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【小説】ペデストリアンデッキの舞姫と焼けた靴 6

第二章 (3)


「いやぁユキちゃんが駅で踊ってるなんてさ、最初見かけたとき度肝を抜かれたよ」

 常連のオギタが体調不良から復活し、店にきた。
 ユキはこのところ毎日ペデストリアンデッキで踊ってから店に出勤していた。踊りは毎回人を集め、拍手をもらっていた。数年前の母のCMを真似していることはいつの間にか知れ渡り、ハッシュタグつきで拡散され始めた。CMを知らない世代は新鮮さで面白がりネタとした。CMを知る世代からは懐かしいといったコメントもあれば、否定的なコメントもあったが、同じく話題になっていることは間違いなかった。
 
 一度、あまりに人が集まりすぎてしまい警察が来て止められたことがあった。ユキは警察沙汰になることを望んではいないので、その警告に従いあっさりと立ち去った。群衆は残念そうだったが、ユキは人目をさらえればそれで良かった。
 白いドレスは同じものを3着買った。毎日そのドレスで踊り、ドレスのまま出勤する。その〝ルーティン〟に先輩キャストのサユは不思議がったが、ユキの目的は話題になり馬渡がこの店に来ることなので誰がどう思おうがどうでも良かった。

「それにしても、よく似合ってる。でもさ、駅で踊るのもう止めた方がいいかもよ」

 オギタは言った。唇の端が片方だけほんの少し上がった不均等な表情の作り方で、言葉とは裏腹にユキに対する嘲笑が見てとれた。

「なんで? みんな喜んでくれてるのに」
「いや、ユキちゃんの世代は知らないだろうけどさ……」

 そう言うとオギタは煙草に火をつけた。その後もったいぶるように煙をくゆらせた。
 ああ、オギタさんも一緒か。自分より年下とか〝下に見ている〟対象にはマウントとりたがる人種か。ユキは内心そう思いながら、次の言葉を発しかけたオギタを遮ると早口で返した。

「CM出てた女優さんて、なんていうか一時すごいバッシング受けてたんですよね。この前たまたまネット検索して知りました。むしろオギタさん、ハッシュタグつけて踊ってる動画拡散してくれません?」

 捲し立てたユキの言葉にオギタは身を乗り出した。

「え。拡散するの? なんで??」

 ユキの代わりにサユが口を開いた。

「え、ユキちゃん。ちょっとわかんないんだけど、なんのためにそんなことするの?」
「別に。意味はないです。目立ちたいんです。ただそれだけ」

 オギタとサユが顔を見合わせた。ユキは真顔で、さぁさぁとオギタに促した。今日ペデストリアンデッキで、オギタが携帯を自分に向けていたのを分かっていた。

「まぁいいけど……。ネットって怖いから結構気を付けたほうがいいよ」

 渋々とした表情でオギタはいくつかあるらしいアカウントのひとつでユキの動画をアップしはじめた。

「ありがとうございます! でも考えてみたら……面白いですよね。みんなただ、その女優さんのマネしてるだけの踊りを面白がって見てるなんて。こういうのが、〝消費される〟ってことですかね」

 オギタは返事をしないかわりにサユに〝お会計して〟と合図した。


 5日後。ユキの捨て身の行動は想定より早く実を結ぶこととなった。馬渡がユキに興味を持ったのだ。

 ユキは馬渡の存在を知っていたが、当人とは接触したことがない。馬渡がユキに辿り着いたことを教えてくれたのは駒場だった。
 駒場とは例の一件以来、時折スマホで近況報告のやり取りはするものの駒場の通うキャンパスで頻繁に会うようなことは無くなっていた。その駒場がとにもかくにもこの事を伝えたいニュアンスで電話してきた。

「馬渡が突然『ペデストリアンデッキで踊ってる女のこと知ってるか?』って聞いてきたんだ。ユキ、おまえだろ」

 馬渡から聞かれた駒場は質問に「ああ」とか「へぇ」とか気のない返事をした。駒場自身がこの展開を驚いたためである。しかしそのことがかえって馬渡を饒舌にさせた。

――馬渡は以前よりペデストリアンデッキに一定の時刻に出来る人だかりを疎ましく思ってた。ある日たまたま覗きみたら、白いドレスをきた頭の悪そうな女が踊っているのを周りの男たちが面白がって見ている。ただ、そのドレスをきた女が踊るダンスがどうも一昔前に流行ったものと酷似している。若い奴らの考えることは分からんが、駒場おまえなにか知ってるか?

「だから『ああ、そういや友人から聞いたことありますね』ってニュアンスで話したのさ。すぐ近くのガールズバーで働いているらしいっすよ?って」

 ユキは電話を持つ手が震えるのを自覚した。あれほどスマホを凝視して手がかりを探し続けたマワタリシロウに迫ったことにも震えたが、駒場が自分のために動いてくれたことにも震えた。

「馬渡は相変わらず興味なさげな反応してたけど、近々いくかもしれないよ」

 ユキは駒場に礼をいうと電話を終えた。電話を切るとき再び手が震えてきてアイコンを押せないまま数秒が過ぎた。


「あ、ワタリさん! こんばんは」

 常連となった馬渡が店へきた。馬渡は店では〝ワタリさん〟で通していた。

「〝こういう店〟はあまり好きじゃないんだ。けど、ここは酒の種類が多いからな」

 馬渡は、毎度その一言を添えてくる。だが言葉と裏腹にユキに興味津々なのは明白だった。

 ユキは馬渡が2回目にペデストリアンデッキに来たタイミングで、それとなくハンカチを渡した。〝ハンカチ〟は母を有名にした演出で、時々聴衆へのサービスで行っていた。
 いつもは白い無地のハンカチを利用していたが、 馬渡にはあえてガールズバーの店名入りのものにした。
 このようなことで馬渡が店に来てくれるかは不明だが、やらないよりはやってみる価値があるだろうとユキは考えた。そしてそれは想像よりも早く身を結び、馬渡は数日後初来店したのである。一度店に来てからはちょくちょく顔を出すようになった。

 ユキは馬渡が店に来るようになってから、ペデストリアンデッキで踊るのを止めた。馬渡が「やめたら?」と言ったからだ。オギタに言われてもやめなかったことをあっさりやめることで、ユキは馬渡に特別感を与えた。
 馬渡は〝自分の忠告に従った〟相手を無下にはしないタイプだった。

「ユキちゃん、焼き鳥とか好き? 今度、連れてってやろうか」

 ある日、ユキは馬渡に食事に誘われた。ガールズバーは、同伴出勤をしても特にバックはない。だが、客をひきつけるために先輩キャストたちは、懇意にしている常連客の誘いに乗ることがあった。

 ユキも先輩にならい馬渡と連絡先を交換し、時折食事に行くようになった。もっとも、サユだけはそんなユキの行動をあまりよく思っていないようだった。

「どうして、ユキちゃんは踊るのやめたの?」
「ワタリさんから止めるよう言われたからです」
「だって、誰に言われたって止めなかったじゃない」
「まぁそれは、そうですけどね」
「食事まで行っちゃって」

 馬渡は店をよく知っていた。そのどれもが肩肘張らずいけるような店だった。モツなどが美味しい店で、客でごった返した店内で店員が忙しなく働くような店だ。出てくるつまみはどれも旨かった。てっきり高級店に連れてかれるのかと思いこんでいたユキは意外に思った。

「ダメですか」
「ダメじゃないけど、行くのがもつ焼きとかでしょ。まぁここガールズバーだからそもそも同伴にルールとかないけど、普通は匂いがついたりする焼きモノとかのお店にはあんまり行かないよね。ワタリさん、あまり遊びなれてない人だと思う」

 まぁ確かにそうかもしれない。けれど、ユキにとっては目的がそもそも馬渡の母への執拗なバッシングをやめさせ、母に幸せに生きてもらう事なので、サユのアドバイスはまるで響かなかった。

「あまり〝ハマらない〟ほうがいいよ。私たちってさ、シャンパンの泡みたいなものだから」

 サユはそう言った。ユキには意味が分からなかったが、にこりと笑ってお礼を返した。


「こういうのもたまにはいいだろ」

 あくる日もユキは馬渡の誘いにのった。その日は、もんじゃ焼きだった。確かに見事に匂いのつく食事ばかりだな、とユキは内心思いながら頷いた。でも決して嫌な気持ちはしなかった。それどころか、まるで父親と来ているような錯覚を覚えた。もっとも、ユキは実際には父親と酌み交わしたことはない。あくまでイメージの中の親子の酒だ。
 その一方でこいつは母を陥れたやつなのだ、という腹の底に渦巻く獣もしっかり認識していた。

 そのアンバランスな違和感から、ユキの脳内にはたびたび、この馬渡という男は本当にあんな支離滅裂な罵詈雑言をネット上では投げかけるのだろうかという考えが湧き出るようになった。
 駒場がなかなかその話に迫れないのも無理はないと思った。基本的に馬渡という男は人としての配慮や気づかいもある〝まともな〟人物に思えた。

 たまたま、ペデストリアンデッキで踊っていたことに話題が向いたとき、ついにユキは訊ねた。

「どうしてワタリさんはその女優さんが嫌いなんですか」

 馬渡はしばし黙った。なにかを思案するように目を動かしたが、その後こう呟いた。

「別に、嫌いとかじゃねぇよ。ただ、ああいうの見てるとイラっとしない? 頭の弱い女って感じで」
「そうですか? 綺麗な女性ひとだと思う」

 ユキは正直な感想を呟いた。実際、ユキにとっての母のイメージは〝綺麗なひと〟というものだった。

「綺麗な女なんていくらでもいるだろ。馬鹿だと思うぞ。売れ始めた頃にあんなおっさんと不倫なんてさ。で、引退して嫁いだのにそこでも失敗するなんてさ」

 馬渡は苦いものでも食べたような表情を見せた。それをユキは、母が好きだったから面白くなかったのだろうと解釈した。

「そうなんですか! ワタリさん詳しいんですね。もしかして本当はファンなんじゃないですか」

 ユキは冗談めかしてそう訊ねた。
 馬渡はその言葉を即座に否定した。

「勘弁しろよ。そんなわけないだろ。あんまり言いたくないけど、あの女優さんとは昔、仕事で絡みがあっただけだよ」

 もんじゃをつつきながら、馬渡は事もなげに言った。
 仕事で絡み? 初耳の情報にユキの心臓は脈を早めた。それまでの強気は消え、馬渡の言葉の確認を始めた。

「……仕事って、ワタリさん教育関係の仕事じゃないんですか?」
「うん、まぁ、そう。ただね、たまに便利屋みたいなことしてんの。副業」
「へー便利屋……」

 〝便利屋〟具体的な仕事内容に触れないところがいかにも怪しい。そう思いながら、突如出現した情報に動揺して、ユキは追及の言葉を繋げなかった。


 帰宅してからユキは考えた。仮に馬渡の言う通り母と仕事の絡みがあったとして、そして〝便利屋〟として何かを依頼され行動していたとして、何故ネットにあのような罵詈雑言を載せる必要がある?
 よほど母もしくは母のプロダクションから嫌な思いをさせられた腹いせ? ……そこまで考えてユキにはある考えが浮かんだ。
 ひょっとして、母とライバル関係にある女優や芸能人からの依頼を受けているとか? 

 いずれにしてもあまりに情報が足りない。次の同伴の際、ユキは思い切って馬渡を揺さぶることにした。

「実は、友達がネットで誹謗中傷を浴びて困っているんです。ワタリさんなにか良い方法、知らないですか?」

 ユキは膝の上で手を握った。緊張で汗をかいている気がする。馬渡がどんな反応するかによって、次の言葉を考えていた。
 すると馬渡はこともなげに言った。

「消してもらえばいいじゃん」

 ユキは表情が固まるのを自覚した。コイツは何を言ってるんだ。

「消すって...…そんな簡単に出来るんですか?」
「出来るよ。そういう仕事があるくらいだよ」
「でも、デジタルタトゥーとか言うじゃないですか」
「まぁ完全には消せないときもあるよ。でも上位に表示させないようにするとか、多少テクニックはあるんだよ。...…ただ、まぁ」

 そこまで言うと、馬渡は鼻で笑った。

「お友達がどんな被害かわかんねーけど、あんなの気にするほうが馬鹿だな。ほっとけばいいんだよ。そういうの気にする奴って時間を有効活用出来てないよな。世の中、自分に良いこと言う奴ばかりじゃないんだから、自分が悪いことしてないなら堂々としてればいいんだよ」

 吐き出すように言い終えた馬渡は、胃にビールを流し込んだ。ユキの内心と反比例するかのように機嫌が良くなった。

 ユキはすみません、ちょっと...…。というと席を外してお手洗いに立った。吐きそうだった。それに加え、脳内が騒がしく蚊が飛ぶような不快感も覚えた。
 気にしなければいい?
 何を言っている?
 自分は散々あんな罵詈雑言を浴びせておきながら気にするだけ時間の無駄といいたげなその態度に、ユキのはらわたは煮えくり返った。
 そして、少しでもまともな人のように感じていた自分を恥じた。
 自らの行いを棚にあげ、被害者側に責任転嫁するような物言いは、まさに〝HORSE〟そのものだ。自分は何を勘違いしていたのだろう。

 同伴出勤後、ユキはひたすらに復讐の手段を考えながら接客にあたった。こんな仲良しごっこをいつまでもしていても仕方がない。なにか核心に迫り、相手に行動を止めさせる手だてを考えなければならない。

――消してもらえばいい
――たまに便利屋をしている

 怒りにうち震えていたことが、却ってユキの頭をクリアにした。その二つの条件はユキの中で合わさり、ひとつの結論を出した。


 だが、ユキがその結論に裏付けを求め行動しようとしたタイミングから、察したかのように馬渡は来店しなくなった。
 ユキは体調不良かもしれないと思い駒場に連絡したが、馬渡は通常通り塾での勤務をしているという。

「ワタリさん〝離れちゃった〟ね。ユキちゃん連絡してみた?」
「そうですねー……どうしたんでしょうね。飽きられちゃったかな」

 もちろん、サユにそう言われる前からユキは馬渡に連絡をしていた。しかし教えてもらっていた連絡先は不通となり、トークアプリからは「退出」となっていた。おそらくだがブロックされているようだった。
 また駒場へ連絡をした。馬渡の自宅住所を知らないかと訊ねた。駒場からの返信は「人事情報はさすがにバイトにはタッチ出来ない。馬渡の事はおろか、他の従業員すら分からないよ」というものだった。

 ユキは次第に焦燥感を募らせた。ここまで来てすんでのところで、取り逃がしたのか? ダラダラとしていたからだ、という忸怩たる思いが、より自分を追い詰めた。

 翌日、ガールズバーを突然休んだユキは馬渡が勤める学習塾の前で待つことにした。ここまできたら、この手しか思いつかなかった。
 ところが馬渡はこの日に限って姿を見せなかった。馬渡が通常ガールズバーに来店する時間を2~3時間過ぎ、ユキは半分諦めかけた。〝HORSE〟のアカウントにも今日はなにも呟きが入らない。

――もしかしたら、裏口があってそこから帰ったかもしれない。

 ユキは学習塾がある表通りから離れ裏に廻ってみようと考えた。人気ひとけのないその路地に入り、塾の裏口がどのあたりになるかマップで見ながらうろうろとした。それらしきものはない。雑居ビルだから、やはり出入りできるのは表通りの入口だけだろうか。
 ユキはいよいよ諦めて帰宅することにした。

 踵を返そうとしたそのとき、人影を感じたのでユキは避けようとした。その刹那に頬に衝撃を感じた。身体が吹っ飛ばされ、続いて落下の打撃とともに饐えたにおいを感じ、近くのゴミ置き場に殴り飛ばされた事が分かった。

 ユキを殴ったのは、馬渡だった。

「よぉ」

 倒れ込んだまま起き上がれないユキを馬渡は見下ろした。

「おまえ、馬鹿だな。俺知ってんだぜ、おまえの正体」

 ぐいっと胸ぐらを掴まれた。ユキは慌てて回避しようとしたが、上に覆い被さる馬渡から逃れる事はできなかった。

「ふざけてるよな、ずっと騙してたんだろ。このこと・・・・店の奴らとか、店長は知っているのか?」

 ユキは黙ったまま目を逸らした。

「知らねぇのか? さすがに店長は知ってるのか? こっちはおまえのせいで散々だったんだぞ。おまえと食事に行ってたのが浮気だとか嫁から言われるしよー。まぁそれはいいけど、その挙げ句おまえの正体がまさかなぁ? ……店長も同罪だぞ、すぐにネットに書いてやる」
「なんで..…?」
「しかもおまえユミコの子なんだろ? とことん騙しやがって」

 振り上げられた拳が再びユキの頬へと食らわされた。殴られながらユキは何故自分の正体がバレたのかとぼんやりと考えた。

「どうにか出来ると思ってたのか? あいつの悪口書いてるのなんて俺一人じゃないんだよ。馬鹿なところがそっくりだな?」 

 そう言って見下ろす馬渡の顔は、ぞくりとするほど普段と変わらない表情だった。ユキは状況に反して淡々と考え続けた。
 馬渡は母に恨みも何もない。恨みほどの関心もないまま〝素〟で母に対して罵詈雑言を浴びせているのだ、と。
 馬渡は再び拳を振り上げた。
 ……ああ、関心はないけど……
 ……いいサンドバッグではあるんだな……
 とユキは思いながら意識を失った。

 目を覚ました時、ユキは病院にいた。祖母が近くで付き添っており、実家に連絡がいったことを悟った。
 店はどうなったんだろう、駒場サンは? 疑問は心の中でぼんやりと湧き上がるが、全身の痛みが思考を阻んだ。
 数日の入院の間、ほぼ祖母がつきっきりで看病をしてくれた。父は一度も現れない。早くに母を失ったユキにとっては当たり前だったこの状況を久々に思い出し、次第に居心地の悪さを感じた。

 病院を抜け出そうとした企んだある日、祖母に代わり父が病院に訪れた。
 唐突に父はこう言った。

「馬渡と関わるのはやめろ。お母さんはもう居ない」

 病室が静まり返った。父が自分が行ってきたことを全て知っているんだという事実は、ユキに羞恥心とともに、怒りにも似た感情を引き起こした。

「……知ってるんだよ……。お母さんは、まだ生きてるって」

 ユキの絞り出すように返した言葉に父はしばらく黙った。黙ったが、その表情は言い表しようのない怒りと哀しみのような感情が見て取れた。ユキは初めて見る父の表情に言葉を失った。

 父はしばらくして、こう言った。

「……お母さんは本当に死んだんだ」
「そう思えってこと? なんで? 事故があったからって、死んだことにするなんてひどすぎる」
「違う。本当に死んだんだ。渋谷駅で遺体で見つかった」

 死んだ?
 遺体?
 お父さんは何を言っている?

 ユキは声を上げた。悲鳴とも慟哭ともとれるその声は病室の外まで響き渡った。すぐに看護師がかけつけた。ユキはその手を振りほどいて病室を出ようとしたが、看護師とほか数名のスタッフによって押さえられた。
 泣き続けるユキを見下ろしながら、父は言った。

「おまえは、大学を辞めてこっちへ戻れ」


つづく

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