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在宅看取りで、命を受け継ぐ①

本人が亡くなったあとにも、家族の物語は続く

 在宅医療の事例の最後に、「看取り後」のことも取り上げておきたいと思います。

 在宅看取りというと、闘病をしてきた人が亡くなったらそこで終わり、というイメージが強いかもしれません。確かにご本人の命は臨終で終わりますが、介護をしてきたご家族の人生はその後もずっと続きます。なかには、大切な人を失った悲しみから食事をまったく取れなくなって衰弱する方や、社会的なつながりを断って引きこもり、うつ状態になってしまうような方もいます。
 そうした遺族の悲しみに寄り添い、死別後の新しい日常生活を支障なく送れるように支援する「グリーフケア」も、私たち在宅医療チームの仕事の1つです。
 在宅看取りをされたご家族と私たちチームは、看取りへの道のりのなかで何度も話し合いを重ね、その時々でうれしかったことも悲しかったことも、たくさん共有してきています。
 そうした関係があるからこそ、身内のような感覚で亡くなった方を一緒にしのぶことができますし、見送ったあとのご家族の思いにも丁寧に耳を傾けることができると思っています。

 家族を失ったあとは、悲しくつらい気持ちはもちろん、人によっては後悔や自責の念などに苛まれることもあります。死別後、少し時間が経ってから、つらさや喪失感が強まるケースもあります。グリーフケアでお伺いしたときは、そうした率直な気持ちを私たちに話していただければと思います。
 十分に悲しみ、涙を流すことも、ご家族が前を向いてその後の人生を生きるために必要なことです。

 そしてもう1つ、皆さんにお伝えしたいことがあります。それは1 人の人の死も、本当の意味での終わりではないということです。当クリニックは基本理念として、次の言葉を掲げています。
「患者さまが誇りと尊厳の溢れる人生を全うし、
ご家族が命を受け継ぐ一助となりたい」

 ここで注目してほしいのは、「ご家族が命を受け継ぐ」という部分です。私は在宅医療を通じ、たくさんのご家族の看取りを見つめてきました。そこでいつも思うのは、1 人の人の命の灯が尽きても、その人が遺したものは次世代へと必ず引き継がれるということです。
 特に家族で看取りをするという経験は、親御さんから息子さん・娘さん、そしてお孫さんへという、命の大きなつながりを実感するまたとない機会です。看取りによって経験したこと、そこで感じたこと、学んだことが、次の世代やその次の世代へと、確実につながっていきます。それをよく表しているのが最後の事例です。
 高齢世代、親世代のためだけでなく、そのあとの世代の方々にとっても、在宅医療・在宅看取りはとても意義のあるものです。

 70 代のSさんの妻はこの春、10 年以上の介護の末に、夫を看取ったばかりです。当クリニックでは、看取りまでの後半の4 年間、Sさんと妻の生活支援を続けてきました。

 Sさんは、60 代のときに脳出血で倒れ、その後、認知症を発症。最後の3 年間は寝たきりで過ごしていました。
 子どものいないご夫婦はとても仲が良く、妻も介護が必要になったSさんを献身的に支えてきました。看取りが近づいたときも臨終のときも、別れの悲しみをこらえ、気丈にふるまっておられた様子でした。
 ただ、長く介護をしている人は、介護をすることがその人の仕事という感じになり、「自分がしっかりして面倒をみなければ」という気持ちの張りになっていることがよくあります。私たちチームでは、子どものいないSさんの妻も、夫の世話が生きがいになっているように見受けられ、夫が亡くなったあとにガクッと気落ちをされてしまうのでは、と心配をしていました。
 そのため、Sさんの臨終のあとに挨拶に行き、後日グリーフケアとして「またあらためてお伺いします」と伝えておきました。

 葬儀が済んで落ちついた頃に、1 人暮らしになったSさんの妻の家を医療連携室のスタッフが訪問。Sさんの妻は、力のない笑顔で迎えてくれましたが、少し顔が痩せた感じで、身なりも以前より手を掛けていない様子です。
 挨拶をしてお宅に上がり、「1 人だとお寂しいですね、食事は取れていますか?」と尋ねると、やはり自分1 人では調理もおっくうで、食べる気がしないとのこと。さらにお話に耳を傾けていると、夫が倒れる前にもっとこうしておけばよかった、夫は寝たきりになってつらかっただろう、最後はどんな気持ちだったのか、などと胸に溜まったいろいろな思いを絞り出すように話してくれます。
「そうですね」と共感しながら1 時間ほど傾聴し、話をすることでSさんの妻が少し気力を取り戻したのを確認して、「今日はたくさんお話を聞かせてくださって、ありがとうございました。またご主人の思い出話を聞かせてくださいね」と次回の訪問を約束し、辞去しました。
 こうした訪問と傾聴を数回行ったところ、Sさんの妻も少しずつ夫のいない日常に慣れていかれたようでした。


【解説!】

必要に応じて、専門的なケアにつなげることも

 身近な大切な人を亡くしたとき、遺族は「グリーフ(喪失による悲嘆)」と呼ばれる状態に陥ります。このときには精神的・身体的にさまざまな反応が起こります(右ページ図参照)。グリーフの状態にあるご家族の元を訪問し、遺族が精神的・身体的に回復されるように支援するのがグリーフケアです。

 当クリニックでは、グリーフケアとして亡くなった当日にお伺いすることもありますし、後日にあらためて伺うこともあります。訪問の時期や回数はご家族の状況に応じて調整します。
 遺族の方を訪問したときに行うのは、S さんの事例のように、ご家族の看取りをしたあとの今の思いをしっかりと傾聴すること。そして在宅医療チームと故人との関わりのエピソードをお話しするなど、故人の思い出を一緒に偲ぶということです。
「昨年の今頃はまだお元気で、私たちが訪問したときにご主人が庭木の柿を採ってくれましたね」「玄関に飾ってある珍しい石について質問すると、すごくうれしそうにお話ししてくれましたよ」など、何気ない日常の1コマをお話しするだけでも、亡くなった人を思うことになり、ご家族も喜ばれます。
 こうした傾聴や思い出話などを繰り返すことで、ご家族は次第に別れの悲しみを受け止められるようになり、徐々に気持ちや生活を立て直していけるようになります。


 実は看取りの前の段階から、ご家族の関係性や、ご家族の個々の性格、心身の状態などから、十分なグリーフケアが必要と思われるご家族がわかることもよくあります。そうした場合、在宅医療チームでも注意しておいて死別後に十分なグリーフケアを行います。
 さらにうつ症状などで専門的な治療が必要と判断したときは、精神科の専門医や自治体の専門機関などにつなげることもあります。


【事例19で知ってほしいポイント】

● 在宅医療は、本人の臨終で終わりではない。本人亡きあとの遺族の心身を支える「グリーフケア」も行っている。

● グリーフとは「喪失による悲嘆」。大切な人を失った人は、孤独や寂しさ、食欲不振、睡眠障害など、精神的・身体的にさまざまな反応が起こり、日常生活に支障が生じることがある。

● グリーフケアで大切なのは、遺族の人の思いに耳を傾け、「傾聴」すること。故人との思い出のエピソードなどを話し合うのもいい。

● 遺族は話を聞いてもらい、共感してもらうことで、次第に死別の悲しみを乗り越え、気持ちや生活を立て直すことができる。

● うつ症状などで専門的な治療が必要と判断したときは、精神科の専門医や自治体の専門機関を紹介することもある。

引用:
『事例でわかる! 家族のための「在宅医療」読本』
著者:内田貞輔(医療法人社団貞栄会 理事長)
発売日:2021年6月1日
出版社:幻冬舎