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おわりに

 私は、おそらく在宅医のなかではかなり若手の部類に入ります。
 在宅医療の医師というと、長い病院勤務を経て自分のクリニックを開業するときに在宅医療を行うケースや、もともと地域の開業医だった医師が、時代の要請で在宅診療も取り入れるようになった、というケースが多いようです。そのため40~50代か、それ以上の年齢の医師が多い印象を受けます。
 私自身は、静岡県に在宅医療専門クリニックを32歳で開業しました。時折、患者さんやご家族にも「若い先生がどうして在宅医に?」と不思議に思われることもあるようなので、その理由を記しておきます。

 私は大学時代、リウマチ・膠原病を専攻していました。この疾患を専門に選んだきっかけは、私の中高生時代の恩師が、膠原病の一種である血管炎症候群を発症し、闘病していたことです。
 また、私が研修医だった頃は病院で亡くなる人もいましたが、勤務医最後の年は、担当の患者さんで、病院で看取りをする人はほとんどいませんでした。その頃から長期療養が難しくなり、患者さんは病院を退院させられ、施設や自宅へ移るようになったからです。
 しかし、リウマチや膠原病は処置や使用する薬剤が特殊であるため、街のクリニックで診てもらえるところはそう多くはありません。担当していた患者さんたちが退院後、どのように過ごしているのかと思うと、私は気がかりでなりませんでした。
 そこで、患者さんがたとえ病院に来られなくなっても、その人の人生の最期まで責任を持って寄り添える在宅医療に出会い、大きな魅力を感じるようになったのです。

 さらに私は「若いからこそ、在宅医として働く意義がある」と考えました。在宅医療は「24時間、365日対応」が条件です。しかし、医師も人間ですから、50代、60代と年齢が上がるにつれ、体力的に深夜や休日の対応がだんだん難しくなります。そのため、急な往診の要請にも、看護師を派遣し、医師は連絡を受けて指示するだけといった対応が多くなりがちです。
 その点、若いうちであれば深夜でも早朝でも休日でもフットワークよく動けます。医師として、いちばん”脂の乗った”時期に在宅医として活動したいと思い、思い切って開業しました。32歳で開業すれば、50歳まで続けても18年間も地域医療に貢献できます。
 そして開業以来、在宅医として、患者さんとご家族に寄り添う医療を心掛けています。
 在宅医療をしていると、ちょっと熱が出たというだけでも、患者さんやご家族は不安になります。夕方に熱に気づいたけれど、在宅医に相談しようかどうしようかと迷って様子を見ているうちに症状が悪化してしまい、早朝になって救急車を呼んでしまった・・・・・・となるのは、在宅医の「負け」だと思っています。
 私の場合、ご本人や家族に不安がありそうなときは、夜間でも早朝でもなるべく患者さんのお宅に駆けつけるようにしています。
 熱があるという状態は変わらなくても、医師が直接、診察をしていれば、ご家族も安心して経過を見守っていくことができます。
 こうしたきめ細かい対応を評価してくださる声も多く、私はクリニックのスタッフとともに地域の患者さんのお宅を日夜、駆け回る日々を送っています。

 そんな私が今回、本書を著すことにしたのは、「在宅医療がもっと身近になり、必要な人が自由に選べるようになってほしい」という願いからです。
 本書でも繰り返し述べてきましたが、在宅医療という言葉を聞いたことがあっても、実際に在宅医療を始めるのはハードルが高い、と感じてしまう患者は少なくないようです。
 多くの患者がそう思ってしまう最大の理由は「在宅医療についてよく知らない」からです。人間は、自分が知らないことにはどうしても抵抗を感じるものですから、まずは「知る」ことが第一歩です。
 そのためにできるだけわかりやすく、在宅医療の概要をお伝えできるように書いたつもりです。

 日本人は、特に高齢になると複数の病院・クリニックにお世話になっている人が少なくありません。糖尿病内科と腎臓内科に通いながら、皮膚疾患が気になったら皮膚科へ、目の不調があれば眼科へと、自由に通院先を選んでいるはずです。
 それと同じ感覚で、通院が少しつらくなってきたら、通院を続けたいものは続けつつ、一部は在宅医療を選ぶこともできる。そういう医療システムになっていくのが理想だと思います。

 在宅医療は決して「終末期の人だけのもの」ではありません。
 高齢になって体力が落ちてきたと感じたとき、がんの治療や心筋梗塞、脳卒中を経験したときなどに、早い段階で在宅医療をスタートすれば、高いQOLを保ちつつ、住み慣れた自宅でその人らしい生活を維持していくことができます。
 病気や不調を抱えた高齢期を、より充実して生きるための選択肢として、ぜひ積極的に在宅医療を選んでほしいと思うのです。

 初めて在宅医療を導入するご家族にとって、最初の決断は勇気がいるかもしれません。けれども不安な気持ちも含めて、まずは一度、在宅医に相談してもらえればと思います。
 実際に在宅療養を進めていくなかでは、いつも穏やかなときばかりではないかもしれません。不安も混乱も、葛藤もあるでしょう。
 しかし、そうした経験こそが家族の絆を強めてくれるものですし、苦労の半面、介護をする人がされる人から、見送る側の人が先に逝く人から、教えてもらうこともたくさんあるものです。

 患者さんが誇りと尊厳のあふれる人生を全うし、ご家族が命を受け継ぐ一助となりたいー。
 これが私たち在宅医療チームの目標です。これからもその目標に向け、全力で支援を行っていくつもりです。

引用:
『1時間でわかる! 家族のための「在宅医療」読本』
著者:内田貞輔(医療法人社団貞栄会 理事長)
発売日:2017年11月2日
出版社:幻冬舎