紙嶋かつ仁

詩を書きます。 よろしくお願いします。

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最近の記事

八月生まれ

またのぼせたんだねしずかに 灼けた通学路にぽたぽた 手を赤くべたべたにして お天道さまからの特別扱いを ひとり感じながら帰るんだね みんなからの大きな期待通りを ひっそりと脇道にそれて 頬のつりそうな濃い笑顔を びりびりと剥ぎとって それでもまだへらへらしてる どうしようもなくなってそれきり 居心地のよい路地裏で迷子になった 八月生まれの少年のさみしさは 夏の暑さのように単純だったから それはこめかみからまっすぐ生えてきて まるで蟻の触角みたい 先端でおそるおそるふれなが

    • 七月生まれ

      不意にあふれたなみだを いまはもういないあのひとが そっと見ていたような気がして 不公平 そんなことを考えたとたんに 立ってなどいられなくなっただろう うっすらとかいた汗を いろあせたシーツに残したまま あなたは いつでもみんなの少しうしろで 情のかたまりのように佇んでいた 暗い廊下を伝ってくるアルコールに まったく無防備に浸りながら カゲロウの翅のよう かなしみを弱々しく透かせて あなたは涼しげに笑っていた 生きようとするあなたにも 逃げようとするあなたにも 幼い頃と

      • 六月生まれ

        その日、残暑の淵で混ざり合った ふたいろの汗の 褪せた網戸を突き破った 愛欲の水蒸気爆発 262日後にばらばらとこぼれ落ち 辺り一帯の青葉のざわめきを そっくり呑み込んで 天真爛漫に まっすぐに とめどなく傷ついてゆくひと 深呼吸の仕方も忘れ 雨に打たれるにまかせ あなたは立っている あなたにしか支えることのできない うしろ姿で 退屈な誠実ならきっといらないだろう 刺激的な嘘もすぐに飽きてしまうだろう 常識を事も無げにシロツメクサと共に葬り 眠っていた髪質は何度でもうね

        • 群青色の運動着で気をつけをしている うすらさびしい刈りあげのうしろ姿 耳の奥のほうに昨夜の 大人の男の怒鳴り声を残したまま 生真面目に伸ばされたあかぎれだらけの手  手 泣いているあの子にハンカチを渡せずにいた手 座敷に迷い込んだ蟻をそっと逃がした手 もらい手のないさみしさを飼い犬の毛並みに添わせた手  手 大人の男に慄きながら石炭みたいに握っていた手 噛み殺した言葉の分だけ異常な筆圧を宿していた手溢れ出した悲しみを拭いきれずに零していた手  手 繋ぐことからひっそりと

          高山京子さんの第一詩集『Reborn』を読んで

          今回、高山京子さんの第一詩集『Reborn』をご恵贈いただきまして、じっくり拝読させていただきました。 自分は教養も文学的な知識や経験も少いので、上手な評論はできませんが、高山京子さんのひとりのファンとして、第一詩集『Reborn』の感想を書かせていただきました。 まず感じたのは活字の魅力です。 普段高山さんの詩は、Xやnoteにあげられるものを読ませていただくことがほとんどなのですが、今回こうして一冊にまとめられた、紙の上の活字になった詩を読ませて頂くと、デジタルで読むと

          高山京子さんの第一詩集『Reborn』を読んで

          送る

          無宗教の身軽さに 無戒名の潔さ 無慈悲の薫りを残して 無口だった父が眠る 無量の無念が染みついた 無言の仏を囲む女たち 無花果の忘れ形見を熟れさせて 無表情に舟は漕ぎ出される 無傷の人生などあるものか 無意味に思えた家族の時間を 無理矢理にでも肯定し 無関心を装う兄と 無気力の俺 母の選んだ黒装束に包まれて やはりあなたは侍だったのだ 無縁だった涙を最期まで拒んだ 無頼の似合う男を送る

          詩人の孤独

          詩人の孤独は少し変わっていて 全体的にぬるぬるしている 何故って自由を奪われることを頑なに拒み 涙を流しながらでも書き続けるから それは文字通り掴み所がなく 常人にはその苦しみを捉えられない ところがある時約束していたように 手慣れたカサカサの巨大な手が むんずとそのぬるぬるの孤独を捕まえる 片方の手には運、もう片方には命とある 何が興ったのかもわからぬまま 孤独は頭に杭を打たれ 器用に背開きにされる 藻掻くほど痛みは増すとわかっても どうしても藻掻くことをやめられない

          案山子

          煤けた竹の一本足 老農が描いた不格好な目で 遥か海の向こうを見ていた案山子 山のように繁茂する食べ物が 海を渡って押し寄せてくる 誰一人いなかったのだ 目が潰れた者など 簡単なことだったのだ 残ったらただ捨てればいい 燃えるゴミとして 肩に雀を遊ばせて 背中に夕日を染み込ませ 農夫たちの悲鳴を聞きながら 彼はいったい何を待っていたのか 拾われなかった落ち穂の上に コンクリートが流し込まれる 気づけば元気な子供たちの 遊ぶ声はなくなっていた コンクリートの上では立てない

          商店街

          八百屋のおやじが伏魔殿を覗いた夕暮れ時 油の切れた自転車のブレーキが甲高く鳴り響く 粒ぞろいの後悔が小銭入れの中で身を寄せ合って さびしさを背負わずには歩けなかった商店街 ふるえる夕陽が口腔の割れ目に激しく引火して 言葉はこころを離れて優雅に不幸を泳ぎはじめる 幼い頃に飼っていた犬の毛並みが不意に浮かんで 代わり映えしない活気に混ざり込む見知らぬ人の訃報 安い酒の味とあなたの手のぬくもりだけで あんなにもおいしかったはずの安売りの塩さば 夢はいつでも寝てから見るものだった

          独楽

          個性が回っている 独楽のように 自分の色を知らぬまま 止まればすぐに倒れてしまう 他の独楽とぶつかり合えば 互いに傷つけ合った末 やはり最後は倒れてしまう 周りの独楽は良く見える どれもとても鮮やかに 自分の色は見ることができない 止まっている時の色も ましてや回っている時の色も あなたはこんな色だよと ある時誰かが教えてくれる なかにはとっても素敵な色だと 誉めてくれる人まで現れる たくさんの綺麗な独楽に囲まれながら その言葉に浮かれてみたり 逆に疑ってしまったり

          ぐうっとかたまって もういきをしなくなったひと いいのこしたことを つめたいほほにひからせて おもいでのそうげんで おもむろにうたいだす ぐうっとまるまって いまいきをしているひと いいあらわしたいことを こごえるゆびにたぎらせて まっさらなげんやで ゆっくりとかきはじめる みえないせかいにいったひと みえないものをめでるひと しかいぜろのしじまのしたで しあわせしのばせたしんおん せなかあわせのふたつのし

          東京のサムライ

          もう何も言うまい あなたは充分戦ったんだ 自らの境遇に愚痴一つ溢さず 一滴のアルコールも無駄にせず 無骨と反骨をモットーに ロックスター矢沢永吉へのリスペクトを忘れず 日産スカイラインGT-Rへの未練を断ち切って あなたは充分戦ったんだ 女は男にとって いつの世でも必要悪になり得るけれど 酒と女を天秤にかけるのは 男の品位に欠けるだろうか どちらに身を滅ぼされても本望だと さびしい男を演じれば演じるほど 取り返しのつかない底無しの沼にはまって それも運命だと背中で泣けば

          東京のサムライ

          残暑

          一匹の蝉の声に貫かれるだろう 一本の遠雷に破られるだろう 一音の風鈴に嗤われるだろう クーラーの効いた部屋で 「愛は地球を救うんだ」と 信じ込まされたまま 野良犬になった私達の夏は 今年もまた餓死するだろう 凝りもせず またなにか重大なものを 置き忘れていることに 気づかぬふりをして 寝苦しい夜を 無責任に葬るだろう 斬新だと絶賛された隠喩が 「小さな少年」を 呑み込めずに藻掻いている 最後の球児が見上げたのは いつの間にか すり替わっていた空の青 残暑が 知ってい

          怪獣ギレゴンス

          すべての現実を人質に 狭い校庭に立て籠もる 怪獣ギレゴンスは 小学三年生の 僕の背中を破って生まれた まばたきチックの ささくれだらけの 口内炎の 自家中毒の 対人恐怖の 乗り物酔いの 風呂ぎらいの いじめの対象の 曇り空の好きな 僕の背骨を抉じ開けて生まれた 毎日のように食べさせられて 消化不良をおこしてた 僕の代わりに 親の異常な夫婦げんかを いつも黙ってたいらげてくれた 一匹の虫も踏みつぶさず 木々の枝葉にくすぐられながら 猫背の僕と一緒に歩いてくれた 少し高めの

          怪獣ギレゴンス

          七十八年

          奪うだけのヒトたち 奪い続けるだけのヒトたち いまでも 同胞以外の命など なんとも思わないヒトたち なんとも思えないヒトたち いまでも そんなヒトたちのご機嫌とって そんなヒトたちに魂を売って 自分の富だけを守りたいひとたち 自分の命だけを守りたいひとたち いまだに そんなひとたちにバッジを与えてしまった我ら どくのぬられたハンバーガーを ありがたがって食べながら もやしのようなせいしんを抱えて いまも 三百十万の犠牲を顧みず 残され支えた人たちの悲しみも忘れ 無責任

          夏の白

          夕顔の花は白 夕闇に置き忘れ 翌昼にはもう逢えなかったね 代わりにいま大きないびきで 横たわる真夏の畑の怪物 それこそが包容力の正体だと 信じて疑わない大きな子供 かつてはみそっ歯だらけで ヨレヨレのランニングシャツ着てた 引かれたばかりの 白線の白に 掌握された夏休みの通学路が淋しい 息巻いて生まれた かき氷の白の 砕かれた体は妙に清々しく 子供のように素直に 原色に染まれば わた菓子の不思議な生い立ちと 共謀を始める 縁日の嶺で 母は希望を 干してはいなかった どんな