見出し画像

日没のリインバース 第一話 「ブラックホーク・ダウン」(創作大賞2024ファンタジー小説部門)

<あらすじ>

「これは俺が転生するまでの物語。彼女が死んで、俺が死ぬまでの物語だ」

第三次魔導大戦。
後世でそう呼ばれることになる戦いが始まろうとしていた。

魔法学者を目指す高校生の長月トバリは、
不満や疑問を抱えながらも平穏な日々を過ごしていたが、戦争は残酷にも彼の日常を巻き込んでいく。

突如として現れた”涅槃”を名乗る強大な力を持った存在。
その戦いで失踪したヒロインを追うトバリは自ら戦いの中へ身を置くことに。

長い年月の末に辿り着いた彼らとの接触が、
この世界の真実へと結びつき、大きな運命を巡って物語は進んでいく。

リインカーネーション × マルチバース
『リインバース』の世界で繰り広げられる魔法ファンタジーSF。

(297字)

プロローグ

 これは俺が『転生』するまでの物語だ。

 このストーリーを見ているお前は、きっと上位の世界にいるんだろう。俺たちの干渉できない次元にいるはずだ。なんのためにこの話を読む?聞いている?もしくは映像として体験している?それともゲームとしてプレイでもしているのか?

 わからない。なんのために俺が存在しているのか。上位概念であるお前たちの慰み者でしかないのか。劇場の道化でしかないのか。このストーリーは俺の意思なのか、それとも定められた運命だとでも言うのか。誰かの描いたシナリオなのか。

 だけど、逆に突きつけてやろう。安心し切って生きているお前たちの、その『現実』というのは、俺たちとは違うのか?お前は全て自分の意思で決めていると思っている。そうだろう?俺だってそうだった。だけど本当にそうなのか、立ち止まって考えてみてほしい。もしかしたら、その世界も……。

 実際のところ、こんなことはどうだっていいんだ。俺の運命が定まっていようが、捻じ曲げられようが知ったことじゃない。改変されようが知るための手段もない。世界が5分前につくられたものだとしても、記憶が植え付けられたものであったとしても、詰まるところ今をただ生きるしかない。 

 神はこの宇宙を創造しただけで満足した。俺はそう解釈している。俺たちは神に見捨てられ、彷徨うだけの存在。だから神に救いは求めない。物語は俺自身が創りだす。神の意識に背いてでも。

 俺はお前たちよりも自由だ。どんな世界にだっていける。だから、怖くはない。いくらでも輪廻を生きてやる。生き抜いてやるさ。俺の意思で。

 これは、俺が『転生』するまでの物語。
 彼女が死んで、俺が死ぬまでの物語だ。


第一話 ブラックホーク・ダウン


 周囲に広がっていた赤い魔素が構えられた指先へと集まり、ゆらりと蜃気楼のように空気が歪む。

焔の弾丸ブレイズショット!」

 声と同時に放たれた炎は、俺を串刺しにしようと真っ直ぐに向かってくる。とはいえ軌道も単純で溜めの時間もあるので、相手の予備動作や魔力の揺れを観察していれば躱すのはそう難しくない。チッと舌打ちする音が聞こえる距離まで詰め、あらかじめ掌に込めておいた魔力を解き放ち、視界を奪う影を相手の全身に貼り付ける。

目眩の暗闇ブラインド

 言ってしまえば単なる目眩しだ。攻撃だと思って一歩退いた相手の動揺が、明らかな魔素の揺らぎとして感じられる。昼間の戦闘では闇の魔素が満足に使えない。そのため闇魔法はほとんど使い物にならない、そう言われている。確かにこの簡易的な魔法の効力はわずか3秒ほどだ。しかし戦闘時の3秒は致命的にもなる。

 クソ!クソ!と吐き捨てながら放たれる無数の炎輪を無視して後ろに回り込み、魔力を集めて放つ。感情が分かりやすい人間は容易に行動が読める。それは命取りだ。迷うことなくトドメを刺す。得意ではないがこの場では一番使いやすい風魔法で良いだろう。そう格好つけていたはいいものの、放たれた炎輪の1つがたまたま俺の方に飛んできて……。

「そこまで!」

 教官の声と共に試合は終了した。俺の負けだ。まだ戦えるんだが……致し方ない。

「クソ!まぐれじゃねえか」

 そんな罵声を無視して息を整えながら歩き、フィールドに一礼をした。整備係の生徒に場所を譲って立ち去ろうとすると、後ろから言葉を投げつけられる。

「覚えとけよ」

 赤髪ロン毛のその男は、魔力干渉を抑えもせずに、周囲の魔素を激しく揺さぶりながら早足で歩き去っていった。勝ったのはお前なのになんで悪態をつかれなきゃならない。そう不満に思いつつも、勝ち負けに特段の執着を持たない俺は、やれやれと嘆息を漏らし、興味深そうな試合を探して歩き始める。それにしても、アイツは模擬戦闘にしては殺意がこもりすぎだ。危うく死ぬとこだったんじゃなかろうか。

 とにかくだ。もうすぐこの学期末の模擬戦式テストが終わるのは素直に喜ばしい。夏休みが来れば好きなだけ勉強ができるのだ。こんなご時世でなければ学生の本分は勉学であったに違いない。

 そんないつもの愚痴を頭の中でこねくり回していると、おつかれー!と聞き馴染みの深い声が後ろから聞こえてくる。振り返れば一人の女子生徒がサクラ色のショートヘアと、右手をブンブンと忙しなく振って走ってきた。

「お疲れ様っ!見てたよさっきの試合。あれは実質勝ちだよね〜残念」

 白地のシンプルな制服は夏服仕様のため半袖で、胸元にはワンポイントの紅一点とも呼べる赤いリボン。ひらりと揺れる膝丈ほどのスカートは灰色を下地にしたチェック柄で、短く白いソックスに黒い革靴。極めてオーソドックスな制服だが、その素材はどれも軍服のそれに近く、丈夫かつ動きを損なわない。

 彼女は周囲の魔素をパッと輝かせつつ、人懐っこい子犬を彷彿とさせる、屈託のない笑顔で走ってくる。表情という、今となっては無駄な機能をフル活用しているのは、ある種エネルギーの無駄だと感じない事はない。しかし、ドキリとしてしまう自分がいるのも事実だ。そんなことを悟られないように魔素揺らぎをコントロールして返事をする。

「あいつは単純すぎるんだよ。あんな見え見えの攻撃なら当たるわけがない。最後のはちょっと油断したが……」

「あれは運が悪かったね〜。でもさ、トバリくんみたいに魔素の揺らぎを正確に見れる人って実はあんまりいないよ?」

 下の名前で呼ばれるのは相変わらず少しむず痒く感じつつ、ムスッとした声を作って返す。

「そんなこと言うが明光あけみつは余裕で俺に勝っただろ?」

「えへへ。まあそれはまた別の話だよ〜。私はトクベツだからね。というか、昔みたいにカンナちゃんって呼んで良いんだよ?」

 明光あけみつカンナはこの学校で最強の呼び声が高い。少なくとも生徒たちの中では、いや先生たちを勘定にいれたとしても、トップレベルだろう。その上、学業成績も優秀で社交的ときている。弱点を探すのが難しい稀有な人間だ。天は二物を与えずとはよく言えたものである。その圧倒的なまでの魔力量に加え、属性適正も汎用性の高い光と風に秀でているのだから俺のような落ちこぼれには立つ瀬がない。

「闇魔法は昼間の実戦じゃかなり使いづらいのにすごいよ。というより使ってる人トバリくん以外にいないんじゃないかな。あとは自信を持つだけで強くなれると思うけど」

 有能な彼女に評価されるのは嬉しいが、俺のことをあまりに過大評価はしている節は否めない。

「そんなことを言われても戦闘にはあまり興味がないんだ。隙を作って逃げられればいいと考えて編み出したのが目眩しってだけだよ。かっこ悪いだろ」

 明光はブンブンと大袈裟に頭を横に振って応える。

「生き残るのは大事なことだよ!大体みんな攻撃が防御みたいな判りやすい使い方ばっかりだもんね。さすが未来の魔法学者さま!」

 魔法学者か……そんなものになれると本気で思っているのは明光だけだよ、とは言えない。こんな世の中で、こんな時代に生まれて、こんな境遇で、学者を目指すことそれ自体が許されない。

「来年は徴兵の年だし、そんなこと今は考えられないよ」

 それは言い訳の一側面過ぎないのだが、分かりやすい理由だ。彼女を包む魔素の揺らぎが明らかに小さくなり、表情に陰りが差す。感情が分かりやすいのも彼女の魅力だ。世界が戦争の空気に染まってきている中で魔法学者を目指す。そんなこと馬鹿にされて当然なのだが、彼女だけは理解してくれている。そんな俺の感情に呼応した魔力が干渉して揺らぐ魔素たちを必死で宥めながら話を続けた。

「戦いなんていったいなんの意味があるんだろうな。俺はただそんなことより沢山の本を読んで、沢山の魔法を知って、この世界の真理みたいなものに触れたいだけなのに。なんで巻き込まれなくちゃいけないんだろう」

 こんな話をできるのは明光だけだからだろうか、つい考えていることをそのまま吐きだしてしまう。

「仕方ない……よね。世界はいろんな思惑が絡まり合ってるから。同盟国が参戦してるし、私たちも遅かれ早かれ戦う事になる。もしかしたらすぐにでも……」

 第三次魔導大戦。後世ではおそらくそう呼ばれるであろう戦いが、遥か西方エウロパの国々で始まっていた。俺たちの国ルナンは10年ほど前に世界統一政府の不条理な差別に耐えかねて孤立している。

 その後、他にも不満を募らせていた国々と同盟を結び、自分たちを『独立同盟』と呼んで統一政府と睨み合っていた。不平等な条約によって経済的に搾取されていたのだから、独立する事自体は理解できる。しかし、国力を余計にすり減らす戦争なんて本末転倒だろう。ましてや統一政府の軍事力は計り知れないのだから。

 軽い沈黙に身を浸しながら頭はそんなロジックを延々と紡ぎ出している。

 すると、わぁあ!と、歓声が上がり現実に引き戻された。どちらともなく目の前で繰り広げられる試合へと注意がいく。かなりの盛り上がりを見せているのは、後輩や一部の男子に熱狂的な人気がある女子生徒が戦っているからだろう。

土の槍アースランス!」

 声を張り上げた小太りな男子生徒は細長い土の塊を次々と地面から突き出していく。模擬戦のため先端は丸くしてあるが、直撃すればひとたまりもないだろう。それに相対する女子生徒は高い運動能力でそれらを避けつつ、突き出された一本を掴むと車輪の要領で回転し、足先から美麗な水の鞭を振り回した。

流水の鞭ウォーターウィップ

青い艶のあるポニーテールとキラキラと光の粒を反射する水の鞭が確かな実力と、なにか品位のようなものを感じさせる。遠心力を利用したその攻撃は土の槍たちを薙ぎ倒し、ぽっちゃりした腹に直撃した。

 ぐふぅと悲痛な声を漏らし腹を押さえてうずくまる男子生徒。周りのざわめきを制するように、そこまで!と教官が声を張り上げて試合が終了した。少し乱れた前髪をかきあげた水無月みなづきルリはふんっと見下すように男を一瞥しフィールドを出る。クールだ……と感嘆する男子生徒たちには目もくれず、鋭い目線を刺すようにカンナに向けて言い放った。

「次はアンタにも勝つから」

 冷たく鋭い声音と、怒りにも似た魔素の揺れがかなりの圧を放っており、隣にいる俺の方が思わずすくんでしまう。しかし明光は全く動じることもなく笑顔で言葉を交わした。

「さっきの凄かったね!でも私も負けないから!」

 暖簾に腕押しとはまさにこのことだろう。水無月はその空気を切り捨てるようにサッと勢いよく振り返って去っていった。

「ルリちゃんカッコよかったね!足からウォーターウィップを出すなんて私じゃイメージできなかったよ!」

 おそらく明光に負けたから新しく編み出したんだろうが、それは言わないでおこう。とはいえ実に興味深い。つい言葉が溢れてしまう。

「魔法はイメージの力だからな。工夫次第で自由度がかなり高いのも本当に興味深い。魔素の性質もまだまだわかっていないことばかりだし、魔法が発現する原理すら曖昧だ。俺たちの身体器官だって不思議なことばかりだし何より……」

 魔素揺らぎ同士がぶつかった感覚を感じて明光に顔を向けると、ニタニタと笑っている。気づかぬ間に揺らぎが大きくなってしまったようだ。

「な、なにが可笑しいんだ?」

 恥ずかしさを隠しきれずそう問いかけると彼女は笑みを崩さずに言う。

「別にー?やっぱりトバリくんは魔法学者が向いてるなって」

「そんなことより、次は明光の試合だろ」

 落ち着きを取り戻し言葉を返すと、彼女も少し引き締まった顔つきになる。

「そうだね!そろそろ行かなくちゃ。見ててくれる?」

「ああ。勉強させてもらうよ」

 彼女はニっと笑顔を残してフィールドへ歩いていった。

 ――

「今日こそ君には膝を折ってもらうよ」

 明光の相手は如月きさらぎレンだ。小綺麗に整ったブロンドの髪。長身で顔も良いためかなり目立つ。実家はかなりの資産家で育ちも良いらしい。醸し出す余裕と品位からはそれが確かに伝わってくる。常に余裕の笑みを湛え冷静な態度を崩さない。

 そんな彼が透き通る声を発すると周りの女子生徒からは歓声があがる。逆に周りの男子生徒の方はというと、基本的に冷ややかな目線を浴びせている。俺も例外ではない。正直に言えば好きになれない。どこか胡散臭さがある。

「楽しみにしてるね!」

 そんなことを気にも止めず軽くストレッチをしながら、相変わらずの陽気さで明光カンナは応える。逆に男子たちはここぞとばかりに歓声を上げた。いろんな思いがこもっている。この日最後の試合であること。そして、二人とも誰もが認める実力者であること。王者決定戦と言うに相応しく、両者ともこれまでの模擬戦の戦績は全勝。非常に興味深い戦いになりそうだ。

「はじめ!」

 教官の合図と共に二人は迅速に行動を開始する。如月は指先に膨大な魔力を集めながらくるくると回転させ、先手必勝とばかりにいきなり大規模な魔法を放つ。試合前から指先にかなりの魔力を集めていたようだ。魔法陣もなしに良くもまあ、あんな芸当ができるものだと素直に感心する。実力は本物だ。

風神の竜巻ウェンティツイスター!」

 フィールドを覆い尽くしそうなほど巨大な竜巻が文字通り空を裂き、轟音と共に天から現れる。模擬戦にしては明らかにやりすぎである。かなりの魔力を消費しているはずだが如月は余裕の表情を崩さない。確かに先手でこれを撃たれたら普通なら終わりだ。俺にはどうしようもできないだろう。だが明光なら……。

「私も!風神の竜巻ウェンティツイスター!」

 巨大な渦巻く風の向こうから声が聞こえたと同時に、如月が呼び出したのと同規模の竜巻が現れる。ぶつかり合ったそれら強大な2つは接触すると同時に消失した。なるほど、同規模の逆回転をぶつけたわけだ。それにしても対応が早すぎる。想定していたとしか思えない。

「ま、まさかそこまでの事ができるとはね」

 流石の如月も少し焦った様子で次の魔法を準備し始めるが、魔素の揺らぎは隠しきれていない。その一手で詰ませるつもりで、全力の一発を放ったのだろうが、相手が悪すぎた。すでに後手に回ってしまっているのは明らかだ。

 消えた竜巻の起こした砂煙から光の矢が飛び出してくる。明光は既に走って距離を詰めていたのだ。指先から眩い光の矢が何本も放たれ、如月は弾道を予測したのか、それらをなんとか回避しつつ、次の魔法を放とうと構える。

切り裂くかウィンドカッ……ぐふ」

 その刹那、如月は光球をまともに食らって倒れる。発せられた呻きと、驚きに目を見張る顔は普段の余裕な表情とのギャップがひどい。何が起こったのか。周りの目から見れば明らかだったが、本人には何が起きたのか全くわかっていないようだ。当然と言えば当然だろう。発射される弾道を予測させるために指先へと視線を誘導し、わざと光量を上げた眩い矢で目をくらましていたのだから気づくはずもない。

 明光は足先に集めた魔力から光球を作り出して、それを蹴るようにして彼にぶつけたのだ。さっきの水無月の試合からインスピレーションを得たのであろうが、それをすぐに実戦で使いこなせてしまうのだから恐ろしい。圧倒的なセンスだ。

「名付けるならライトニングシュートって感じかな!初めてにしては上出来?」

 観客のほとんど全員がポカンとしているのとは対照的に、明光は新しい玩具を見つけた子供のように、はしゃいでいる。

「そこまで!」

 最注目の一戦はものの数十秒足らずで呆気ない幕引きとなった。強すぎるなやはり。

続きはこちらから

第二話 ファストアンドフューリアス

第三話 三人の怒れる男たち

第四話 赤と黒

第五話 プラクティカル・マジック

第六話 ウェイ・オブ・ウォーター

第七話 ライフイズビューティフル

第八話 ベイ・マックス

第九話 風と共に去りぬ


第十話 日蝕か、月蝕か


第十一話 戦場のピアニスト


第十二話 天国へ届く樹は地獄まで根を張る


第十三話 昏きは沈み、燈は天を揺蕩う

第十四話 プライベート・ライアン


第十五話 ブラッドダイヤモンド


第十六話 ザ・ギルティ


第十七話 1917


第十八話 邂逅


第十九話 リインカーネーション × マルチバース


第二十話 試練の時


第二十一話 戦いの時


第二十二話 生ける者と死せる者


第二十三話 永遠平和のために


第二十四話 とある魔法少女の独白


第二十五話 この世界の片隅で


最終話 日は没しても、月は出ずる


エピローグ

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?