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新しい感染症の出現で注目される「在宅医療」とは?①

 2020年春から、新型コロナウイルス感染症が世界的に大流行しています。この新しいやっかいな病原体は、ごく短い期間に世界をまさに一変させてしまいました。
 変わったのは通勤や仕事の仕方、マスク着用、手指消毒といった日常生活だけではありません。国民の医療との付き合い方や医療のあり方そのものも、大きく揺さぶられています。
 これまでは頻繁に病院に通っていた人も、感染を避けたい気持ちから、受診を控えているケースも多いのではないでしょうか。入院にしても、受診を控えているケースも多いのではないでしょうか。入院にしても、万一院内感染が起これば、家族といっさい会えないまま療養生活が続き、最悪の場合はそこで人生を終えることもあり得ます。「何かあれば病院へ」という日本人の”病院信仰”も、今後は変わっていかざるを得ないのかもしれません。

 このような未曽有の経験を経て、これまで以上に注目が集まっているのが「在宅医療」です。
 日本は世界で最も高齢化が進んでいる国です。近年は、住み慣れた自宅で生活・療養をできる高齢者を増やすため、国も在宅医療を推進しています。厚生労働省の推計(2018年)では、2025年には在宅で診療を受ける人が100万人に達するという見込みもあります。新型コロナウイルス感染症の流行により、この流れはさらに加速することが予想されています。

1人での通院が難しくなったら、在宅医療を検討

 それでは在宅医療とは、どのようなものでしょうか。
 簡単にいえば、在宅医療とは、自宅や施設にいる患者のところへ医師や看護師らが来てくれる、という医療のスタイルです。イメージとしては、少し前の時代によく見られた地域の医師が患者宅を訪問する「往診」に近いでしょう。
 しかし現在の在宅医療は、昔の時代の往診の要素だけでありません。また受けられる医療の内容もずっと進化しており、病院とほぼ変わらない医療を自宅で受けることができます。そこで在宅医療の概要から、説明していきましょう。

<在宅医療を利用できる人>
 在宅医療を利用することができるのは、以下のような人です。
①1人での通院が困難になってきた人
②退院後や慢性疾患などで、療養が必要な人

 ①でいえば、高齢になって足腰が弱っている、呼吸器や心臓などの病気がある、認知機能が落ちてきているなど、高齢者1人での通院が難しくなっている場合は、在宅医療を検討してほしいと思います。従来のかかりつけ医に診てもらえないことを心配する人もいますが、病院の主治医と在宅医とが話し合い、病院の治療を在宅で続けていくことも可能です。
 ②では、入院治療を受けて退院したあとや、入院療養中で症状が落ち着いている人が自宅に戻りたいと希望する場合、在宅医療に移行できるケースが多くなっています。日中は家族が不在という家庭や高齢者の1人暮らしであっても、在宅医療では医療・介護のスタッフがチームで療養生活を支えていきます。


要介護の人に、メリットが大きい在宅医療

 体の弱くなった高齢者や慢性的な病気で要介護になった方にとって、在宅医療は多くの利点があります。私が考える在宅医療のメリットとしては、次のものが挙げられます。

<在宅医療の10のメリット>
①住み慣れた環境で安心して療養ができる
 住み慣れた自宅では、安心してその人のペースで生活・療養をすることができます。心安らぐ自宅という環境が、高齢者にとって生きる活力になることも珍しくありません。
 長く入院していた高齢者では、自宅に帰ると心身の状態が改善することがあります。病院で寝たきりだった人が、自宅に戻ると表情が豊かになり会話が増える事もありますし、病院では食事ができなかった人が自宅で好物を食べ、食欲が戻るケースもあります。

②通院が難しくても、医師・看護師が自宅を訪問する
 高齢者は循環器内科で血圧の薬をもらい、関節痛で整形外科に診てもらうなど、いくつもの診療科にかかっていることが少なくありません。足腰が弱っている人が月に何度も通院するのは、本人も付き添うご家族も大変な負担になります。
 在宅医療では患者さんは自宅にいるだけで「病院が来てくれる」ため、通院にかかっていた時間的・体力的な負担を軽減できます。

③外来診療や療養病棟と変わらない医療を受けられる
 在宅医療では、血圧や血糖値などの管理から、認知症、心疾患、がん、関節疾患、皮膚疾患など、幅広い分野の診療を行っています。在宅医は問診や各種検査をして、薬の処方や生活指導などを行います。必要に応じて連携している精神科や整形外科、眼科、歯科などの専門医が訪問することもあります。
 最近はレントゲンや超音波検査、心電図検査など、持ち運び可能な検査機器も増えており、自宅にいながら、外来診療や療養病棟とほぼ変わらない医療を受けることができます。

④特別な管理が必要な人でも対応できる
 胃ろうをはじめとした経管栄養、酸素療法、人工呼吸器を装着しているなど、特別な医学的管理が必要な人は、自宅での療養は難しいと思われがちです。
 しかし、こうした特別な管理が必要な人でも多くの場合、在宅医療を選ぶことができます。がんの患者さんでは、通院治療と並行して緩和ケアを行うことも可能ですし、通院が困難になったときは自宅で治療や緩和ケアを受けることもできます。

⑤他科の薬もまとめて管理、多すぎる薬を整理できる
 多くの慢性疾患をもつ高齢者は、複数の診療科から似たような薬が重複して出されているケースがあります。また薬を飲めていないのに、薬の効果がないと勘違いした医師が薬を増量してしまい、多すぎる薬の副作用でふらつきや認知機能の低下などの悪影響が起きていることもあります。
 在宅医療では、患者さん生活のなかに医師が入っていくことで、薬をきちんと飲めているかといった生活状況も把握しながら、他科の薬も含めて管理をしますので、不要な薬を整理できます。

⑥看護・介護の多職種連携で生活全体をサポートする
 在宅医療を始めると、在宅医や訪問看護師、ケアマネジャー、ホームヘルパーなど多くの”在宅療養を支えるプロ”が自宅を訪れ、高齢者や要介護の人の生活を見守ります。
 さらに高齢者本人の心身の状態だけでなく、住んでいる環境やご家族の生活状況、介護の経験などを考慮し、本人もご家族も無理なく自宅で過ごしていけるように生活全体をサポートします。

⑦体調の小さな変化にも、24時間365日の対応が受けられる
 在宅医療に特化している「在宅療養支援療養所(病院)」では、「24時間対応」が1つの条件になっています。在宅療養をしていて食欲が落ちている、微熱がある、痰がからんで呼吸が苦しそうといった困ったことがあれば、夜間でも休日でも24時間365日クリニックに連絡をしてOKです。医師が電話で指示するだけでなく、臨時に訪問をすることもできます。

⑧本人、家族にとって負担の大きい入院を減らせる
 高齢者にとっては、入院による環境変化はそれ自体が大きなストレスになります。入退院を繰り返すうちに、心身の状態が落ちてしまう人も多いですし、家族も入退院の手続きや付き添いなどは負担が大きいものです。在宅医療では、在宅で経過を見ながら細やかに体調管理ができるため、無用な入院を減らすことにつながります。

⑨必要に応じ、地域の病院での検査や入院もできる
 在宅療養を行うクリニックは、地域の病院とも連携して診療を行っています。在宅療養中に自宅内で転倒して骨折してしまったなど、病院での治療が必要になった場合は、在宅医が連携している病院に連絡し、必要な検査や治療を受けられます。

⑩希望に応じて、在宅でのターミナルケア・看取りができる
 高齢者や要介護の人に「最期まで、住み慣れた自宅にいたい」という希望がある場合、それを叶えてあげられるのが在宅医療です。
 近年は、自宅で家族の看取りを経験したことがある人はほとんどいません。ご家族も「看取りができるのか」と不安に感じると思いますし、本人も「家族に迷惑を掛けるのでは」と悩みながら、本人の望む看取りを実現できるよう支援していくことも、在宅医療チームの大切な役割です。


患者と家族の生活を支えるオーダーメイド医療

<病院医療と在宅医療との違い>
 先に最近の在宅医療では、病院と変わらない医療を受けられると書きましたが、厳密にいえば、やはり在宅医療は病院とまったく同じではありません。また在宅では、病院と同じ医療が必要なわけでもないのです。
 そもそも病院医療と在宅医療では、その目的も環境も違いますし、医療としての得意・不得意も異なっています。
 そもそも病院医療と在宅医療では、その目的も環境も違いますし、医療としての得意・不得意も異なっています。
 病院医療の最大の目的とは、病気を治療することです。当たり前と思うかもしれませんが、病院では病気を治すことが何よりも優先されます。そこに患者さんの生活や自由な意思が入り込む余地はありません。特に高齢の患者さんは病院という特殊な”アウェイ”の環境に身を置くことが大きなストレスになり、心身が弱ってしまう例、認知症が進んでしまう例は少なくありません。

 一方の在宅医療は、家庭という患者さんの”ホーム”に医師や看護師が入っていく医療です。
 自宅には患者さんの地域の生活があり、家族や親しい人の存在を感じながら暮らせる安心感や自由があります。そこで求められる医療とは、医学的な知見を活かして要介護の人の生活をサポートすることであり、時間とともに変わっていく本人やご家族の思い・悩みに寄り添うことです。
 つまり、在宅医療は、患者さん一人ひとりの経過や思いを十分に汲みながら「生活を支えるオーダーメイド医療」です。病院医療の簡易版や劣化版では決してなく、在宅医療でしかできないこともたくさんあることを多くの人に知ってほしいと思います。

引用:
『事例でわかる! 家族のための「在宅医療」読本』
著者:内田貞輔(医療法人社団貞栄会 理事長)
発売日:2021年6月1日
出版社:幻冬舎