各地のブランド鱒の正体

ブランド鱒との邂逅

地元群馬で「ギンヒカリ」なる魚を発見

8年ほど前のことでしょうか。私の地元群馬にて家族とお出かけをしました。
伊香保の辺りを車で巡り、巨大な吊るし雛で有名な雑貨店「地球屋」を見学、日本百名水に数えられる「箱島湧水」にて湧き水を飲み、お昼過ぎには虹鱒釣り堀を併設した養魚場で昼食を取りました。その養魚場の名前は記憶が朧げなのですが、位置関係から考えるに「あづま養魚場」かと思われます。

何を食べようかとメニューを開くと、そこには見慣れない名前の魚が載っていました。
「ギンヒカリ」という魚です。
某ブランド米のような名前の魚は、どうやら群馬で育てられた虹鱒らしいと言うことがわかりました。
結局「ギンヒカリ」のフライを注文しましたが、身にそれほど多くの脂が乗っておらず、揚げるという調理法との相性が良かったように思います。正直言うと、当時は若く、脂っこいものが好物でしたので、「なんかさっぱりしすぎていて物足りないなあ」と感じたのを覚えていますが、今の年齢でもう一回食べたとしたらとても美味しく感じることでしょう。また、刺身を食べてみたいとも思います。

練馬サーモンも発見する

ギンヒカリとの邂逅から数年経ち、大学生の頃です。
都内で、釣った魚を食べられる釣り堀を探したところ、「豊島園」が候補に上がりました。豊島園といえば巨大なプールと遊園地が有名ですが、プール開きの期間が終わると、流れるプールと人口波のプールに虹鱒を放流し、釣り堀として使用していたのです。(現在、豊島園は閉園しています。)
電車でのアクセスも良かったので遊びに行くと、広大なプールに釣り糸を垂らすという行為が新鮮でとても楽しかったものです。
釣れた魚も用意された焼き台で調理し、その場で美味しく食べました。

ただ、それだけなら普通の虹鱒釣り堀とそれほど違いはないのですが(プールで釣りをするという点を除き)、ふと目に付く物、というより目に付く人達がいました。
利用者は家族連れやカップル、友達同士が圧倒的に多かったのですが、その中に混じって自前の釣竿、胴長、偏光グラスといった本格的な釣り装備をした人がいるのです。
気になって係員に聞くと、私が釣りをしていた流れるプールの奥には人工波のプールがあり、そこに巨大な「練馬サーモン」を放流しているため、その魚とビッグファイトを楽しむために本格装備を整えてくる釣り人がいるとのことでした。

通常サイズの虹鱒が20〜30cmくらいの大きさであるのに対し、練馬サーモンは40cm〜70cmの大きさがあるというから驚きです。しかし、それより先に浮かんだのは「練馬サーモンとは一体なんだ?」という疑問でした。
これも質問してみると「通常より大きい個体の虹鱒。練馬にある豊島園で釣れることからそう呼んでいる。美味しい。」という回答がありました。
その時は、「大きい虹鱒に客寄せのための名前をつけているのだな」と納得しました。

ふとした疑問

しかし、最近になってふと、「ギンヒカリ」と「練馬サーモン」は同じようなものだったのでは?と思うようになりました。突然そんな疑問が湧いたきっかけは特にこれといってありませんが、こういった小さな疑問でも放って置くことなく解消することが大事ですので、以下に独自名称の付いた鱒について調べたことを記します。

ブランド鱒とは

前置きが長くなりましたが、記事タイトル中の「ブランド鱒」という言葉についてやっと説明します。
この単語は私が便宜上勝手に作ったものです。とはいえ「ブランド〇〇」という単語は今や巷に溢れていますので、なんとなく意味は伝わることかと思います。「他社商品と比較して、独自の価値を持たせ、それを売りにした商品」というような意味合いです。

ブランド鱒の正体を探っている現段階では「養殖過程に独自性、地域性があり、通常個体との差別化を図った虹鱒(あるいはその他鱒類)」としておきます。
豊島園では「ご当地サーモン」という扱いをしていたことや、群馬のギンヒカリは群馬でのみ養殖されていて、その他養殖過程で工夫をしているということから、上記の定義を考えました。

しかし、「ブランド 虹鱒」で検索したところ、「全国養鱒振興協会」(以下、「協会」と呼びます。)なるものが存在し、そこのサイト上では「ブランド鱒」に相当する魚のことを「スペシャル・トラウト(地域特産ブランド魚)」と呼んでいます。
以下に協会サイトからスペシャル・トラウトの項目を引用します。

スペシャル・トラウト(地域特産ブランド魚)

近年、各産地では、ニジマスの品種改良種やバイテク魚、あるいはニジマス雌をベースとしたハイブリッド・バイテク魚の生産が盛んになっています。当協会ではこれらの魚種を『スペシャル・トラウト』と呼んでいます。その多くは、魚体重1kg以上の大型に育て、主に生食用高級食材として流通し、好評を得ています。
これらの魚種は、それぞれの地域の水産試験場が中心になって開発が進められ、それぞれが個性的で特長を主張できる魚です。それぞれ餌やサプリメント、飼育方法などに工夫をこらして飼育していますが、共通する点は、輸入サーモンに比べて味や肉質、脂の乗りが上品で、刺身好きな日本人の好みに合うことです。そして国産であるが故に、高鮮度で提供することができます。近年の地産地消運動とも相まって、地域ブランドとしての認知度も高まっています。

http://www.zenmasu.com/introduce.html

スペシャル・トラウトは「飼育方法に工夫をこらし」ている点と、地域性があるという点で私の言う「ご当地ブランド鱒」と大きな相違はありませんが、「スペシャル・トラウト」、「地域特産ブランド魚」のどちらも呼び名として少々長いので、本文では「ブランド鱒」の名称を採用します。
なお、この名称・定義はあくまで仮のものです。
「各地のブランド鱒の正体」の結論は、本論の最後に「最終結論」を章立てますので、そちらで発表となります。

練馬サーモンはブランド鱒にあらず・・・

ブランド鱒の名称を定義・採用したことで、「ギンヒカリと練馬サーモンは同じようなものか」という疑問に答えが出ました。
悲しいかな、ブランド鱒について調べるきっかけとなった練馬サーモンは、なんとなんとブランド鱒ではありませんでした…。
それもそのはずです。練馬サーモンはご当地と謳ってはいますが、豊島園で養殖されたものではなく、ただ単に放流された虹鱒です。かなり巨大で美味らしいという点はギンヒカリと共通していますが、養殖過程の独自性も地域性もありません。
この時点で練馬サーモンとギンヒカリは、似たような鱒ではあるものの、あくまで別物として扱うこととなりました。

様々なブランド鱒

しかし、協会では様々な地域で養殖しているブランド鱒を紹介しています。練馬サーモンの悲劇はもう忘れて他のブランド鱒を見ていきます。
各地の協会登録のブランド鱒を下記に紹介します。


阿武隈川メイプルサーモン(福島県)
魚沼美雪ます(新潟県)
甲斐サーモン(山梨県)
海峡サーモン(青森県)
絹姫サーモン(愛知県)
ギンヒカリ(群馬県)
信州サーモン(長野県)
八幡平サーモン(岩手県)
富士トラウト(静岡県)
湧幻鱒(静岡県)
ヤシオマス(栃木県)
※上記ブランド鱒は2013年11月時点で登録されていたもの。
http://www.zenmasu.com/img/introduce/special2013-2.pdfより引用

その他個別に見つけたブランド鱒
紅富士(静岡)
駿河湾サーモン(静岡)
ハコスチ(群馬)

上記のブランド鱒は2013年11月時点で協会が登録していたものですので、2022年現在はもっと多くの協会登録ブランド鱒が存在すると思います。
また、協会には登録されていないものの、ブランド鱒の定義に該当する品種もあるでしょう。
しかし、練馬サーモンのように、ブランド鱒のような名前がありながら、実際は特定の釣り堀の客寄せ用の名称に過ぎないものを多々確認しましたので、2013年11月時点の協会登録ブランド鱒と、調べる過程で個別にブランド鱒であることが確定したものしか載せていません。
手抜きをしてしまい恐縮ですが、全て調べることが困難だと判断し、論を進めることとします。

ブランド鱒は食用に限らず

ギンヒカリのサイトを見ていたところ、「ハコスチ」なる品種もいると言うことに気づきました。
以下、サイトから引用します。

ハコスチ
釣り人の多くは「引きが強い魚」「姿形が美しい魚」を求めていました。そんな釣り人のニーズを受けて、釣り対象として特化したニジマスが「ハコスチ」 野性味が強いスチールヘッド系ニジマスと群馬県のみが保有する飼育しやすい箱島系ニジマスを交配。スチールヘッド系の特徴を引き継ぎ、釣り人の欲求を満たす引きの強さと箱島系の姿形の美しさを併せ持っています。

群馬県養鱒漁業協同組合
https://gunmasu.com/hakosuchi/

これまではブランド鱒は食用としての良さを追求して作られたものだという認識でしたが、ハコスチはなんと釣り用の品種だということです。
釣り用というと、練馬サーモンを思い出しますが、あちらは練馬で養殖したものではなく、巨大な虹鱒を豊島園の釣り堀に放流しただけのものですので、ブランド鱒の枠には入りません。
しかしハコスチは釣りの対象として、釣り人の求める要素「引きが強い」「姿形が美しい」を追求して、降海型虹鱒(これについては後述します。)と群馬特有の箱島系虹鱒を交配しているということで、養殖過程に独自性、地域性もあります。
どうやら認識を改めなければありません。
ブランド虹鱒には食用のものもいれば、釣り用のもの、また、これは確認できていませんが観賞用もいるかもしれません。

ブランド鱒の名称について

さて、練馬サーモンの件は少々悲しいですが、他にもブランド鱒はたくさんいます。気を取り直して、それぞれの名前を見てみましょう。 名付け方を大まかに分類すると「〇〇サーモン」型と「〇〇鱒(ます、マス)」型、そしてそのどちらにも分類されない異端型に分けることができます。

ギンヒカリは異端型ですね。名前の由来は、群馬県のウェブサイト(https://www.pref.gunma.jp/06/f2210001.html)を見ても特に記載がありませんが、銀色に光り輝く魚体からそう名付けたのかと推察します。商品名だけを聞いても、決して魚のことだとは理解できない名称ですが、「〇〇サーモン」型は数が多すぎて、いくら地名を頭にくっつけたとして無個性に感じます。私は、ギンヒカリをいい名前だと思います。(ブランド米か何かか?と思ったのは秘密です。)

また、富士宮の「紅富士(あかふじ)」も同じく異端型です。こちらはブランド誕生から命名理由までの詳細がウェブ上にありました。 以下、「富士養鱒場だより 第221号」から引用します。

(前略)
新名称には、富士宮産の大型ニジマスのブラ ンド化であったことから、富士宮市民の誇りであり、世界文化遺産に登録されたばかりの“富士山”の名称は外せないだろとの意見が多く出 されました。その他のキーワードとしては、咲耶姫(さくやひめ)、湧水、大型、ニジマス、サ ーモンなどが挙がりました。これらについて、 食材としての PR も兼ねて、ふじのくに食の仕事人や料理人による投票を行い、意見を集約しました。この中で、意見が大きく分かれたのが、 “サーモン”でした。結論として、トップブラ ンドが湧幻鱒で“鱒”の字が当てられていたこと、他県のスペシャルトラウトの名称に“サー モン”が多く使われていたことを理由に、サー モンとは決別しました。 以上のような過程を経て、新名称は図 2 ※1のとおりに決定しました。
ここで、“大々”としたの は、巨大な鱒を意味しています。また、真冬の朝夕に雪が積もった斜面が光で照らされ鮮やかな紅色に染まった状態の富士山のことを“紅富士(あかふじ)”と呼びますが、これになぞり身色や体側、鰓蓋などの紅さを表現しました。

※1、図2は引用元のリンクを貼りますのでそこで見てください。
https://fish-exp.pref.shizuoka.jp/fuji/0003/pdf/youson221.pdf

「紅富士」も個性があり、地域性も良く表現しているいい名前です。

そして、同じく富士宮の「湧幻鱒」もとても素晴らしい名前です。こちらは「〇〇鱒」型の名前です。
富士で「湧」くと言えば、忍野八海に代表される湧水のことかと想像できます。「幻」は稀少という意味合いで採用したのでしょう。
また「湧幻(ゆうげん)」の二文字は「幽玄」と同じ音で、これも霧に沈む幽玄な湧水池を想起できます。
実際の由来は、
「湧」は富士の豊富な湧水で育てられていること意味する。
「幻」は非常に希少価値の高い商品であることを意味する。
「鱒」サーモンの代替品ではない「にじます」であることを意味する。
ということのようです。※2
特に気に入ったのは、「鱒」という字を採用した理由です。虹鱒なんだから鱒と名付けるのは当然と言えば当然ですが、昨今は業平橋駅が東京スカイツリー駅になったり、合併によって歴史ある町名がなんの意味もなさない平仮名・片仮名の単語にすげ替えられたりと、「分かりやすさ」を重視するという名目でむしろ何が何だか分からなくなってしまった命名が跋扈しています。
後述しますが、「〇〇サーモン」型の名前は、自信を持って育てたはずの虹鱒をサーモンだと偽り、鱒そのものの価値を貶めるものだとも言えます。
鱒は鮭に劣る魚種だから、サーモンを名前に採用して、ちょっとでも良く見せてやろうという魂胆でもあるのでしょうか。
そんな中、きちんとした意味を持ち、かつ育てた虹鱒に誇りを持った、「湧幻鱒」の命名は素晴らしいの一言に尽きます。

鱒とサーモン(鮭)は同じもの?

ギンヒカリと紅富士がかっこいい名前だと言うことは分かります。湧幻鱒の魅力も先に述べた通りです。
ただ、「〇〇サーモン」型の名前。これには疑問を抱かずにはいられません。いくら品種改良をしているとは言えども、ベースはあくまで虹鱒、あるいはその他の鱒であるはずです。にもかかわらずサーモンと名乗るとは一体どう言うことでしょうか。

しかしながら、こうした疑問を抱きつつも、よくよく考えてみると何を持って鮭と鱒を区別するのか、はっきりとした答えが出てきません。
私は、鱒は「川や湖で一生を過ごす種あるいは個体」、鮭は「川で生まれて海に降り、成熟したのちに遡上する種あるいは個体」だと考えています。大半の人もそのような認識なのではないかと思います。
しかし、幼少期に図鑑から得た知識がその考えを否定します。
鱒は同一の種であっても、生まれた川で生涯を過ごす(陸封型)か、あるいは鮭と同じように一旦海に降ってから遡上する(降海型)かで大きく姿が変わる魚です。例えば、山女魚の降海型は桜鱒と呼ばれますが、パーマークと呼ばれる斑点模様は消え、同一種であるはずが似ても似つきません。むしろ鮭と瓜二つです。山女魚以外にも、海に降り、大きく姿を変えて戻ってくる種に、甘子-皐月鱒がいます。
桜鱒、皐月鱒は鮭と同じ行動形態を取るにもかかわらず、なぜか「鱒」です。鮭か鱒かを分別する要素として陸封型か降海型かということほど重要なものはないと思ったのですが、それだけでは説明しきれません。

ここまで考えても結論らしきものが全く見えなかったので、素直に自分の無知を恥じつつウェブ検索をします。

鮭と鱒の違い

検索に引っかかったのは株式会社週刊つりニュースが運営している「TSURINEWS」内の、藤崎信也氏が執筆した「魚名と魚種は全くの別物!サケとマスの違いを徹底解説」という記事です。鮭と鱒に関することが全8編に渡って書かれたうちの第1編です。以下に引用します。

本来、日本で降海するのは、シロザケとサクラマス(サツキマスは亜種)の2種のみだった。昔はサケとマスの2つの呼び名があればよかったのだ。
ところが、蝦夷地開拓に伴いカラフトマス、遠洋漁業の発展に伴いベニマス、ギンマス、マスノスケと魚種が増えた。当時は、シロザケをサケ、それ以外は前述のように修飾を付けて〇〇マスと呼んだ。ところが、サケの商品価値が高いことから、いつしかベニザケ、ギンザケとサケを付けて呼ぶようになる。サケとマスの定義が曖昧になった瞬間だ。

魚名と魚種は全くの別物!サケとマスの違いを徹底解説
https://tsurinews.jp/32973/

元は白鮭が単に「鮭」、桜鱒が単に「鱒」と呼ばれていたが、新たに鮭・鱒に類する魚種の名前を決める必要が出てきて、「〇〇鱒」と呼ぶ魚が増えた。さらにその〇〇鱒の商品価値を高めるために〇〇鮭と呼び替えたということでした。

また、もう一つ衝撃の事実が発覚しました。

北極海を経由して北太平洋に進出したものがオンコリンクス属へと進化した。それが、カットスロート(アメリカ西部に古くからいる魚)やニジマスだ。
それらが、古日本海に進出してサクラマスが発生、ギンザケ、マスノスケが分化。ベニザケ、カラフトマス、シロザケへと進化していったと考えられている。

サケ科魚類の起源を考察してみる 元々は海水魚?淡水魚?
https://tsurinews.jp/34848/

引用文中の「オンコリンクス属」とは、サケ目サケ科内の11ある属の一つです。虹鱒や桜鱒、皐月鱒、樺太鱒、紅鮭、銀鮭、鱒の介といった日本でも馴染みのある鮭・鱒が含まれます。(なお、サケ科の他の属にも、一般に鮭・サーモンと言われる種は存在します。サルモ属のアトランティックサーモンなどがそうです。)
それにしても、虹鱒とオンコリンクス属の鮭との間に違いがあるどころか、虹鱒はオンコリンクス属の鮭・鱒の先祖であるというのには驚きです。
これにより、鮭と鱒は名前が異なるだけで生物学的にはサケ目サケ科の、ある種仲間たちということが理解できました。

確たる違いがないと言えども

しかし、虹鱒はあくまで虹鱒です。いくら巨大に育てて、姿形が鮭に酷似したとしても、そして生物学上、鮭と呼ばれる種とどれほど近縁であったとしても、一般に「鱒」と呼ばれる種であれば、ブランド名に「サーモン」を採用することには抵抗があるはずです。
やはり鱒の価値を貶める行為と言って良いでしょう。

サーモントラウト!?

鮭・鱒が生物学的には近縁だが、ブランド鱒の名前が商品名である以上、一般認識と乖離した「〇〇サーモン」という名前を付けるべきでないと結論付けることができたと思いきや、大混乱を引き起こすような意味不明の名称を発見してしまいました。
その名も「サーモントラウト」。
皆さん、どうでしょうか。
一見しただけで、この魚の正体を判断できるでしょうか?
私には無理です。

また、サーモンとトラウトを逆にした「トラウトサーモン」という名もあり、これはサーモントラウトと同じものを指すとのことでした。全く意味がわかりません。
いろいろ調べたところ、ドナルドソン品種の虹鱒と降海型の虹鱒(「スチールヘッド」という。)を掛け合わせ、海上で養殖したものということなので、種としては完全に虹鱒です。
推測になりますが、鮭のように海上で養殖した虹鱒を、商業価値を高めるために、「サーモン」を名前にどうしても入れたかったのでしょう。
しかし、元々虹鱒は陸封型、降海型どちらの生態もとる魚ですので、上記「鮭のように海上で」というのは、正しくは「元の虹鱒の生態通りに海上で」となりますよね。もう頭が混乱してきました。

水産関係者の認識?

ここまでの調べで一つの推測が浮かびます。
どうやら、〇〇サーモン型のブランド鱒、またはサーモントラウトを養殖をしている水産業者は、海上で養殖した鱒、または淡水養殖であっても降海型と同程度まで大きく育てた鱒を「サーモン」型と認識しているということです。
「サーモントラウト」に関しては、海上養殖なのでサーモン型という認識。
ブランド鱒に見られる「〇〇サーモン」は、淡水養殖のものが多いが、非常に巨大なのでサーモン型であると認識。
ということになります。

サーモントラウトの養殖業者は、良心の呵責があったのでしょうか。
業者の認識ではサーモン型であるにも関わらず、名前に鱒の要素を含んでいます。
しかし、〇〇サーモン型ブランド鱒の養殖業者は、「ええい、ままよ!」の精神で商品名から完全に鱒の要素を取り払っています。
しかし、だからと言って、サーモントラウトは〇〇サーモン型のブランド鱒よりまだマシとは言えません。ややこしすぎるからです。

名前についての結論

大分長くなりましたが、名前についての結論はこうです。
・「鮭」と「鱒」は生物学的には近縁であり、両者を呼び分けは生物学の分類に基づくものではない。
・どうやら一部の水産関係者の認識では、海上養殖の鱒、または淡水養殖であっても、降海型と同程度に大きく育てた鱒を「サーモン型」と認識しているようである。

しかし、一つだけ疑問を残したままにしようと思います。
虹鱒のブランド名に片仮名の「サーモン」を使う業者がいるのに、漢字の「鮭」を使う業者が全然いないのはなぜでしょうか?
皆まで言いませんが本当に謎ですね。

ブランド鱒の育て方

ブランド鱒の命名に関して長々と語ってしまいました。
ちょっと思うところがあり、白熱した次第です。
ここからはブランド鱒がどのように育てられているかを紹介します。
まず虹鱒の品種改良において、どのような技術が使われているのかを説明ししたのち、各地ブランド鱒の具体例を挙げます。

品種改良方法

品種改良で作られた鱒は主に「選抜育成種」と「バイオテクノロジー種」、「人工交雑種」の3つがあります。

「選抜育成種」は「その種には通常見られない特徴を持つ個体を掛け合わせることで、累代した個体にもその特徴を固定化し、血統とした種」です。
「この種にしては目が大きく、くりくりした個体がオスメス1匹ずついたから繁殖させたら、子世代、孫世代にわたって、みんな目が大きく、くりくりとしていた。」というようなことです。

「バイオテクノロジー種」は、生物学的技術を用いた種ということでしょうか?ただ、これだけだとなんのことか全く分かりませんので、大人しく藤崎氏の記事から引用します。

バイオテクノロジー種
バイオテクノロジー種は、水温や圧力を操作することにより、受精卵の減数分裂を抑制し、全雌三倍体と呼ばれる個体を作り出す。受精卵に加圧処理または加温することで、Yが絡まないXXの個体(雌性発生二倍体)が生まれる。このXXの個体を温度処理などにより性転換させ、XXを持つ雄を作ることができる(魚類は、自然界では多くの種が普通に性転換しており、珍しいことではない)。この雄(XX)と通常の雌(XX)を通常交配させると、全雌二倍体(XX)が発生し、この受精卵を温度処理することにより全雌三倍体(XXX)を作り出すことができるのである。

ニジマスの品種改良と見分け方について 実は種類たくさん(第6回)
https://tsurinews.jp/38102/

これを見る限り、「意図的に染色体異常を起こした種」ということになります。
また、「全雌三倍体」という単語が謎です。
染色体数が一つ多い(通常はXXのところ、XXXの組み合わせを持つ)個体のようですが、「この受精卵を温度処理することにより全雌三倍体(XXX)を作り出すことができるのである。」とあるからには、全雌三倍体には何かしらの利点があるのでしょう。それも同記事から引用します。

全雌三倍体について
全雌三倍体は性成熟しないため、成長が早く肉質が安定している。病気に強い一方、酸素欠乏には弱勢なため、釣りの対象としては引きが弱いとされている。染色体異常の状態ではあるが、遺伝子組換種ではないことを追記しておく。

ニジマスの品種改良と見分け方について 実は種類たくさん(第6回)
https://tsurinews.jp/38102/

全雌三倍体は、「染色体に異常をきたしていて、性成熟をすることがないため、性成熟後の肉質の低下がない。また、本来なら精巣・卵巣を発達させるためのエネルギーを成長に使えるため、成長速度が速い。」ようです。
食用にするには、これ以上ないほどの好条件に思えます。
また、一見すると繁殖不可能なため、血統にはなり得ないように思えますが違います。
三倍体処理は受精卵の段階で行うので、全受精卵のうちの半分は出荷用に三倍体処理、もう半分は繁殖用に二倍体のままということも可能です。
三倍体であるかどうかは、血統の問題ではなく、処理を施すかどうかの問題なので、どの種も三倍体になり得ます。


次に「人工交雑種」とは、「異なる種を人工的に交雑させた種」です。
サケ目サケ科で同じ属内であれば、自然下でも交雑は起こります。このために、放流虹鱒と固有種の交雑が、自然環境を汚染すると問題になっていますね。
しかし、人工的に交雑を行うとなると、もはや属が異なる種の掛け合わせも可能なようです。
また、人工交雑種が自然下に逃げ出した場合の環境汚染を防止する意味でも、人工交雑種は全雌三倍体処理を施されているものが多いようです。

以上の3種が主なものですが、それぞれの技術を複合的に使用するということもあります。

ここからは上記の知識を前提とし、どのような品種改良・養殖が行われているのかをブランド鱒の具体例を挙げながら紹介していきます

ギンヒカリの場合

私が最初に出会ったブランド鱒「ギンヒカリ」から紹介します。
ギンヒカリは、群馬県の水産試験場「川場センター」が性成熟の遅い個体を掛け合わせて作った選抜育成種です。
川場センターの養殖虹鱒は通常、2歳で性成熟を迎えて繁殖をするようですが、中には3歳で遅めの性成熟を迎える個体がいたようです。虹鱒は産卵を終えた後は、肉質・風味が落ちてしまい、出荷には適さないとのことなので、通常個体であれば2歳になる前の小さいうちに出荷します。
しかし、性成熟が遅い個体同士を掛け合わせることで、この特徴をほぼ固定化し、出荷するまでに通常よりも大きく育てられるようになりました。
この系統を、群馬の清流で育てることで、ブランド鱒「ギンヒカリ」としたです。※3

絹姫サーモンの場合

絹姫サーモンは愛知のブランド鱒です。協会資料ではスペシャル・トラウトの元祖とされています。
絹姫サーモンは、ニジアマ型、ニジイワ型の2種がいるようで、それぞれ虹鱒(ホウライマス)×アマゴ、虹鱒(ホウライマス)×岩魚の人工交雑をしています。
このホウライマスというのも愛知のブランド鱒です。通常見られる斑点模様がない個体を選抜育成した種で、見た目に美しく、美味であるようですが、病害に弱いということで、アマゴ、岩魚と交雑し、欠点を補ったということです。
また、絹姫サーモンは三倍体処理をしていますので、選抜育成、人工交雑、バイオテクノロジーを複合的に使用しています。

海峡サーモンの場合

次は青森県の海峡サーモンです。
青森は海の資源が豊富なのになぜ虹鱒をわざわざ育てるのかと少し疑問に感じました。しかし、養殖過程を見ると、なるほどと言わざるを得ません。

海峡サーモンは降海することもある虹鱒の特性を利用し、最初に淡水で幼魚を育てたのち、徐々に海水に慣らす馴致(じゅんち)作業を経てから、海上生簀に移して育てるのです。それも湾内ではなく、沖合から3キロの地点に水深25メートルの生簀があるというから驚きです。
生涯淡水で育つ他の鱒と違い、人為的に海水に移されることで、疑似的な降海型虹鱒に育ちます。
既存の選抜育成種「ドナルドソン」の幼魚から海水馴致に耐えうる個体を選別し、養殖してます。

最終結論


さて、ここまで調べてきて得られた情報から「各地のブランド鱒」の正体を結論づけます。
「各地のブランド鱒」と呼ぶには、下記の要素を満たす必要があります。

・サケ目サケ科の魚類のうち、一般に鱒と認識されている種、及びそれらを交雑した種であること
・品種改良、または養殖過程においての独自性、及び地域性を有すること
・地域の特産品として売り出されていること

鱒を対象としているので、サケ目サケ科の魚類というのは当然です。すぐには浮かびませんがサケ目サケ科でないのに「〇〇鱒」と呼ばれている魚種もきっといることでしょう。そういった例外が混じることを防げます。

また、当初は養殖過程のみを考慮していましたが、品種改良も重要ですので定義に組み込む必要があります。ただ、品種改良は必ずしも必須ではありません。海峡サーモンのように既存品種のドナルドソン種を青森県の外海生簀で養殖するというのは、品種改良なしでも養殖過程に独自性・地域性があれば、ブランド鱒と呼べる良い例です。(正確には海峡サーモンはドナルドソン種の中から、海水馴致に耐えうる個体を選抜育成したものです。)

そして、「ブランド」というからには、その独自性をもとに売り出されていなければなりませんので、それも要素としました。

上記3つの要素をもとに、定義すれば、
品種改良、または養殖過程において、独自性及び地域性があり、地域の特産品として商品化した、一般に鱒と認識されている、またはそれらを交雑したサケ目サケ科の魚類
となります。最後の「〜〜の魚類」の部分を単に「鱒」と置き換えた方がかな〜り分かりやすくなりますが、生物分類学的に「鮭」「鱒」を呼び分ける根拠は無いということなのでどうかご勘弁ください。

最後に名称についてです。
本文中では「ブランド鱒」と呼んできましたが、これでは「地域性がある」というのを含意していませんので、一見するとドナルドソン種なども該当するように思えてしまいます。

また、重要なことですが、その地域でのみ漁獲できる、特別な特徴を持つ鱒というのもいるはずです。なぜここまで書いてきてこの視点がすっぽり抜け落ちているのか分かりません。自分の視野の狭さに気づきました。
ともかく、この天然物の地域特産鱒と区別するためにも名称を変更します。

上記の点を考慮した結果、「地域特産養殖ブランド鱒」と改めたいと思います。
協会の「地域特産ブランド魚」と似ていますが、天然物と養殖物を区別した点が違います。
以上が「ブランド鱒」改め「地域特産養殖ブランド鱒」の正体です。
なんだか長い上に、「養殖」には「天然」に劣るという認識を多くの人が持っているかと思いますが、要素を過不足なく詰めるとこうなってしまいます。
妙案がある方はお知らせください。

まとめ

大変長くなりましたが、論を閉めます。
思えばギンヒカリと練馬サーモンについて、ふと、本当にふと感じた疑問がこの記事を作成するきっかけとなりました。

自分なりにブランド鱒とは何かを定めて、そもそも鮭と鱒の違いとは何かとか、なんでこんな名付け方なのかとか、様々な疑問が浮かびその度にウェブで調べまくり、結論づけるという過程は非常に楽しいものでした。
記事を作成する最中に浮かんだ疑問を一つ一つ解消することで、知識を獲得する喜びを再発見できた気がします。

また、これまであまり目にしていなかったブランド虹鱒を食してみたいという気も起きています。散々、刺身やムニエルの画像を見たのだから当然ですね笑
ここでは特定の地域特産ブランド鱒を購入できるお店については紹介しませんが、おそらく物産展やアンテナショップなどには売っているかもしれません。今後はそういうお店を積極的に覗いて、鱒が売ってないか探してみます。実食する機会があれば、短い記事を立てるかもしれません。

これで本論は終わりですが、多くの養鱒業者が丹精込めて鱒を育てています。皆さんも鱒を見つける機会があれば、ぜひ食べてみてください。

参考文献・ウェブサイト

バイテク魚の養殖 特性に関する研究
https://www.pref.yamanashi.jp/suisan-gjt/documents/hyouka_kadai_h20-1.pdf

富士養鱒場だより 第213号
https://fish-exp.pref.shizuoka.jp/fuji/0003/pdf/youson213.pdf

ギンヒカリ パンフレット
https://gunmasu.com/wp-content/uploads/2021/01/ginhikari.pdf

株式会社北彩屋 海峡サーモン紹介ページ
https://www.kaikyou.com/salmon.html

サケ&マスの人工交雑8種 異種による交配=交雑について(第7回)
https://tsurinews.jp/38988/

ニジマスの品種改良と見分け方について 実は種類たくさん(第6回)
https://tsurinews.jp/38102/

分類学上サケとマスは同じ 日本で見られる4属を徹底解説(2/8)
https://tsurinews.jp/33600/

魚名と魚種は全くの別物!サケとマスの違いを徹底解説(1/8)
https://tsurinews.jp/32973/

ぼうずこんにゃくの市場魚介類図鑑
https://www.zukan-bouz.com/

さけ・ます資源管理センターニュース no.12
http://salmon.fra.affrc.go.jp/kankobutu/salmon/salmon12_p09-10.pdf

PRIDE FISH
https://www.pride-fish.jp/JPF/pref/detail.php?pk=1449220629



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