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日没のリインバース 第十六話 「ザ・ギルティ」
「皆様どうも恨みつらみがよりどりみどりのようですねぇ。困った困った。これではまるで一人芝居です……まあいいでしょう。たまには独白というのも悪くありません」
道化師ジョジョは身振り手振りを駆使して話し始めた。全員が固唾を飲んで言葉の続きを待っている。
「皆様のおっしゃる通り、ワタシたちは涅槃という組織です。目的は世界征服とでも言いましょうか。世界を影で支配するとでも言いましょうか。最終的には……世界秩序を創ること!」
そう言って一秒ほど間を置いた。まるで俺たちの反応を試しているかのように。だが俺たちはただ睨みつける。
「などと大層なことを言いましたが、まあ、それら全てが正直に言って暇つぶしです。ワタシたちは力を持ち過ぎた。そして、この世界は狭すぎる。強すぎて強すぎてとんでもなく暇なんです。かつて人の幸福とは何か問われた哲学者は、その才能を大いに活かすことだと言いました……ですから!ワタシたちはそれを実行しているだけなのですねぇ。混沌を生み出して、それを観察する科学者とでもいうのでしょうか。まあ、実際はワタシたちも実験対象みたいなもの……いえ、この話は一旦、脇に置いておきましょう」
ジョリージョーカーは一度話を切りあげて「ちょっとお水を失礼失礼」と、どこからか取り出した水を一杯ゴクゴクと飲むふりをした。当然のことながら仮面の上から飲めるわけもなく、水はただ表面をなぞるだけで、滴り落ちていく。その雫が一瞬にして凍りつき、霜月がなんの抑揚もなく告げる。
「茶番はやめにしてと言ったでしょう。それであなた達はなぜルナンを襲撃したの?暇つぶしだったとでも?」
「傲慢だとお思いでしょうね?ええ。ええ。わかりますとも。大いに理解しますとも。それでもワタシたちはどうしようもなく世界を支配しています。他にやることもないから。近代の戦争はすべからく裏で糸を引いております。平和はとっても退屈だから。双方に魔導兵器を提供し、ほんの少しずつ新しい技術を提供し、とんでもない儲けを生み出しております。どうしようもなく楽しいから。各地で才能の原石を見つけたら、文字通り加工して宝石にしています。言うまでもないですが魔晶石にです。人間は持続可能な無限なるエネルギー源ですよ。勝手に増えますから」
あまりにも身勝手で傲慢だ。他の隊員たちもそう感じているのだろう。それぞれ魔素が細かく波打っている。顕著なのは霜月だ。氷はさっきよりも広がってほとんどピエロの全身が氷に包まれ始めている。
「で、す、が!各地を襲撃した理由はそこではないんですねぇ……なんでだと思います?クイズのお時間です!さあさあレッツシンキングターイム!!」
「繋縛者……」
北条が即座にボソッと呟くと、道化師はつまらなそうにやれやれと首を振ったあとに答える。
「もう少しクイズを楽しまないと……全く無粋ですねぇ。とはいえ、そこまでご存知でしたか。これは少々あなた方をあま〜く見過ぎていたようです……イグザクトリー!正解ですよ!コングラチュレイションズ!そうです。ワタシたちと同じ素質を持ちながら、涅槃に参加しない者たち。真理を知りながらもそれを隠して世俗で生きる者たち。それだけ。たったそれだけがワタシたちにとってこの世界における唯一無二、無二無三の脅威なのですからねぇ」
同じ素質?つまりカンナは奴らと同じだった?そもそも……。
「何を言っているの?あなた達は私たちと別の存在だと言うのかしら?まるで神にでもなったみたいに傲慢ね。私たちに屈してこんな風に洗いざらい話しているくせに」
「屈した?ふふふふふふふふ……ふはははははははは……どうにもこうにも失礼失礼。そう思っているとしたら傲慢なのはあなた方ですよ。ああ可笑しい可笑しい。こうしてお話ししているのはワタシの善意からです。なかなかこうやって世俗の人間達と楽しくお話しする機会はないですから。見えている世界が違いすぎると会話なんて成り立ちませんからねぇ!ほんのちょびっとでも共通の文脈があると言うのは久しぶりなんです。ああ、そうそう、こんな魔法なんていつでも抜けられますよ。こんな風に」
すると纏っていた氷が瞬時に溶け、檻は触れると同時に霧散する。スッと音もなく出てきた道化師は、俺たち全員がすでに魔法武器を取り出しているのを見ると、両手を上げ「どうかどうか落ち着いてください、攻撃なんてしませんよ」そう言ってどこからか取り出した椅子に腰掛けた。やはり得体の知れないやつだ。やはり魔法は効かないと見ていいかも知れない。
「ええと……そうそう、素質のお話でしたっけねぇ。この世界の全ての存在が例外なく単なる情報コードの集積なんですよ。上位次元の者が書き上げた文字の羅列に過ぎないんです。その中でもワタシたちは選ばれたコードを持っている。アカシックレコードにアクセスできる。上位次元の者達が言うにはプレイヤーもしくは転生者。まあ、その子孫がワタシたちと言うわけなんですねぇ」
だめだ。謎が謎を呼んでくるだけで一向に話が見えてこない。上位次元?コード?アカシック…?カルラと嵐山に関しては完全に理解するのを諦めたようで、自分の魔力を研ぐのに集中しているようだ。
「皆様!そんなふうに苦虫ガムを噛み続けているような顔はよしてください!アナタ方はいわばモブキャラでありNPC!アナタ方に理解できないと言うことをワタシはたっぷり理解していますとも!焦ることはありません。ゆっくり紐解いていきましょうねぇ。この世界の真相というやつを」
そのタイミングで霜月は少し考えた後に問いかける。よくあんな話についていけるものだ。
「つまり私たちは本の単なる登場人物で、貴方たちは著者と相互にコミュニケーションしている特別な存在というようなものかしら。貴方たちの都合の良いように世界自体を書き換えられると?」
「ほほう!ほうほう!実に的確で天才的な発想だ!素晴らしいですよ、その理解力!感嘆に値します!正確には少々異なりますが……。ワタシたちはこの世界の法則、すなわち設定……これをアカシックレコードと呼んでいるのですが……に接続し膨大な量の法則を読み解いてきました。今ではかなりの部分が明らかになっており、そこから様々な技術を生み出してきたのです。大変な時を要しました。何せ全てを知っているはずの元々のプレイヤーたちは皆すでにゲームをやめるしてしまったのですからねぇ。彼らもまさか自分たちの子孫までもが設定に関与できるとは考えていなかったのでしょう。我々は皆、捨てられた赤子なのです。それはさておき……アカシックレコードに接続したもの同士は互いに互いの場所などを認識し、意思を疏通することすら可能なのですよ。ですから互いに協力しあい、幾世代も経てこうして絶大な力を得てきた。そうやって生まれたのが涅槃、と言うわけなんですねぇ」
「接続から……切り離されたのが……繋縛者?」
そう北条が問いかけた時、奴の影からもう1人の人物が姿を現した。真っ黒なローブに真っ白な骸骨の仮面。大鎌を肩にかけて直立不動で立っている。まさに死神と言った出立ちだ。相当のやり手だというのはその隙のなさから窺い知れる。
「喋り過ぎだ……ジョジョ」
「おっとおっと、これはこれはサリエルさん!貴方がいらっしゃるとは珍しい。これはどうやらどうやら、お別れのお時間のようですねぇ」
そう言って道化は椅子からそそくさと立ち上がる。
「逃すと思ってんのか?クソ仮面ども」
「そうですよ!一発ぶん殴らなきゃ気が済みませんから!」
カルラと嵐山はやっと自分の出番だとばかりに魔法武器で切りかかる。同時に霜月は氷を這わせ、北条は土の蔓を相手に巻き付けた。だが、切り掛かった武器も拘束も一瞬にして粒となって消え、道化師が発した闇の波動のようなもので全員が吹き飛ばされる。そこにすかさず死神は鎌を持って迫ろうとしたので、俺は咄嗟に魔法を放った。今まで念には念をと影を潜めていたが、満を辞して姿を表すタイミングが来たようだ。
「閃光の眩暈」
辺りを閃光が包み、道化師はたじろいでわざとらしくワタワタとしている。だがサリエルと呼ばれた死神の方は、俺の方に振り向くと一直線に向かってきた。咄嗟に黒き斧を構えて迎え撃つが、斧は鎌に触れると同時に形をなくし一瞬で霧散して消えた。やはり魔法無力化……念の為に鎌の範囲に体を置かないリーチの長い武器にしておいて良かった。俺はこういう時のためにと忍ばせておいた一本の特別なナイフを取り出して応戦する。大鎌はリーチに優れているものの、近接戦闘に向いているとは言えない。反転重力でスピードを上げて一気に畳み掛ける。死神はかろうじて受けているものの反撃に転じる隙は与えていない。このまま押し切る。
「また新たなご出演者。今日は非常に面白い日ですねぇ。それにしても……おやおやおやおやそのナイフ……アンダカさんのナイフではないですか?それに光魔法と闇魔法を両方扱えるとは……実に実に興味深い……」
ピエロはぶつぶつと独りごちている。アンダカ……あのフルフェイスのことか。俺はこのナイフをずっと持っていた。カンナが消えたあの日から。こいつらの喉元に突きつけるために。
「俺はこいつを仕留める!お前らはそのピエロを逃すな。魔法はほぼ通用しない。肉弾戦で動きを止めろ!」
吹き飛ばされていた仲間たちは一斉に起き上がって道化師の方に向かう。カルラは不服そうだったが、魔力も相当に消費しているのだろう。渋々だが4人で陣形を組んだ。だがピエロの方は優雅にフラフラと踊るような動きをしている。
「サリエルさん、その方、殺さないでくださいね〜!とてもとても面白いです。もしかすると、もしかするかもしれません」
「……承知した」
「そんな余裕が、あるかな?」
小細工が通用しないことはここまでの戦いから分かりきっていた。だが、魔法無効はおそらく意識的に発動しなくては作用しない。それは先ほどの奇襲では氷魔法などを喰らっていたことからも明らかだ。認識外の不意打ちならば一瞬の動きを封じたりするくらいは可能だろう。しかしながら、戦闘時には常に魔法無効を発動している節がある。どうすればいいか……。
「脅威なる亡霊」
死神が何かしらの魔法を唱えるが何が起きたかわからない。しかし、一瞬の違和感が俺の五感を刺激する。ほんの一瞬だが、魔法を唱える瞬間、確かに魔素の揺らぎを感じた。もしかすると……ある仮説が頭をよぎる。
「長月隊長!背後に敵です」
霜月が大きな声を出したと同時に、俺は振り返るまでもなく横に回転して身を避ける。緊急回避後、そこにすぐさま目を向けると大ぶりの鎌が振り下ろされていた。死神がもう一人……どうやら分身のようなものを創造する魔法だったようだ。声を上げた霜月の方に目をやると、あちらもかなりの混戦状態らしい。霜月と北条は後方支援で、旧式の魔導武器である鉛の弾を打ち出す拳銃を撃ち込んでいる。カルラと嵐山も肉弾戦で応戦しているようだが、やはり魔法抜きでの攻撃では相手の魔力を纏った体には傷ひとつつけることはできない。まだ分が悪いようだ。
俺は先ほど思いついた仮説を頼りにして一度実験を試みることにした。奴は今魔法を使っている。それはつまり……俺は一気に距離を詰めてナイフで切り掛かるふりをしながら、魔法で攻撃する。狙うは本体だ。
「暗闇の生贄」
俺の魔素揺らぎから突如発生した闇が本体を包み込む。と同時に霧散した。しかし、同時に分身も消えている。やはりか。
「奴らは魔法を使っている間、魔法無効は使えないのかもしれん!狙ってみろ!」
「了解!」
隊員たちは声を揃えて返事をすると、魔法と肉弾戦を織り交ぜた攻撃を始めた。俺も左手には旧式の拳銃を構えつつ、右手には漆黒のナイフを構え再び攻めに転じる。隊員たちも含めだんだんと戦況を有利に進め始めているのがわかった。これは……勝てる。
「気付いたようですねぇ。なんとまあ感覚が鋭いお方でしょうか。ああ、面倒臭いったら面倒臭い。全員殺しますか」
そう道化師が告げたと同時にあたりを一瞬にして怖気が満たした。今まで隠していたのであろう魔力を解放したようだ。選りすぐりの戦闘集団である隊員たちでさえ誰もが身震いしてしまうほどの恐怖。これは……かなりマズイ。魔法を放たれれば確実に殺される。そう本能が悟る。あまり見せたくはなかったが、これより他にない。通用するかわからないが、こんなところで死ぬわけにはいかない。俺は魔力を集め、ある魔法を放つ。あれを再現するんだ。彼女が使ったあの魔法を。
「神殺しの槍!」
わざと大きな声を張り上げて魔法の名前を唱える。俺の手に握られたのは、光り輝く一条の槍。するとそれを見た仮面の2人に明らかな動揺が走った。カンナがアンダカを殺したあの槍。そうだ。全てこの日のためだ。俺がそれを死神に向けて突き出すと、死神はこれまでになく大きく体を後ろに退けた。
「よもやよもやロンギヌス??アナタ、何者です?」
「一度退くぞ。ジョジョ。停止の邪眼」
移動した死神が道化師に向かって耳元でそう告げると俺たち全員の動きが止まる。死神の視界に入ったもの全てが時間を停止してしまったかのようだ。現に死神の後ろにいる道化師は平然と動いているが、こちらには近づいてこない。
「残念ながら今日はここまでのようです。いやあはやはや、なんとも楽しい1日でしたよ。もうすぐシナンが攻勢に出ますから、それをみなさんが生き残っていたならばまた会いましょう!きっと生き残るでしょうねぇ。ワタシは信じていますとも!」
そう言うとゲートのようなものが出現した。逃がしてなるものか。そう思うが体は硬直していて声すら出すことができない。道化師がその中へと消えていく。
「解除」
死神が呟くと俺たちはいきなり体が動き始めて後を追うが、間に合わない。影も形も残らず奴らは消えた。不吉な言葉を残して。
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