点でのフォーム否定です。
 
否定(マイナス)の上にいくら肯定(プラス)を掛け合わせても、プラスとはならないでしょう。
 
これが、嫌いな自分を「好き」になろうとしてもマイナスにしかならない理由でもあります。

だから「罠」だと、たとえました。
 

▶「評価」が自己肯定感をくじく

 
「良かれ」と思ってしつけしようとするアドバイスの矯正によって、心(イメージ)がむしろ歪んでしまうのです。
 
「泣くな!」「急げ!」「速くしろ!」
 
駅のホームや町中でしょっちゅう耳にするフレーズですが、どちらかというと子どもに対するしつけというより、親の都合?
 
「早く引いて!」「ちゃんとヒザを曲げないと!」「横を向きなさい!」
 
スクールや実用書、ネットでしょっちゅう耳にするフレーズですが、どちらかというとコーチの都合?
 
「ああすればいい!」
 
「こうするのはダメだ!」
 
こういった評価は、「ありのまま」を受け入れる自己肯定感をくじきます
 
自然・自由な「ありのまま」の言動が、否定され続けるわけですからね。
 
それは自分に対する評価も同じこと。
 
「まったく、俺のフォアのメチャクチャなことといったら!」「ヒザだ! もっとヒザを曲げるんだ!」「手首を固めろと散々言ったろ!」
 
しょっちゅう「セルフ1」がまくし立ててきます(それを静めるのが『究極のテニス上達法』です)。
 

▶自己肯定感を高める「宝」

 
そうでなくともテニスはミスするスポーツだから、自己否定に向かいやすいきらいがあります。
 
だからこそ逆手に取れば、テニスは自己肯定感を育むエッセンスが凝縮されていると言えるのですね!
 
それは、テニスが上手くなったから得られる「自信」とは、異質のものです。
 
何かができるようになる「自信」と、「自己肯定感」とは、似て非なるもの。
 
確かに自己肯定感が高いと自信が伴いますが、自信があるからといって自己肯定感が高まるわけではありません。
 
自転車に乗れる自信があるからといって、自己肯定感が高まるものでもないですからね。
 
むしろ自信が「ある・ない」などといった評価が「壁」になる。
 
評価を下さない人や物や出来事の見方にこそ、自己肯定感を高める「宝」があるのです。

▶雨はダメなの?

 
「ダメだ」というのは、一時的で主観的なジャッジメントです。
 
ダメという評価を下さなければ、ミスはただの現象で、良いも悪いもありません。
 
「雨はダメ」と言っているようなものです。
 
サラリーマンなら「鬱陶しい」と言うかもしれないけれど、百姓にとっては「恵みの雨」です。
 
ですから私は、「明日は鬱陶しい梅雨空の予報です」などと決めつけるマスコミ報道に、違和感を覚えます。
 
「じゃのめでお迎え嬉しいな♪」と唄う子どもだって、きっといるのではないでしょうか!?
 
それはさておきミスを現象として見ると、自分の打ったボールがネットに引っかかったか、ベースラインやサイドラインを割ったかだけです(サーブなら、サービスラインやセンターラインですね)。
 
ポイントを「失った」と言うかもしれないけれど、相手にとっては恵みの雨で「ポイントゲット」
 
そこに、ダメという一時的で主観的な評価は不要。
 
「明日は鬱陶しい梅雨空の予報」などと決めつけないことです。
 

▶こうしてミスは糧になる

 
「人間万事塞翁が馬」です。
 
ミスしたボールにも集中して見続け、見届ければ、その情報(ネットの何センチ下にかかったか、どれくらいの出幅でラインを割ったか)が視覚を通じて脳へフィードバックされ、コントロール力を培うデータとして活かされるのです。
 
それはまるで、サーモスタット。
 
室温が高い、低い情報をフィードバックして、設定温度に「コントロール」される機能とまったく同じです。
 
なので、ミスはダメではありません。
 
ミスが糧になるのです
 
自己肯定感が高いと(評価を下さずにいると)そんな見方ができるから、すくすくとテニスが成長します。
 
なのに自己肯定感が低いとミスに「ダメだ」という評価を下すから、打った直後に「クソー」とうなだれたり、「あーあ」といって天を仰いだりして正面視が叶わず、ボールを見続け、見届けられなくなります
 
周辺視野で見たとしても、中心視野で見るのに比べて、視覚情報は激しく劣化しますからね。

精度の低いサーモスタットのようなものです。

その結果、一向にコントロール力が身につかない自己否定にさいなまれ、なおさら自己肯定感を損ないかねない悪循環。
 
自己肯定感が低いと「ありのまま」を受け入れられずに評価を下すから(評価を下すと自己肯定感が下がるから)、ミスを現象として見られなくなるのです。
 

▶大谷翔平の自己肯定感

 
それが証拠に、周りにもきっと見つけることができるでしょう。
 
「ゴミの出し方がなってない!」などと被害者意識よろしく、評価を下してばかりな自己肯定感が低い人の例。
 
だったら、具体的かつ丁寧に困っている事情を伝えるなり、張り紙をするなり、自分で片付けるなり工夫すればいいのに、たいていは影で文句ばかり言う、あるいはしつけと称して怒るだけだから、なおさら、自己肯定感が下がるのです。
 
もちろん私たちがそのような人たちに向ける視線も「ダメだ」と見るのではなく、気の毒に思いやれば十分でしょう。
 
実際、ストレスを溜め込んでいるでしょうから気が毒されていて、文字どおりお気の毒です。
 
一方、ゴミを進んで拾い、トレイ掃除もいとわない大谷翔平
 
それはコチラで述べた「自己効力感」そのものですし、その礎となる彼の自己肯定感の高さが、活躍を遂げた野球選手としてのベースであるに違いありません。

即効テニス上達のコツ TENNIS ZERO
(テニスゼロ)
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スポーツ教育にはびこる「フォーム指導」のあり方を是正し、「イメージ」と「集中力」を以ってドラマチックな上達を図る情報提供。従来のウェブ版を改め、最新の研究成果を大幅に加筆した「note版アップデートエディション」です 。https://twitter.com/tenniszero