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4月9日~4月15日 このドキドキ楽しんだもん勝ち×リバティアイランド

「もう一件だけ。もう一件だけ、いきましょう。良い店知ってるんですよ。」
「本当によく飲むやつだ。酒だけは一人前だな。」
「もう~そういうこと言います?こっちですよ。こっち。」

 今日、この新人は大事な商談に1時間も遅刻をした。そのせいで取引先は激怒したが、何とか代わりに商談をまとめた。何をするにも遅くて、おっちょこちょいなヤツだ。でも、仕事には一生懸命。入社から約一カ月、亀みたいに毎日一歩ずつコツコツ前に進んできた。だから、オレはこいつがかわいくて仕方がない。しかし、こんな一面もあるんだな。飲ミニケーションの大切さをしみじみと感じていた。

「ここっす。“リバティ―アイランド”。オレのいきつけです。」

その店は裏路地にあり、看板のピンクなネオンが周りを妖艶に照らしている。明らかにいやらしい店じゃないか。

「早く早く先輩。最近、彼女に振られてすごく落ち込んでいたじゃないですか。ガツンと決めて、明日から心機一転頑張りましょう!」

こっちが激励のつもりで飲みに誘ったのに逆に励まそうとしてくれている。何てかわいいやつだ。

「いらっしゃーい。あ、今日は二人。珍しいね。コッチこっち。」

アイドルみたいな顔をしたスーツ姿の女性が手招きをしている。ワイシャツのボタンはざっくり開けられ、スカートは太ももがあらわになるほど短い。その最高にセクシーな着こなしは満点だった。

「いつもめちゃくちゃお世話になっている先輩だから。今日もとっておきなものを頼むよ。」
「任せといて。すっごいサービスしてあげるから。今夜は寝かせないわよ。」

そそるな。クールな先輩面が入店5分で剥がれそうだった。もう今日はすべてを忘れて楽しもう。このドキドキ楽しんだもん勝ちだ。

「えぇっと、今の先輩の家は下北沢にあって、出身は大阪。好きなものはマンガで、座右の銘は臥薪嘗胆でしたっけ?趣味は格闘技。てんびん座のA型。独身の37歳で、最近彼女に振られました。」
「ふーん。そうなんだ。じゃあ今日はとことんご奉仕させてもらわないとね。」

“今、オレの個人情報を言う必要ある?”と少し不思議に思ったが、そんなことはスルーしてしまうぐらい興奮していた。今にも下着が見えそうな彼女は資料とPCを使い、何かを探し始めた。

「あ、こんなのはどう。1LDKで家賃6万円。田町駅まで徒歩10分。東京でこの条件でこの価格。なかなかないわよ~」

ん?

「こんなのもあるわよ。1Kなんだけど。マンションの30階。窓から東京タワー見放題だよ。しかも、浜松町駅まで徒歩5分で家賃5万5000円!やっばいでしょ。」

!!!

「ちょっと聞きたいねんけど。ここ何の店?」

あまりの驚きで、上京を機に封印していた関西弁が出てしまった。

「コンセプト不動産屋です。しかも24時間営業なんですよ。いいでしょ。」
「何やねんそれ!誰がこんな夜中に部屋探しにくんねん!あ、オレか。」
「いよっ!ノリツッコミ。」
「成田屋みたいにいうな。」

やばい、性欲より関西が体からあふれ出してきた。

新人:「わかりました。さっきの飲み代はおごってもらったんで、この物件の敷金・礼金は僕に払わしてください。」
オレ:「いや、明らかにお前のコスト高くない!」
新人:「お前っていうの勘弁してもらっていいっすか?」
オレ:「今そこ気になる。ちなみにいくら?」
セクシーガール:「3000円だよ。オプション込みで。」
新人:「いや、安いな。オプションって何やねん。」
セクシーガール:「消費税だよ。」
オレ:「思わせぶりにいうな!期待してまうやろ。」
セクシーガール:「もう興奮しちゃって。すっごい大きくなってるよ…声が」
オレ:「やかましいわ!!」
セクシーガール:「あ、もしかして気に入らなかった?じゃあ指名する?今日はいい娘出勤してるわよ。」
オレ:「空き物件な。」
セクシーガール:「ああぁ、何だかもう少し広いところでくつろぎたくなっちゃった。ねぇ、リビング足していい?」
オレ:「シャンパンみたいなノリでいうな!」
新人:「よし、じゃあリビングをタワーでいこうかな。そうだ、ピンクのキッチンももう一ついきましょうよ、先輩。」
オレ:「だからシャンパンみたいに言うなって!」
セクシーガール:「そこまで言うならとっておきの出しちゃおうかな。100L153Kで東京駅徒歩0歩、家賃1000万。これでどうだ。」
オレ:「いや、キッチン多すぎ!ていうか、そんな家賃高いとこ無理無理。」
新人:「わかりました。じゃあ俺が」
オレ:「どうせ敷金・礼金やろ。もうわかったから何も言うなお前は。」
セクシーガール:「あー、ごめん。内見なしで。」
オレ:「仕事早いな!ていうか、そんなとこどこにあんねん!」
セクシーガール:「ぶっちゃけ東京駅だよ。」
オレ:「まさかのエキナカ!どうりでキッチン多いはずや。」
新人:「わかりました。じゃあ僕も腹くくります。敷金じゃなく家賃にポンタポイントつけるってのはどうですか?」
オレ:「もうええわ!!」

この後、約1時間ツッコミ続けた。夜は終わり、店を出た頃には陽が差していた。帰り際ににガチの物件を紹介された。そこは1LDKで家賃10万円。新宿駅まで徒歩10分、しかも家具家電つき。本当に破格のお値段だった。

「いやホンマに不動産屋なんかい!」

とラストツッコミ。声を張り上げすぎて頭がトランス状態だったオレは、勢いでそこに決めてしまった。店を出る際、一つの箱を渡された。

「いい。絶対に箱を開けたらだめだよ。大変なことになっちゃうよ。」

最後のボケに、“玉手箱か”というツッコミを入れようとしたが、喉が限界だった。始発を待つ駅のホームで箱を開けたが、中には鍵しか入っておらず何も起こらなかった。

 しかし、後日契約した部屋に入るとその意味がわかった。家具・家電がすべて昭和レトロだった。

「そっちが歳とるんかい!!」

近所迷惑を気にせず全力でツッコミを入れた後、ブラウン管テレビのダイヤルをそっと回した。

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