紙嶋かつ仁

詩を書きます。 よろしくお願いします。

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無宗教の身軽さに 無戒名の潔さ 無慈悲の薫りを残して 無口だった父が眠る 無量の無念が染みついた 無言の仏を囲む女たち 無花果の忘れ形見を熟れさせて 無表情に舟は漕ぎ出される 無傷の人生などあるものか 無意味に思えた家族の時間を 無理矢理にでも肯定し 無関心を装う兄と 無気力の俺 母の選んだ黒装束に包まれて やはりあなたは侍だったのだ 無縁だった涙を最期まで拒んだ 無頼の似合う男を送る

    • 詩人の孤独

      詩人の孤独は少し変わっていて 全体的にぬるぬるしている 何故って自由を奪われることを頑なに拒み 涙を流しながらでも書き続けるから それは文字通り掴み所がなく 常人にはその苦しみを捉えられない ところがある時約束していたように 手慣れたカサカサの巨大な手が むんずとそのぬるぬるの孤独を捕まえる 片方の手には運、もう片方には命とある 何が興ったのかもわからぬまま 孤独は頭に杭を打たれ 器用に背開きにされる 藻掻くほど痛みは増すとわかっても どうしても藻掻くことをやめられない

      • 案山子

        煤けた竹の一本足 老農が描いた不格好な目で 遥か海の向こうを見ていた案山子 山のように繁茂する食べ物が 海を渡って押し寄せてくる 誰一人いなかったのだ 目が潰れた者など 簡単なことだったのだ 残ったらただ捨てればいい 燃えるゴミとして 肩に雀を遊ばせて 背中に夕日を染み込ませ 農夫たちの悲鳴を聞きながら 彼はいったい何を待っていたのか 拾われなかった落ち穂の上に コンクリートが流し込まれる 気づけば元気な子供たちの 遊ぶ声はなくなっていた コンクリートの上では立てない

        • 商店街

          八百屋のおやじが伏魔殿を覗いた夕暮れ時 油の切れた自転車のブレーキが甲高く鳴り響く 粒ぞろいの後悔が小銭入れの中で身を寄せ合って さびしさを背負わずには歩けなかった商店街 ふるえる夕陽が口腔の割れ目に激しく引火して 言葉はこころを離れて優雅に不幸を泳ぎはじめる 幼い頃に飼っていた犬の毛並みが不意に浮かんで 代わり映えしない活気に混ざり込む見知らぬ人の訃報 安い酒の味とあなたの手のぬくもりだけで あんなにもおいしかったはずの安売りの塩さば 夢はいつでも寝てから見るものだった

          独楽

          個性が回っている 独楽のように 自分の色を知らぬまま 止まればすぐに倒れてしまう 他の独楽とぶつかり合えば 互いに傷つけ合った末 やはり最後は倒れてしまう 周りの独楽は良く見える どれもとても鮮やかに 自分の色は見ることができない 止まっている時の色も ましてや回っている時の色も あなたはこんな色だよと ある時誰かが教えてくれる なかにはとっても素敵な色だと 誉めてくれる人まで現れる たくさんの綺麗な独楽に囲まれながら その言葉に浮かれてみたり 逆に疑ってしまったり

          ぐうっとかたまって もういきをしなくなったひと いいのこしたことを つめたいほほにひからせて おもいでのそうげんで おもむろにうたいだす ぐうっとまるまって いまいきをしているひと いいあらわしたいことを こごえるゆびにたぎらせて まっさらなげんやで ゆっくりとかきはじめる みえないせかいにいったひと みえないものをめでるひと しかいぜろのしじまのしたで しあわせしのばせたしんおん せなかあわせのふたつのし

          東京のサムライ

          もう何も言うまい あなたは充分戦ったんだ 自らの境遇に愚痴一つ溢さず 一滴のアルコールも無駄にせず 無骨と反骨をモットーに ロックスター矢沢永吉へのリスペクトを忘れず 日産スカイラインGT-Rへの未練を断ち切って あなたは充分戦ったんだ 女は男にとって いつの世でも必要悪になり得るけれど 酒と女を天秤にかけるのは 男の品位に欠けるだろうか どちらに身を滅ぼされても本望だと さびしい男を演じれば演じるほど 取り返しのつかない底無しの沼にはまって それも運命だと背中で泣けば

          東京のサムライ

          残暑

          一匹の蝉の声に貫かれるだろう 一本の遠雷に破られるだろう 一音の風鈴に嗤われるだろう クーラーの効いた部屋で 「愛は地球を救うんだ」と 信じ込まされたまま 野良犬になった私達の夏は 今年もまた餓死するだろう 凝りもせず またなにか重大なものを 置き忘れていることに 気づかぬふりをして 寝苦しい夜を 無責任に葬るだろう 斬新だと絶賛された隠喩が 「小さな少年」を 呑み込めずに藻掻いている 最後の球児が見上げたのは いつの間にか すり替わっていた空の青 残暑が 知ってい

          怪獣ギレゴンス

          すべての現実を人質に 狭い校庭に立て籠もる 怪獣ギレゴンスは 小学三年生の 僕の背中を破って生まれた まばたきチックの ささくれだらけの 口内炎の 自家中毒の 対人恐怖の 乗り物酔いの 風呂ぎらいの いじめの対象の 曇り空の好きな 僕の背骨を抉じ開けて生まれた 毎日のように食べさせられて 消化不良をおこしてた 僕の代わりに 親の異常な夫婦げんかを いつも黙ってたいらげてくれた 一匹の虫も踏みつぶさず 木々の枝葉にくすぐられながら 猫背の僕と一緒に歩いてくれた 少し高めの

          怪獣ギレゴンス

          七十八年

          奪うだけのヒトたち 奪い続けるだけのヒトたち いまでも 同胞以外の命など なんとも思わないヒトたち なんとも思えないヒトたち いまでも そんなヒトたちのご機嫌とって そんなヒトたちに魂を売って 自分の富だけを守りたいひとたち 自分の命だけを守りたいひとたち いまだに そんなひとたちにバッジを与えてしまった我ら どくのぬられたハンバーガーを ありがたがって食べながら もやしのようなせいしんを抱えて いまも 三百十万の犠牲を顧みず 残され支えた人たちの悲しみも忘れ 無責任

          夏の白

          夕顔の花は白 夕闇に置き忘れ 翌昼にはもう逢えなかったね 代わりにいま大きないびきで 横たわる真夏の畑の怪物 それこそが包容力の正体だと 信じて疑わない大きな子供 かつてはみそっ歯だらけで ヨレヨレのランニングシャツ着てた 引かれたばかりの 白線の白に 掌握された夏休みの通学路が淋しい 息巻いて生まれた かき氷の白の 砕かれた体は妙に清々しく 子供のように素直に 原色に染まれば わた菓子の不思議な生い立ちと 共謀を始める 縁日の嶺で 母は希望を 干してはいなかった どんな

          歌人へのオマージュ

          生あたたかな風を吹かせて あなたはもうそこには居ない 切り取ったばかりの 情景を残して 天然にも人工にも隔てなく愛着を深め ちぎれた雲もやぶれた紙も こころのほこらに匿っている あらゆる感情を鮮やかに染め上げ 手懐けた時代の着丈に仕立てる 偽善をあっさりと袋小路へ追いやって 無常を感性の舌で愛撫してゆく 日常も異常も私情も非情も 若竹のようにしなやかに 受けとめ 抱きしめ 修羅も慈愛も恋慕もウイットも 三十一文字に絹繊維のように するりと納める 悠久を色褪せることな

          歌人へのオマージュ

          【詩】俳人へのオマージュ

          たった十七文字の 無限に広がる深淵に 海女のように勇敢に 潜ってゆく人達がいる 指先を浸し 鼻先を浸し その底知れぬ感覚とにおいに 慄く詩人を余所に 初めて触れたのは小学校での授業だった 落書きだらけの国語の教科書から あの時確かに私にも聴こえた 「蛙飛びこむ水の音」が 聞こえのいい比喩に囚われ 使い古しの形容に縋り 言葉の雑木林で迷子になった男 いまひとり行間の樹海に分け入れば 遠く微かに見える真意の光 その聖域で静かに佇む 瑞々しい野花 減量中の拳闘家のように

          【詩】俳人へのオマージュ

          【詩】熱帯夜

          コンクリートの無感覚に打ち込まれる 身元不明のリベット、鈍痛 人工の憂い顔に燃え移った 炎陽の思い出し笑い 扇風機のタイマーが切れる 立ちはだかる鬼瓦のように、凪 熱せられた夜の蜜に覆われた身体を 浅い眠りが吸いに来る 開胸するには物足りない味のようだ あるものすべてがふて寝をはじめて 無いものだけが這いずり回る 我が物顔の、放し飼いの、寂しがり屋の 隣家の室外機が唸る 遅れて届いた回覧板のように、微風 記憶の抽斗を開けてゆく 誰にも気づかれないように またあなた

          【詩】熱帯夜

          夏の夜

          狭い廊下を伝う生まれたての怪談 賤しい大人の膝小僧がそっと撫でられる 網戸の細かい穴の数だけ与えられた煩わしさ 覗き覗かれ 塞ぎ塞がれ 過去へと渦巻く蚊取り線香の恍惚 佳境に入った家蚊の生涯 葬られたブラウン管からナイター中継の幻 アンチ巨人の亡父の怒号 金縛りにあう瓶ビール 丸大豆醤油に染まった木綿豆腐の残像 三角コーナーに枝豆の若緑 愚痴る蛇口 仮死する縁側憐れんで 啜り泣く団扇 寝汗となって発泡酒の昇天 無断欠勤する自省 徘徊する読経  帰らぬ人の独白が下座