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【小説】ペデストリアンデッキの舞姫と焼けた靴

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全12話 72,889文字 -あらすじ- ——2020年3月某日、渋谷駅のペデストリアンデッキで女性が低体温症で亡くなる。  外資系保険会社に勤務する真山里奈は、仕事での評価が…
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#創作小説

【小説】ペデストリアンデッキの舞姫と焼けた靴 1 #創作大賞2023

-あらすじ- -本文-  あれは、いまでも忘れられない出来事のひとつです。その日は3月というのに、真冬に戻ったような寒さで……あれは何と言うんでしたっけ。ああ、そうそう〝寒の戻り〟ですね。底冷えのする寒さで、膨らみ始めた桜のつぼみが今にも縮こまってしまいそうでした。  あ、話はそれますけど、私は桜が大好きでしてね。あの舞い散る花びらの中におりますと、まさに〝酔生夢死〟のような私の人生でも少し意味のあるような……スポットライトがあたっているような、そんな錯覚を覚えるのです

【小説】ペデストリアンデッキの舞姫と焼けた靴 2

第一章 (2)    日本橋に完成したばかりのオフィスとテナントからなる複合ビルに、話題のイタリアンレストランがオープンした。開放感あるテラス席で都会の街を見下ろしながら、本場イタリアで修業したシェフが腕を振るう料理に舌鼓をうつことが出来る。オープン前から予約で数カ月先まで満席と各飲食系メディアで取り上げられた。  真山里奈は日本橋駅の改札を抜けると、ヒールの音をカツカツとさせながら当ビルのエレベータに乗り込んだ。大学の後輩、紗由利とこの話題のレストランで待ち合わせをし

【小説】ペデストリアンデッキの舞姫と焼けた靴 3

第一章 (3) 「おう、里奈ちゃん。こっちこっち」  八丁堀駅からほど近いもんじゃ焼き屋に里奈が入店すると、ポロシャツにチノパンをはいた五十代くらいの男性が声をかけた。里奈の叔父、志朗だ。 「志朗おじさん。ご無沙汰しています」 「お。なんかすっかり大人の挨拶するじゃねぇか」 「当たり前でしょ。もう私、32歳よ」 「もうそんなになるのか……。道理で俺もおっさんになるはずだ」  そう言って志朗は自分の頭をかいた。二人はビールとつまみを頼んで近況を語り始めた。  志朗は都

【小説】ペデストリアンデッキの舞姫と焼けた靴 4

 ああ……あなたはこの前の。まだ凍死した女性のこと調べてるんですか。 これ以上、私からは何もお伝えすることはありませんよ……。  え、おやこれは随分良いものを……。いいんですか? ありがとうございます。して、ご用件は?  ああ同一人物と言われている踊っていた女性のことですか。うーん……。この間もお話ししたように、詳しくは知らないんですよ。あのペデストリアンデッキには毎日それこそ多くの人々が通行しますし、バンドやパフォーマーの方がたくさんおられますからね。  ああそういえ

【小説】ペデストリアンデッキの舞姫と焼けた靴 5

第二章 (2)   〝マワタリシロウ〟  その名前を知ったとき、ユキは全身の血が逆流するかと思った。  きっかけは、駒場との会話だった。 「特定班って知ってる?」  駒場によるとネットの世界は匿名だと思って軽はずみな発言ばかりしたり、誹謗中傷をしているとしっぺ返しをくらうことがあるらしい。弁護士に任せれば投稿者の開示請求も出来るし、特定班と呼ばれている、些細な写真やら言動から住所などの個人情報を特定することに長けている人たちがいるらしい。 「お母さんのブログ荒らし

【小説】ペデストリアンデッキの舞姫と焼けた靴 6

第二章 (3) 「いやぁユキちゃんが駅で踊ってるなんてさ、最初見かけたとき度肝を抜かれたよ」  常連のオギタが体調不良から復活し、店にきた。  ユキはこのところ毎日ペデストリアンデッキで踊ってから店に出勤していた。踊りは毎回人を集め、拍手をもらっていた。数年前の母のCMを真似していることはいつの間にか知れ渡り、ハッシュタグつきで拡散され始めた。CMを知らない世代は新鮮さで面白がりネタとした。CMを知る世代からは懐かしいといったコメントもあれば、否定的なコメントもあったが、

【小説】ペデストリアンデッキの舞姫と焼けた靴 7

 あ、すみません。まだ営業時間じゃないんですー。 あれ、お客さんじゃないですね? バイトの面接? 違うか、アハ、スミマセン。  なんですか? 人探し?  この辺のデッキで踊ってた娘?  うちにいたキャストの?  ……ああ、ハイハイハイハイ……。  知ってるよ、ユキでしょ? 一時よくキャストで入ってたね。お客さんとモメてクビになったけどね。  てかさ。あの娘の正体、知ってますか?  ん? その顔だと知らないんですね。  見た目めっちゃ可愛いんだけど、実は……なんですよ。

【小説】ペデストリアンデッキの舞姫と焼けた靴 8

第三章 (2)    翌日の朝、里奈はさっそく母から聞いた弁護士に電話をかけた。  叔父の志朗に何が起きたか分からないが、一刻も早く面会したい思いがあった。少々ぶらっきぼうなところもある志朗だが、里奈にとっては上京後の親代わりといっても過言ではなく、母よりも親身になってくれた優しい叔父だった。  その叔父が逮捕など、何かに巻き込まれたのではないか。 「弁護士の時東です。真山里奈さんですね? ご連絡についてはお母さまから伺っております」  弁護士は里奈から電話が入るこ

【小説】ペデストリアンデッキの舞姫と焼けた靴 9

第三章 (3)  リョウは里奈の動きが完全に静止したのを見て、肩を掴んだ手を離した。 「なんで……?」  里奈はそれ以上言葉が続かなかった。脳内で眼前の男がつい数日前まで自宅に居候してた整体師であるとリンクしない。リョウの顔をした別人ではないかとさえ考えた。 「やめとけ」  リョウは低い声でもう一度言った。 「なんで、ここにいるの?」  里奈の質問にリョウは家のほうに視線をずらすと、場所を変えようと目で促した。 「あの家の奴らにあんたは関わるな」  さきほど

【小説】ペデストリアンデッキの舞姫と焼けた靴 10

第四章  ユキは大学を辞めた。  ガールズバーは馬渡に殴られた傷の治療で入院している間に、無断欠勤でクビになっていた。  だからそのまま地元に戻り、父の言いなりになって家業を手伝うことにした。  もう、何もかもがどうでも良かった。母が居ない今、わざわざ東京にいる必要も、馬渡みたいなおじさんに媚を売る必要もない。  駒場が心配をして何度か帰省ついでにユキのところへ来たが、ユキにはただこう返すことしか出来なかった。 「駒場サンのこと巻き込んでゴメン」  サユがいつか言った

【小説】ペデストリアンデッキの舞姫と焼けた靴 11

第五章 (1)  里奈は上司に「看病の必要が無くなったので、明日から出社したい」と申し出た。  正直働く気持ちにはなれないが、働かなければ生きていけない。ましてや夫の裕貴はあんな状況でしばらくは入院することとなるだろう。  自宅は連帯債務でローンを組んでいたし、自分が働かなければ……という義務感だけで、里奈は無理やり重い腰を上げた。  翌朝、里奈は朝のミーティングの前に部長のもとへ行くと、部長は首でくいっとミーティングルームを示し、場所を移すことを促した。  ミーティン

【小説】ペデストリアンデッキの舞姫と焼けた靴 12(最終話)

第五章 (2)  一睡も出来なかった里奈は、身支度をして出社した。睡眠不足をやり過ごすためエナジードリンクを飲み干しさらにはカフェインを摂取して、朝のミーティングに出た。その後、智哉に声をかけた。 「結城くん、ちょっと……」 「おはようございます。なんですか? お客さんでも紹介してくれるんですか?」  智哉はいつものテンションで里奈に接してきた。たまたま空室となっていた応接に入るとストレートに訊ねた。 「あなた〝舞姫〟なの?」  里奈のその言葉に、結城智哉は一瞬今ま