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日没のリインバース 第十七話 「1917」

 正直に言おう。ロンギヌスなどと言うのは単なるハッタリだった。ただ形を模倣したに過ぎない。奴らの魔法無効に触れていれば一瞬でバレていたであろう。とはいえなんとか生き残ることができたのだから、賭けは勝ったと言えるのかもしれない。それにしても……道化師、ジョリージョーカーと言ったか……やつの言葉はあまりにも情報量が多く、処理しきれていないのが現状だ。

 あの接触の後、俺たちはすぐさま本部へと戻ったのだがかなり遅い時間になっており、多少のゴタゴタに繋がってしまった。後日、今ではこの地の最高司令官になっている親父に頼って一旦は幕を閉じ、その際、親父にだけはあるがままのことを報告した。涅槃がどのようなことを行なっているか、この世界の真相などという眉唾な話、魔法無効などの技術について。信じる信じないは別として、警戒する必要があることは、ルナン本土を襲撃された経験から親父も知っていた。そしてもう1つ告げなくてはならなかった重要な情報。それはシナンがもうすぐ攻勢に出てくることだ。道化師の言動だけでなく、嵐山を追跡しつつ行なった偵察の時にもはっきり感じていたことだった。相手の索敵範囲が広がっており、以前は遭遇しなかった場所でもシナン軍の兵士と接触することもしばしばあったのである。親父は一言、時が来たかと呟いた。その謁見ののち俺は一度現地へ帰還して命令を待つことになる。

 それから数日して、戦況も俺の運命も大きく変わることになった。

 ――

「お前たちの部隊に与える任務は司令部を守る役割だ。よもやここまで侵入されることはないだろうが、敵の前線が迫った際には撃退すべく大規模魔法での攻撃をしてもらう。わかったな?」

 最高司令官……親父の言葉に少しの戸惑いを覚える。これは親の情けとでも言うのだろうか。前線に送り出すのを今更ながら渋ったとしか思えず、複雑な心境になる。それほどまでに前線での戦闘は激化し始めているということだろう。俺たちが数日前までいた辺りはすでに火の海と化しているらしい。その上、シナンでの戦いに本土からの補給や支援は望めそうもないのが現状だった。本土はなぜかこのタイミングでリベリカ合衆国への奇襲を行い、戦線を新たに生み出してしまったようなのだ。それほどまでに物資の枯渇、およびアメリアからの経済制裁によって疲弊していたのは窺えるが、ここでさらに防衛線を拡大するのは悪手だと思えてならない。現にこのシナンで物資供給は滞っているし、それを見越したような敵の大攻勢が迫っている。さらに悪いことに、本土への撤退なども許されていない。どころかそもそも撤退するための資源もないのだ。もはや利益や独立の維持などと言っている場合ではなく、国家の存亡がかかっている。もうすでに独立同盟も機能していない。いかに不利な内容であろうとも講和条約を結ぶしかないのではないか、そんな局面だった。

「お言葉ですが閣下。我々はずっと前線で戦ってきました。ここで退いては親の同情によるものだ、などと閣下や我々も不名誉を背負うことになりかねません。それに我が隊は戦闘においてだけは優れた実績があり、前線も押し返すに足る戦力であると自負しております。ご再考を願えませんでしょうか」

 他の軍人たちも見ている前では礼儀を示さねばならない。だが、ここでは今一度、自分たちの覚悟を示す必要があると感じた。だからこそ異議を唱える。それに、俺たちが逸れ者であるため数こそ少ないが、前線の支部で世話になった人物も何人かは居るのだ。できるなら力になりたい。それは本心だったのだが……。

「貴様の意見は聞いていない。これは命令だ。待機しろ」

「承知しました」

 俺は敬礼をしてその場を後にする。そして隊員たちにも任務の内容を伝えた。と言ってもしばしの間、前線からの連絡を待って待機するというだけの内容なのだが。

「親心……とも言いきれはしないと思います。これは私個人の推測ですが、もしかすると司令官は、ここまで攻め込まれることを本気で憂慮しているのかもしれません。涅槃の動向も気になります。我々……と言っても隊長を狙っているのでしょうし、そばに置いておきたいのではないでしょうか」

「とにかく、お前たちは部屋で待機しろ。俺は司令部にて最新の戦況を探る」
 
 俺は司令部に戻り、戦況の報告を聞きながら考える。ここまで攻め込まれるということがあり得るだろうか。今までシナンは基本的に防戦一方だった。ルナンはいくつかの都市を占領し、首都も陥落させている。もちろんゲリラによる補給ルートの断絶や、首都機能の移動、連合国の支援などで粘り強い抵抗を続けられ、攻めあぐねているのが現状ではあるのだが、こちらが戦力的に優位なのは明白だった。

 その潮目が変わるとしたらやはり……涅槃の介入だろうか。もし俺たちの知る由もない魔導回路や魔法、もしくは涅槃の直接的な軍事支援などが行われたとしたら、更なる後退を余儀なくされる。いや、それどころか不利な講和条約を結んで敗戦国になる未来も見えてくるだろう。とはいえ、ここで仮に敵を退けたとしても、リベリカ合衆国との戦争も始まった今となっては何もかもがジリ貧で、八方塞がりだ。正直に言って、ルナンが勝利国として相手に譲歩を引き出させるチャンスは尽きたと言っても過言ではないように思う。ひとつだけ可能性があるとすれば……。俺に思いつくたったひとつの可能性。だが、それだけは取りたくない選択肢だ。たとえ敗戦するにしても。それに、俺がどうこうできる問題でもない。単なる小隊の隊長ごときが、国としての決断に口を挟む余地はない。
 
 頭の中で起こるたくさんの自問自答に意味はほとんどなかった。知っていても、考えていても、どうしようもない流れというものがある。この時代に生まれた宿命か。いや、どの時代であっても自分の選択で、自由に生きられるなんて言うのは限られた人間だけの特権だった。だから致し方ない。今できることを、生き残ることを考えるだけだ。もし戦争が終われば……そんな妄想は今するだけ無駄だろう。無駄だとわかっていても渦巻く思考は、煩わしいとともに、これこそが生きている証だとも思う。そんな哲学的思索の最中だった。緊急の伝令が入ったのは。

「敵軍の新たな兵器により死傷者多数!前線は崩壊した模様!現在、敵軍は本部へ向かって進行中。敗残した少数の自軍は撤退行動に入り、本部への合流を希望しています。如何されますか閣下!」

「敵軍の数と撤退中の自軍の数は?」

「敵軍は総数が約15万、撤退中の自軍は約1万です」

 そんなバカな。前線の都市には少なくとも3万人が常駐していたはずだ。それがこのわずかな時間でそこまで殲滅させられたのか?それに敵軍の数……今までにない規模の大攻勢に出ている。15万なんてほとんど防衛を捨てて全軍だぞ……?この都市のルナン全軍は6万。倍以上の数の敵軍だ。

「全軍に通達。可及的速やかに戦闘準備に入れ。魔導軍用機での空爆は味方を巻き込んでも構わん。速やかに実行せよ」

「は、はい!伝達いたします」

「伝達後、速やかに敵の新兵器についてわかっている事を報告せよ。具体的な作戦はそれから通達する」

「了解!」

 やむを得ない……のはわかっている。本部への合流を待てば敵軍の侵攻も間近へ迫ることになるのだから、親父の即時空爆というのは正しい判断だ。戦略的には。たとえ1万の味方の命を自分たちで奪うことになっても。頭ではわかる。だがあの一瞬でその決断をできる胆力は俺にはまだない。

「通達完了しました!」

 しばらくして伝令が戻ってくる。すかさず親父は問うた。

「それで、新兵器とはなんだ」
 
「新兵器についてですが、まずは巨大な空中戦艦とのこと。突如として出現し、今までにない大規模な炎魔法による攻撃が確認されています」

「空軍は何をしている?撃墜していないのか?」

「い、いえ……それが……その……」

「事実を端的にさっさと答えろ」

「はい!報告が確かであれば、ま、魔法が使えなかったとのことです。そのため、魔導軍用機は突如として動力を失い、ほとんどがそのまま撃墜。遠距離での魔法攻撃も全て機能せず、とのことでした。一方的な蹂躙だったと……」

 今まで即座に返事をしていた親父は初めて戸惑いを見せて沈黙した。周りも一斉に話し込む。それもそうだ。魔法が効かないとなれば、根本的にどうしようもない。それほどまでに現代戦は魔法に依存している。全てを。あの涅槃の連中が使っていたものと同じであれば、戦艦自体は魔法を使って動いているのだから、戦艦の周りを囲うように作用する魔法無力化空間があり、それをスイッチか何かで切り替えているのかもしれない。基本的には作動しておき、敵の隙をついた攻撃時にはオフにしているのだと推測される。奴らと同じように。

「い、如何いたしますか」

「その情報が確かだとすれば、かなり厄介な状況だ。現状で魔法以外の攻撃手段は我が軍にない……が、長月中尉は似たような敵と遭遇したそうだな。何か策はあるか?」

 司令部がざわついた。当然だ。中尉ごときを指名するなどあり得ないことでもあるし、それが実の息子ともなれば周りから見ていい気はしないだろう。その要素に加えてもうひとつ、実際にその敵と遭遇しているという事実が、隠し難い驚きを司令部に集まる人間へともたらしていた。異論を差し挟もうとする面々を親父は制して、俺の話を促す。

「策……ではないのですが、敵軍の魔法無効化にも隙はあります。攻撃する瞬間には解除せざるを得ないからです。その隙さえ突くことができれば、攻撃は不可能ではありません」

「それは確かなのかね?まず遭遇した敵とはシナンの軍か?ならばなぜ情報が我々に来ていないのだ?貴様のような若造が抱えておいて良い案件ではないぞ?」

 年配の少将が咎めるように意見する。口調は親父の手前、一見して丁寧ではあるが、魔素の揺らぎや語調からかなり不機嫌な様子は容易に読み取れた。周りのほとんどが同じように感じているだろう。

「それは……」

 話そうとするところを遮って親父は続ける。

「私だけは知っていた。中尉に非はない。遭遇した敵とは涅槃ニッヴァーナと呼ばれる連中だ。奴らが今回の攻勢に一枚噛んでいるのはほぼ確実だろう。他に奴らと遭遇した者は居るか?情報は上がってきていないが……。それと、対抗策があるという者も発言を許可する」

 司令部はしんと静まり返り、重々しい空気が場を満たしている。誰もがまだ現状を飲み込めていないのだ。あまりにも不測の事態。前代未聞のピンチと言っていい。戦闘において魔法が通用しないのならば、基本的に打つ手はない。絶望的な状況。からくりが分かったとしてもそれに変わりはないのだ。その沈黙を破ったのはさらに悲痛な報告だった。

「緊急の伝令です。空爆部隊、第一陣が全滅したとのこと」

 その場にいる誰もが息を呑んだ。本当にまずい状況である実感が場を支配する。そこに伝令がもう一言、付け加える。

「ま、また、涅槃の使者と名乗る者が長月大将閣下への謁見を希望されています。そこには長月中尉も同行するようにと……」
 
 涅槃の使者……しかも俺までご指名とは。おそらくはあのジョリージョーカーとかいう道化師だろう。このタイミングでご登場とは、やはり奴らの狙いはこちら側への兵器の提供だろうか。ただし、何を対価にされるのか分かったものではない。とはいえ奴らに縋るしか打開策はないとも思える。上手いやり口だ。本当に……最悪だ。

「分かった。他の者は席を外せ。外し次第、使者を通すよう伝えろ」

 全員がさまざまな感情を抱えて、渋々といった様子で司令部から退出していく。魔素の大きな揺らぎを残して。
 


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