大学中退して独立したら独立なんて必要なかった話⑯
時間は昼、12時30分。時間を確認すると、僕はいつものようにオイルで所々汚れた青いつなぎを着る。玄関を出て、東京へのツーリングに行った愛着のあるSR400に跨りエンジンを掛ける。ドロロロンと調子良くエンジンがかかる。バイト先のガソリンスタンドへ向かった。もう3年近く働いているアルバイト先だ。3年間で最も信号に捕まらない道を見つけ出していた。僕はいつも通りその道を走らせ、スタンドへ向かった。
僕がアルバイトしているスタンドは、お客様自身でいれるセルフのスタンドだったが、少し変わっていた。お客様の給油中にスタッフが窓を拭いたり、タイヤの空気圧をチェックしたりする。半セルフと言ったところだろうか。洗車はスタッフがする完全手洗い洗車の店だった。
僕はガソリンスタンドに着くと、タイムカードを押し、自販機でコーラを買いスタッフルームへ向かった。扉を開けいつものように
「お疲れ様でーす。」
「お疲れさん。まこっちゃんか。」
蒲田さんだった。蒲田さんは確か年が1つか2つの先輩だ。高校を中退したが、高卒認定試験を受け、今はコンピュータ系の専門学校に行っている人だ。嫌な先輩じゃないが、根が賢いのか立ち回りがうまい。だからと言ってテンションが高いわけではない。いつも一定のテンションで、冷淡さが所々見え隠れする。僕が今まで関わったことがない人だった。
「今日俺とまこっちゃんと江藤くんでラストまでやね。」
とテーブルのシフト表を見ながら蒲田さんが言った。
ラストとは、夜9時までということだ。セルフのスタンドで24時間営業だが、スタッフが行うサービスは9時で終わる。昼1時から夜9時までの8時間の勤務だ。
「長いですね。」
「俺このシフトなら17時からでも良くない?」と蒲田さん。
そのような話をしていると扉が開く。
「お疲れ様です。」と丁寧で挨拶で江藤くんが入ってきた。
江藤くんは年が一個下の後輩の大学生だ。大学生でお洒落したい盛りだろうに綺麗な丸刈りの坊主だ。EXILE系のオシャレ系坊主ではなく綺麗な丸刈りの坊主。丁寧な態度と相まって、良い人感が溢れ出していた。
「片付けはまこっちゃんと江藤くんでお願いね。」と蒲田さん。
蒲田さんのときより出てくる後輩への冷淡な暴君ぶり。
「だってよ。江藤くん。」と僕は江藤くんに話を受け流した。
「わかりました!尾崎さんも少し手伝ってくださいよ!」
と江藤くん。やっぱり江藤くんは可愛い。今なら、田舎のおじさんおばさんの気持ちがわかる。若者を見たら食べ物をやたら食べさせたくなる気持ち。飴をあげたくなる気持ち。そんな気持ちを抱かせる江藤くんには、形容し難い魅力があった。
「まあ、一緒にやろう。もうそろそろ時間やね。でよっか。」
「そうですね。」
いつもと何も変わらないアルバイトの時間が始まった。
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