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日没のリインバース 第十四話 「プライベート・ライアン」

 カンナがいなくなってから5年が経った。戦争は激化して、俺も戦地へ赴いている。徴兵を受けてそのまま軍に居着いた流れだ。俺はカンナの足跡を探したかった。奴等……正体はほとんど不明だが涅槃ニッヴァーナと名乗る者たちの後を追って。

 だけど、噂は眉を顰めたくなるような陰謀論めいたものばかりだった。近現代の魔導回路革命において裏で糸を引いていただとか、魔導大戦自体も彼らの実験場だとか、人体を魔晶石に変えるため戦地で魔力の大きな人間を集めているだとか。

 それでも、あの日に浮かんだ数々の疑問をどうにか解き明かしたくて、少しでも足取りが掴めそうな軍に身を置いて、情報を集めている。火のないところに煙は立たない。仮面の男が持っていた兵器は何処の国のものとも違う圧倒的な性能だった。

 俺自身が釣り餌になってでも尻尾を掴んでやる。そう思い戦果を重ねてきたのだ。人を……たくさん殺してきた。あの日々は戻ってこないと知っていても、俺が生きる意味は今のところこれだけから。

 「長月中尉、少しお時間よろしいでしょうか」

 独りで夜空を眺めそんな思いに耽っていると、部下の一人が声をかけてくる。感情の読み取れない表情と魔素の揺らぎ。長い艶やかな銀髪は背中あたりまで伸びているものの、前髪はその碧い目にかかる辺りで切られている。軍服が様になっている凛とした印象だ。その女性、霜月リオコは分隊の副隊長を務めている。この隊で唯一まともに話が通じる相手であるが、美人なことと真面目で冷淡な性格も相まって、軍では規律を乱す存在として疎まれていたようだ。詳しくは聞いていないが色々あったらしい。

 今は昼間の偵察と見回りが終わり、夜の20時を回ったところで時間には多少余裕があった。無駄な報告をするようなタイプの人間ではないので話を聞く価値はあるだろうと判断する。

「どうした?敵に動きがあったか?」

「いえ。ですが気になる報告が……」

 シナンとの戦争は長期化している。最初こそ戦況はルナンが有利に進め、主要な都市を占領したまでは良かった。しかし現在は、敵軍のゲリラ的な奇襲による補給物資の断絶や、列強諸国による軍事支援を背景として戦線が硬直している。俺たちの部隊は最前線での任務であり、いわば捨て駒だ。特殊部隊に属するが、逸れ者の集まりとでも言おうか。全くもって扱いにくい隊員5名で構成されている。その隊長を仰せつかった俺も例外でなく扱いにくいと判断されたのは間違いないが。

「まさか、涅槃に関してか?」

「おそらくは……。先ほど嵐山隊員から、奇妙な人物と接触したとの報告がありました。餌に食いついたと考えていいかもしれません」

 嵐山ハヅキ。正直、苦手な隊員の筆頭だ。簡単に言えば理性的な話ができない。はたから見れば元気なスポーツ少女とでも呼べそうな出立ちだ。エメラルドグリーンの髪は短めに切られており、癖毛のため毛先は軽く跳ねている。考えなしに敵へと突撃していく上に、命令や規律を無視して暴走しがちだ。その性格は軍隊に全くもって不向きなのだが、その風魔法の腕だけは確かなためこの隊に配属された。

「嵐山の報告か……情報は確かなのか?」

「虚偽ではないと推測されますが、何せ彼女のことですので重要な情報は全く握れてはいません」

「まあ……仕方がないな。内容は?」

「不可思議な仮面を付けた人物から誘いを受けたそうです」

 話をまとめると、こういうことらしい。今日の作戦行動中、いつもの如く単独で勝手な行動をしていた彼女は、道化師の仮面を被った黒いローブの男と遭遇したようだ。接触したのがどの地点かすら判然としていない。曰く「なんか走ってたら変な奴いたんでー、ぶっ倒そうと思ったんですけど無理でした〜」とのこと。あやふやすぎるが、嵐山に無理だと言わせるほどの手練れであり、仮面と黒ローブというのは、あの時遭遇したアンダカと共通の特徴だ。少なくともシナンの兵士や民間人である可能性はないだろう。決定的なのは魔素の揺らぎを一切感知できなかったという報告だ。涅槃の1人である可能性は高い。ようやくだ。ようやく奴らの尻尾が掴めるかもしれない。

「それでその道化師から、どう誘われたと?」

「それが……」

 霜月は言いにくそうに一度大きくため息をついた後に付け加える。

「お茶でも行かないかとルナン語で言われたとのことでして……」

「お茶……?」

「つまり……異性交友の相手として外出を誘われた、ということでしょう」

 一体全体どういった話の流れなのか、よくわからない。誘いとは、茶屋へ一緒に行こうという誘いなのか。戦地の最前線でそんな会話が交わされるなど狂気の沙汰としか言いようがない。俺は多少の戸惑いを感じつつも話を促す。

「……それで?」

「丁重にお断りしたところ、また来ると言い残して姿を消したと」

「みすみす逃したのか」

「いえ、姿形が文字通り一瞬にして消えたと……」

 姿を消す魔法か何かか?突如としてルナンの都市部に現れた戦艦と同じものかもしれない。なんらかの魔導兵器の可能性も捨てきれないが、そのような技術は軍の情報網を持ってしても聞いた試しがないのだから、やはり。

「奴等と見て間違いはなさそうだな。ひとまずは任務を続けつつ、接触を待つ形か」

「そうですね。嵐山隊員に気づかれず尾行するような形が望ましいかもしれません」

 そして俺たちは当面の作戦を話し合った。嵐山は演技や駆け引きなどができるタイプではないため、好きに行動させつつ、察知されない形で尾行する。今の任務は偵察と見回りが主であるため、相性は悪くないだろう。接触した際はどんな手段を使ってでも身柄を取り押さえてみせる。

 ――

 明朝の6時、ブリーフィングを開始した。嵐山はいつも起きてこないのでこの際ちょうどいい。俺と霜月に加え、嵐山以外の2人にも作戦を伝える。1人は北条サツキ。長い茶髪を後ろは三つ編みにして、前髪はほとんど顔を覆っている。メガネをかけた女性の隊員だ。非常に無口で表情もないが、魔素の揺れでなんとなく考えは読める。そしてもう1人。こいつはもはや腐れ縁だが、最も扱いにくい人材だ。赤い髪は相変わらず長く伸ばしており、常に殺気だった目をして周囲を睨みつけている。

「普段はお前らの自由行動を暗黙しているが、今回ばかりは協力して事に当たりたい」

「くそダリいな。なんでだよ」

「その態度と言動、いい加減にしてください。弥生上等兵」

「あ?文句があんならオレより戦果あげてみろよ?それとも殺り合うか?クソマジメ女」

「黙れ。今回は涅槃に関することだ」

 そう告げると全員が押し黙って緊張感が高まる。この隊の全員が、奴らの襲撃によってなんらかの犠牲を被っている。恋人、家族、友人、居場所……。あらゆるものが奪われたものの、国はとにかく列強国の仕業として片付けてしまった。自国の領土が侵されたというのに、他国に派兵している暇なんてあるのかと問い詰めてやりたい。当時は国の信頼がなくなりかけ、一部の市民からは当然の如く非難が殺到して非常に危うい状態だった。しかし、それ以降に攻撃がなかったことを国防の成果として宣伝し、今はなんとか国として体裁を保っている。とにかく、全員がそんな国にも愛想をつかせており、境遇も相まって、奴らに関しては非常な警戒感とそれぞれに思うところを抱えている。

 俺は昨日の出来事について要点を述べた後、作戦の内容を伝える。作戦などと大袈裟に言っても仲間の尾行に過ぎない。その上でシナン軍の動きも把握する必要がある。俺たちは大規模衝突の際の戦闘要員のため、他のことは期待されていないが、最低限、報告の責務はあるし、シナンに邪魔立てされるのも面倒だ。

「――というわけで暫くは嵐山にも勘付かれないよう、その道化師を誘き出す。また、もちろんだがシナンの動きにも注意して作戦を決行しなくてはならない。いつでも戦えるようにしておけ。いつも通り8時から作戦行動を開始する。以上だ」

 俺たちは一度、朝食を取るため解散した。なんとしても奴らと接触しカンナの秘密も探ってみせる。そのためにここまで軍にいたのだ。魔法の鍛錬も欠かすことはなかった。魔力の高い人間を集めているという奴らの餌になれるように戦果を上げてきた。人を殺めてきた。覚悟を持ってやってきたことで、後悔はない。

 でもあの日のことを思い出すといまだに胸がざわつく。複雑な感情が押し寄せてくる。強烈で暗くて重い何かがずっと喉の辺りに突っかかっているような……。だがその中に微かの期待がある。彼女が言いかけた言葉。また会えるかもしれないなんて、どうしようもなく諦めきれない希望。必ず……何かを必ず掴んでみせる。

 ――

 「おはよー!今日も一日レッツラほい!」

 嵐山の謎の掛け声はもはや慣れっこになってしまったので誰も返事はしない。8時の集合時間ギリギリに起きてくるくせに、それを全く感じさせないハイテンションなやつだ。

「今日もツーマンセルで情報収集にあたれ。12時には再度この場に集合し、経過の報告を行うこと。緊急時は空に炎魔法を放って知らせろ。接敵した場合も同じだ。だが基本的に戦闘は避けること。わかったな」

「はあ。隊長はいっつも律儀ですね〜さっさと行きましょうカルラっち!」

「うるせえ。クソみどり女!どうせ一人で突っ走んだろうが!」

 やれやれと頭を抱えつつ、残りの2人に目配せした。嵐山には単独行動させつつ、俺も含め全員で尾行する。道化師に遭遇した場合、全員で奇襲をかけて叩く。その際の連携についても話し合い済みだ。不安要素は多いが、この隊は戦闘能力だけは優れているので、あえて計画し過ぎずに大まかな流れだけを決め、柔軟に対応するのが最適だろう。ずっとそうやって生き残ってきたのだ。

「では、作戦行動を開始する。ここはあくまで戦場だ。気を抜くなよ」

「ほい!!」

 案の定、嵐山は一人で駆け出した。それをカルラが追いかける。あまりにも速いので俺たちも急がなくてはならない。にしても、あんな無警戒にも関わらず、よくもここまで生き残ってきたものだと呆れたらいいのか、賞賛すべきなのか。野生の本能ともいうべき勘の良さと天性の戦闘センスによるものだろう。他には色々と失っているが……。とにかく俺たちもカルラの後を追って走る。急がなくては見失ってしまう。

「急ぐぞ、霜月、北条」

「はい」

 霜月ははっきりと、北条は非常に小さく返事をした。

 ――

 全員が肩で息をしているが、なんとか嵐山の背後につくことができた。流石に警戒が必要な場所はわきまえているようで、走ったのはわずか10分ほど。だが、気付かれないように警戒しつつ、周囲のことも気にかけつつで、骨の折れる時間だった。

 嵐山は廃墟となった団地の屋上から索敵を行なっている。暫くの間は特に何も起こらない時間が流れていった。俺たちは近くにある別の建物からその様子を見ている。数分はそこでじっとしていた彼女だったが、ふと一点を見つめて大きく目を見開いた後、魔素が大きく揺れた。迷うことなく一直線でそこへ向かっていく。風魔法を使った跳躍を組み合わせ、機敏な動きで建物の屋根を走っていった。

「追うぞ。何か見つけたらしい」

「緊急時には合図を送るようにあれほど念押ししたというのに……呆れた人ですね」

「クソッタレ。見失うぞ!オリボー使うぜ?」

 確かにあの風魔法を利用したスピードに追いつくのは俺たちの足では無理だった。

「やむを得ない。気付かれないよう気を配りつつ、オーリーボードで追う」

 そう言い終える前にカルラは飛び出していた。遅れて俺を先頭に霜月、北条が続く。ここ5年でオーリーボードの性能は向上して、携行しやすく折りたためるようになったの加え、多少の静音性も獲得し、魔力効率も改善された。ただ、魔素の揺らぎを残してしまう上に音も無音ではないのでスニーキングには向かない。しかし、背に腹は変えられなかった。嵐山にバレてしまう可能性や敵に視認されるリスクはあるが、見失って大きな魚を取り逃がすよりはいいだろう。軍上層部に漏れれば叱責は確実だがこの際それはどうでもいい。

 いくら健康優良スポーツ少女といえども、オーリーボードよりも速く走ることは流石に不可能だったようだ。また、魔法が使われたことを示す魔素の揺らぎも残っており、あっさりと追いつくことができた。それにしても、単独行動でかつ痕跡も残しながら目立つ移動をしていたことは反省させる必要がある。これを矯正するのはかなり骨が折れそうだ、と内心毒づきつつ、俺たちは魔素揺らぎを抑えて近づいていく。どうやら目的の場所に着いたようで、彼女も路地を歩いていった。そこに大きな声が響く。

「うわあああああ!」

 嵐山の声だ。俺たち4人は顔を見合わせたあと、俺を先頭にして武器を構えながらその路地へ走り寄る。

「おい!大丈夫か」

「嵐山隊員、無事ですか?」

「クソピエロ野郎はどこだ!?」

「…………生きてますか?」

 4人ともが思わず声をかけた。すると彼女はうずくまって何かをしている所だったが驚いて振り返る。

「あれあれ!?どうしてみなさんお揃いなんですか!?」

 俺たちは咄嗟に周りを見回すが特段変わったところは見受けられない。嵐山自身も無傷で普段と変わらなかった。そこへ1つの影がスッと嵐山のいる所から現れる。

「……猫……か?」

「そうそう!このニャンコロを追ってここまできたんです!可愛いでしょう〜?あ〜君は戦場における唯一の癒しですよ〜ナデナデ!」

 全員がガックリと項垂れる。一体どれだけ神経をすり減らしたと思っているのか。当人はそんなことを知る由もないだろうが、各々が苛立ちや呆れなどを顔に浮かべている。俺は落ち着けと自分に言い聞かせながら問い詰める。

「先ほどの悲鳴は?」

「ひめい……?ああ!この子すっごく人懐こいから思わず感動しちゃって。こんなに撫でさせてくれるニャンコロに会ったの初めてですし!あぁ〜可愛いですねぇ〜!喰らえ!ナデナデラッシュ!
ナーデナデナデナデナデ……!」

 本当に人騒がせなやつだ。それにしても猫のためにここまで敵地に踏み込んでいる。どうにかしてこの奇行をやめさせなければならないが、そんなことは可能なのだろうか。

「そうか……まあ無事で何よりだ……」

「もしや心配かけちゃってた系ですか?安心してください!私は元気ぱやぱやです!!」

 猫を撫でまくりながら発したこの一言が全員の臨界点を突破させたようで、カルラは怒鳴り散らかし、霜月は延々と説教をし、北条はぶつぶつと恨みつらみのようなことを小声で呟いている。そして、それら全てを悪びれもせずに嵐山は笑顔で受け流していた。そんな隊員たちの様子を俺は呆れながら眺めている。とにかくだ。ここまできてしまった以上、敵の動きを警戒しつつ、何かしらの情報を得て帰還するしかない。

「全員聞け。一度この近くで索敵を行い、その上で本部へ帰還する。分かったな?」

 その直後、猫が路地の奥へ向けてシャーっと威嚇するような声をあげ、全員の視線がそこに吸い込まれた。シナンの軍人たちが銃を構えており、何やら命令と返事めいたものが聞こえる。それほど数は多くない。おそらくは俺たちと同じように斥候的な立ち位置の分隊だろう。あれだけ大声で悲鳴やら怒声やらを轟かせていたのだから、気付かれても無理はない。

 発せられた銃声と共にすぐさま5人がそれぞれ戦闘体制に入る。カルラは大剣を生み出して真正面から銃弾を弾きつつの突進。嵐山は風魔法で飛び上がり、上空から一気に敵に向かって飛びあがる。両手には風を纏った鋭い鉤爪を携え、まるで野生の獣だ。霜月は水魔法の高等技術である氷魔法で生み出した氷柱を、仲間を器用に避けつつ敵へと向けて放つ。そして北条は土魔法で壁を作り相手の帰路を閉ざした。俺自身は臨機応変に対応できるよう、光魔法で盾と剣を生み出してカルラの後を追う。

 ここまでわずか時間にして3秒に満たない。流石に戦闘に関してはエリートなだけあり、それぞれが得意を活かしながら他を邪魔しない形でうまく立ち回っている。敵も銃での攻撃は諦めたようで、それぞれが魔法武器で氷柱を弾きながら迎え撃つ体制に入った。そのうち一人が空に向けて魔法を発射しようとしたため、俺は魔力干渉の範囲を広げて闇魔法を放つ。

黒の帷ブラックルーム

 路地を覆う闇が出現し、その発射した魔法を飲み込む。遠距離魔法の出入りを封じる影のようなものだ。大した魔法ではないが、案外戦場では使い勝手が良かったりする。何より闇魔法自体が珍しく、相手に警戒感や恐怖感を与えるブラフの役割もあるのだ。

 カルラと嵐山が敵を接近戦で薙ぎ払い、それを援助する形で氷が相手の動きを止め、壁からは土の棘が飛び出して体を貫く。そうして接敵からわずか2分ほどで危なげなく殲滅することに成功した。やはり頼りになる隊員たちだ。戦闘に関してだけだが。

「よくやった。ここは敵地だ。一度帰還する」

 全員がオーリーボードに飛び乗ってすぐに離脱する。嵐山は猫を少し探していたが、どこかへ行ってしまったらしい。

「さっさと行くぞ」

「うー……ニャンコロ〜」

 悲しげな声を出されるが無視だ。無理やりに嵐山を抱えて連れ帰る。戻ったら色々と説教する必要があるな。


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