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群青色の運動着で気をつけをしている
うすらさびしい刈りあげのうしろ姿
耳の奥のほうに昨夜の
大人の男の怒鳴り声を残したまま
生真面目に伸ばされたあかぎれだらけの手

 手
泣いているあの子にハンカチを渡せずにいた手
座敷に迷い込んだ蟻をそっと逃がした手
もらい手のないさみしさを飼い犬の毛並みに添わせた手

 手
大人の男に慄きながら石炭みたいに握っていた手
噛み殺した言葉の分だけ異常な筆圧を宿していた手溢れ出した悲しみを拭いきれずに零していた手

 手
繋ぐことからひっそりと
逃げずにはいられなかった手
優しすぎることで誤魔化し続けて
自分の居場所も守れなかった手

そんな手でいったい何を守れるというのか

 手
ある時不意に感情の波に呑まれ
誰かを傷つけるかもしれない手
気づけばあかぎれは治り
代わりにいちばん嫌ったはずの
あの大人の男にそっくりになっていた手

覚えておけ
誰のせいにもするな
ある日突然言うことを聞かない
おまえの三つめの手がそそり立つ
その三つめの手にそそのかされて
気をつけを忘れたおまえの二つの手が
守るべき花を理不尽に毟り取るなら

うしろ姿のまま
気をつけの姿勢のまま
おまえの両手を斬り落とす
まだ罪のないあかぎれだらけのうちに
他の無数の手に目もくれず
月曜日の全校朝会で

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