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日没のリインバース 第二十三話 「永遠平和のために」

 ルナンは敗戦国となった。打ち込まれた二発の核が直接的な要因と言われている。空爆などの被害がなかったからか、一発だけでは降伏を選択しなかった。とはいえ、シナンでの圧倒的な大敗、リベリカとの海戦でも敗走を繰り返し、いくつかの他国領土をすでに奪われていた上、独立同盟国も降伏していた状況だったのだ。良くもまだ戦う意欲があったものである。軍部の暴走の一言で本当に片付けられるのか、まあそこは良いだろう。とにかくルナンはリベリカ合衆国主導の統一連合によって占領統治されることになった。そして、その無条件降伏からすでに3年の月日が流れ、各国でも共産主義と資本主義の対立である冷たい戦争が始まりを告げている。それも俺たちが仕組んではいるのだが。そう。俺は、まだ涅槃にいる。

「ああ!シヴァさん!聞いてください!どうもどうも不穏な動きが発生しているんですよねぇ。イレギュラーですよ!我々のことを探っている連中がいるらしいんですよねぇ」

 道化は相変わらずわざとらしく、楽しそうなフリをして話しかけてくる。この仮面は一度つけてしまうと外せない。そして基本的に魔力の干渉による揺らぎを著しく制限する。つまりジョジョは本当に道化なのだ。感じてもいない感情を精一杯表現している。一体いつからこのキャラを生きているのだろうな。

「そいつらの情報は何かあるのか?」

「いえ、まだまだ特にはないんですけどもねぇ。もし何か心当たりでもあればと!シヴァさんも昔は探っていたじゃあないですか!我々のことをねぇ」

 コイツ……いまだに少し疑っているようだな。まあ、心当たりがないといえば嘘になる。霜月たち。もはや終戦で復員兵として戻っているとは思うが、まだ探っている可能性はある。だがなんの確証もない。あとは強いてあげるなら卯月先生か。まあ、もう関わるつもりもないだろうから可能性はかなり低いな。ここはとりあえずお茶を濁しておく。

「思い当たる節はないな」

「そうですか……ですがくれぐれも気をつけてくださいねぇ。そういえば昔にもこんなことがあったような……まああれは終わった話ですし……」

「……?そっちも気をつけろよ」

 そんな話をしていた最中にチャットへと連絡が入り、ソフィアが内容を話し始めた。どうやらツクヨミからのようだ。

「ツクヨミさまから連絡です。以下、内容になります。サリエルのやつが殺されたようじゃ。緊急のチャットが入って駆け付けたんじゃが……犯人はワシらのことをどうやら知っておる。一瞬あいまみえたが、仮面で顔を隠しておった。ワシらと同じじゃな。それに、ワシでも追えんかった。見事なもんじゃ。とにかく注意は怠らず、任務は続行しろ。以上じゃ」

 死神……サリエルが死んだ?これはあまりにも緊急の事態だ。基本的に緊急時の連絡はツクヨミに一本化してあるが、これからは全体へのチャットが望ましいかもしれない。それにしてもツクヨミで追えない相手となると、かなりの手練れだ。霜月やカルラでは流石にそこまでの成長をしているとは考えにくい。となると卯月先生か……?どうして今になって。いや、やはりそれはかなり考えにくい。他の人間だろう。俺は道化に尋ねる。

「今のメッセージ、聞いたか?」

「ええ。サリエルさんが……。その不届者はどうにかこうにかして、なぶり殺しましょう」

「繋縛者だと思うか?」

「その可能性が高そうですね」

「だが、涅槃から抜けた人間でまだ逃げおおせているやつなんているのか?」

「いやはや問題はそこなんですよねぇ。正直に言えばあり得ない。アカシックレコードの記録にアクセス履歴もないですし、転生者の可能性もないと言って良いでしょう。もはや全くの謎、ですかねぇ……」

「記録の改善や偽装は不可能なのか?」

「我々もシステムへの介入は幾度となく試みましたが、成功していませんし、そんな履歴のあからさまな削除や介入があれば気づきますからねぇ。ふむ……本当に本当に何者でしょうか」

「とにかく気は抜かない方が良さそうだな。何かあれば全体連絡を入れるようにすべきだろう」

「そうですね。とにかく計画も佳境ですから進めなくては!お互い気をつけましょう!ではでは」

 いつも通りおどけた様子で去っていく。だが、まさかこれが道化師ジョジョとの最後の会話になるとは想像していなかった。

 ――

 ジョジョ、サリエルが死んだ。他の涅槃幹部メンバーも次々と消息を絶っている。異常な事態だ。ツクヨミ曰くこれほど涅槃が瓦解したことはかつて無いらしい。全く、俺が入ったタイミングでこれか。一体何が起こっている?チャットを飛ばす暇すら無いのか?それとも、何かしらの妨害か?今現在で生き残っているのは太陽のスーリヤ、十字架ことアフラ・マズダー、涅槃の長ツクヨミ、そして俺の四人だけだ。

「俺様が絶対的に殺す。次に遭遇したやつはすぐに連絡よこせ。お前ら雑魚すぎんだよ」

「これは神への冒涜!このままでは世界秩序が乱れてしまうのは不可避です。神の啓示に従ってきたのになぜ……。おお神よ!異教徒どもに裁きの鉄槌を!」

「敵は何かしらの異分子に相違あるまい。今ある情報を突き合わせるに、他世界からの転生者と見るべきじゃろう。ワシらの世界で知り得ない、なんらかの技術か、アイテムや魔法が扱えるのかもしれん」

 まあツクヨミの言う線が妥当なところだろうな。遭遇すればチャットは不通になり、確実に消される。殺されたことを知る手段はないが、アカシックレコードからの切断が起こったとすればまず間違いなく死んでいるとみていい。

「単独行動は控えた方がいいんじゃないか?」

 今まで消された連中は常に単独で行動した時を狙われた。計画の進行が必要とはいえ最低でも二人一組で行動すべきだろう。

「そうじゃな。スーリヤとアフラ・マズダーが組み、ワシとシヴァが組んでしばらくは行動する」

「あん?俺様は一人で十分なんだが?」

「私もこのような傲慢なる者と行動するなど……」

「黙れ。これは決定事項じゃ。死んだ奴らの分も働かなくてはならんからの。さっさと行動開始じゃ」

 不満そうな二人ではあったが、実力の均等化という意味では妥当な組み合わせだろう。

「ワシらはリベリカ合衆国、お主らはソフィエンテ連邦で任務を遂行してもらう。1週間後に集合して情報共有じゃ。細かいことはチャットで送れ」

「チッ。まあいい。涅槃殺しの野郎をぶち殺すのは俺様だからな。邪魔すんじゃねえぞ狂信者!」

「信仰を持ち得ない貴方では神の加護を得られません。異教徒は私が消しますとも」

 こいつらはずっと言い争っていそうだ……思いやられる。いずれにせよ、4人きりで仕事をこなすのはかなりの無茶だ。下っ端の何も知らない労働者はいくらでもいるが、実力ある協力者がこれからは必要になりそうだな。そのあたりのことはツクヨミに後で聞いておこう。なんて考えてしまうあたり、俺も涅槃に染まったものだ。だが、正直に言って世界は平和へと進んでいる。このまま俺たちが理性的にコントロールしていけば、かなりの精度で上手くことが運びそうなのだ。プラトンの言っていた哲人と軍の役割を俺たちが行なっていくこと。それは上位世界でも実現できなかったことだ。そう思ってはいる。しかし、何かを見落としている感覚がずっと頭の片隅にある。些細な記憶のトゲが刺さっているような……だけど、いつも思い出せない。

 そして、ここ数年、人間たちのどうしようもなさというのも痛いほど知った。権力や純粋な力が平和には必要だということも。現に、あのおぞましい兵器は抑止力として機能している。あらゆる国家が我が身可愛さで擦り寄ってくる。そして、俺たちを恐れている。死への恐怖はこの世界に生まれ落ちた時から、プログラムコードに刻まれていて、データの複製と維持を常に考えて動いてしまう。そういう設定なのだ。神が、人間という種が俺たちをそう規定した。だから仕方のないことでもある。
 
 とにかく、俺たちは言い争う2人を無視してゲートを潜る。一刻も早く平和な世の中を作ること。それが俺に残された道だ。


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