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大学中退して両親の暖かさと大きさを知った話

こちらの文章は
「大学中退して独立したら独立なんて必要なかった話」からの抜粋です。


深夜0時を過ぎていた。僕はいつものベンチで一人腰掛けていた。タバコをくわえ、風で揺らめくライターの火が消えぬよう、手で覆いながらタバコに火をつける。深夜のベンチは少し肌寒い風が吹き、木々を揺らしていた。住宅街にあるこのベンチは、深夜0時という時間を過ぎれば、人は寝静まり風の音と木々が擦れる音しか聞こえない。もう2週間ぐらい経つだろうか。深夜までこうしてこのベンチで時間を潰して家に帰る日々が続いているのは。僕は深夜過ぎて家族が寝静まるのを待っていた。

このような日々が始まったのは、2週間前。親宛てに送られてくる大学の単位通知書によって、両親に大学に行ってないことがバレてしまったのだ。行ってないことがバレた時、言えるのはこの瞬間しかないと思い、大学を辞めたいと言ったのだ。言った瞬間大激怒。いつも温和な父親も参加して父と母と3人で話し合いとなった。尾崎家唯一大学に行った人間が辞めたいと言っているのだ。両親の心を考えれば、ショックなのは容易に想像がつく。父親や母親の悲しむ顔は、息子にとっても辛い。

そんな顔を見ても、僕の辞めたいという気持ちは揺るがなかった。辞めなければならない。レールを外れなければならない。レールを外れドロップアウトしなければ、このままなんとなくレール上を走ってしまう。大学卒業し、就活し、なんとなくで選んだ会社に就職する。それだけは避けたかった。高校卒業の時にもらった昔の自分への手紙。崩れ去った幼い日の夢。夢が崩れ去って目標を失ってしまった時期をあった。目標を失ったモヤモヤとした日々を過ごし、新たな刺激を求めてバイクに乗って見たり、イベントを主催してみたりしてもがいているうちに、一つわかったことがある。

僕は社長である父へ憧れているということに気づいたのだ。。三兄弟で父の会社で働くことができないのであれば、憧れである父のように自ら社長へなれば良い。それが僕が作った新しい目標だ。そのためには大学を辞めなければならない。普通に考えれば、辞めなくても起業することはできるだろう。しかし僕はできない。僕は僕という人間を22年以上やっている。とりあえず、就職し、仕事しながら、良いタイミングで起業するなんて、起業という目標がいつの間にかなくなって、悪びれもせず「そんなこと言ってた時期あるね。」なんて居酒屋で言う日が来るのだ。僕は自分自身が、そんな人間だと理解している。この新しい目標が消えて無くなるのかは、僕にかかっている。なんとしてもレールから外れなければならなかった。

大学を辞めたい僕と大学に行かせたい両親との話し合いは、折り合うはずもない。あっという間に深夜になり、結論は出ぬまま、とりあえずその場はお開きになった。話し合っても平行線をたどるだろうし、悲しむ両親の顔が思い出され、ここ2週間顔を合わせずにいたのだった。


寒い風が吹く住宅街のベンチで深夜になるまで時間を潰すことが、解決に向かってはいないことはわかっている。しかし、僕ができる態度はこれしか出来なかった。言いようのないモヤモヤな気持ちをかき消すようにタバコをぐっと深く吸い込む。煙混じりのため息を吐くのだった。

ポケットに入った携帯電話が震える。ポケットから取り出し開いてみると父からのメールだった。携帯電話の画面には


飯ちゃんと食べているか。
お母さんが心配している。
お母さんに顔を見せてあげてください。

無骨で愛情を感じる父らしい簡潔な文章だった。その文章をみるとポロポロと涙が溢れてきた。この涙は何の涙なのか。理解されない涙なのか。ダメな息子だと自ら恥じる涙なのか。両親を傷つけてしまった涙なのか。父の大きさを感じた涙なのか。わからないが涙が溢れてくる。

涙を拭い、呼吸をととのえ、ベンチから立つ。家に帰ろう。僕は家の方向に歩き出した。家の前に着くと、珍しく0時を過ぎていると言うのに、リビングの電気がついている。リビングにまだ両親がいるのだろう。恐る恐る玄関を開ける。ここ2週間は、玄関を開けると左手側にあるリビングへの扉すら触れていない。リビングを通らずまっすぐ階段に向かい、自分の部屋に向かっていた。僕はリビングへの扉に向かって、扉を開いた。ダイニングテーブルに母が座っていた。

「おかえり。ちゃんとご飯食べよるとね?何か食べてきた?」

「いや。食べてない」

「そうね。ちょっと待っときんしゃい。」

と母は言うと、椅子から立ち上がり冷蔵庫からラップされたおかずを電子レンジに入れた。しばらく話してなかったからぎこちなさはあったが、いつもの母だった。電子レンジのブーンとした音が台所に響いていた。

テレビの前にあるクリーム色のした3人がけのソファに目をやると父が座っていた。僕と母がぎこちない会話をしていると、父がソファから立ち上がり近寄ってきた。

「とりあえず、大学を辞めていいから。アルバイトしながら今後どうしていくか考えてみなさい。」

とゆっくりとした静かな言葉で父は僕に言った。久しぶりに母と父の顔に、母の手料理の匂いに、その父の暖かさを感じる言葉に、変わらない父と母の優しさに、自分の小ささと不甲斐なさに、また涙が流れそうになる。涙がこぼれぬよう、声が上擦らないよう、僕は小さな声で「うん」と言ったのだった。


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