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酒好きになり店を出したら人に騙され人に救われた話⑰

福岡市天神の西通りは今日も人で溢れていた。

ファッションビルが立ち並ぶ
大学生や20代の若者で賑わう福岡でも有数の繁華街だ。

その西通りを北に向かうと
有名なホテルがそびえ立っている。

”西鉄グランドホテル”

福岡では電車、バスなども
運行している大手の会社が運営しているホテルだ。
このホテル周辺も少し年配層を中心に活気に溢れていた。

更に、その少し北に向かうと
今までの人気が嘘のように閑散とした通りに入る。
その通りは人気がなさすぎて昼でも少し不気味に
感じるような妙な空気を醸し出していた。

その通りこそ”親不孝通り”だ。
1980年〜1990年代初頭にかけては
クラブや飲み屋で繁盛していたそうだ。

その繁盛具合は幅30メートルはあるだろう通りを
100メートル歩くのに10分かかる程だったそうだ。

そんな通りも2000年代に入り
クラブなどが残り、少し治安の悪い通りとなって
人が近づかなくなっていたのだ。

そんな親不孝通りを天神から入り
20メートルくらい進むとメインの通りの左手に
7階建ての古びたビルがある。

建物の横には昔からの名残だろう
今は入っていない店の看板が当時のまま残されていた。

建物の外観はリニューアルされているのだろう。
エレベーターも2台完備されている
そんなに古風な感じのしないそこら辺にある雑居ビルだった。

そんなビルのエレベーターを登り5階へと向かう。
エレベーターの扉が開くと
そこにはタイムスリップしたかのような
光景が広がっていた。

壁一面に赤や黄色、緑といった装飾が施されている。
何とも時代を感じる内装だ。

その右手に進むと
左に2件、右に1件
計3件の店が並んでいた。

その右手にある少しだけ他の2店舗と
距離のある店

それが私が1年半雇われながら働いた飲食店
”ラット”だった。

「ガチャッ」
その重厚感ある扉の横には
昔の会員制だった名残だろう
カードキーの差し込み口があった。

またいつもと変わらない
居酒屋の日常が始まる。

おでんの仕込みも
見よう見まねではあるが少し手馴れてきていた。

開店前の18時を迎えようとする頃
お決まりの声が聞こえてくる

「おぉ〜まさ!今日も終わったら永ちゃんのライブ見ようなあ」

その明るい声の主は
顔を見らずともわかる
同じフロアのZのオーナー”ハマさん”の声だった。

その声に反応して
挨拶に扉の外に向かう。

「こんばんは、ハマさ…」
最後まで言いかけた言葉途中で声が詰まった。

全身白のスーツに身を纏った男が
こちらに背を向けて立っている。

静かに自分の店内に戻ろうとした時だった。
その男性が振り向き様にとびっきりの笑顔で
こう言い放った。

「今日のハマちゃん、かっこいいやろー?」

少し照れ笑いを浮かべながらも必死に気取る
50歳過ぎの、その男性はとてもかっこよかった。

見慣れた顔で、ほっとしたのも束の間
一瞬にして現実に戻る

「えっ?、その格好で来たんですか?」

その全身白という、結婚式以外では見ないであろう
その出立ちに困惑する私を横目に、その男性は笑顔のまま続けた。

「マサー、かっこいいやろぉ?」
こちらの質問など答える気もなく
かっこいいかどうか、その答えだけを聞いてくる。

その、どこか少年のような心を持った
おじさんの素性に、少しずつ興味を引かれていた。



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