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性と生を考える仲間との出会い①「マイノリティ」である自分自身に向き合う

このnoteでは、女の子として生まれ、「ちいちゃん」と呼ばれて育ってきたかつての自分。男性として生き、「たっくん」と呼ばれ、福祉の専門家として働いている今の自分。LGBTQ当事者として、福祉の現場に立つ者として、「生」「性」そして「私らしさ」について思いを綴ります。(自己紹介はこちら)
ここでは、「性」という問題を人権の視点で考える会合に初めて足を運んだときのこと、私自身が自分の言葉で「性」の問題を講演会などで語り始めるようになったこと、そして、ただ私が一方的に語るだけではなく、1人ひとりが「自分らしさ」について性と生から考える「対話型講演会」を始めるに至るまでのことをお話しします。

27歳になった頃、性的マイノリティの当事者など様々な人が集まり、性と生について考える会合に足を運びました。今から13年ほど前のことです。女性として生まれ、育ち、しかし自分の心が男性であることに気づき、悩み、苦しみながら、性別適合手術を目標に、男性ホルモンの注射を始めたころでした。

中学、高校と進んで、身体と心の性の違和感に気づいたころから、そして、自分の恋愛の対象が男性ではなく女性だと気づいたころから、それまでおよそ10年間、性的マイノリティの当事者が参加する会合などには参加したことはありませんでした。

理由は、性的マイノリティの当事者と積極的にかかわろうという気持ちがなかった、性的マイノリティのコミュニティーに参加しようと思わなかったからです。

それまでの私は、女性として生まれたのに心の中は男性である自分、女性の身体を持っているのに女性を好きになる自分を悪い存在、許されない存在だと心のどこかで考えていました。自分で自分を否定していたのです。もちろん、今思えば、とてもつらく、悲しいことです。

ほかの人と違う存在ではありたくない、普通ではないことを認めたくない。そういう気持ちがずっとありました。

だから、当事者の集まりに対しても、社会からはみ出した人が集まる場であり、足を運びたくないと考えていました。自分も当事者なのに、ほかの当事者を差別していたのです。

しかし、専門医の診断を受け始め、男性ホルモンの注射もスタートし、性別適合手術も考え始めるようになると、自分自身の現実をしっかり受け止めようという気持ちになってきました。そして、当事者が参加する場に行けば、自分と同じような人に会うことができ、いろんな話が聞けるはずだと考えたのです。治療を始めたばかりの男性ホルモンに対する不安もありましたから、とにかく経験者の話を聞きたかったのです。

「マイノリティ」なのだから情報が少ないのは当たり前。当事者と出会える可能性のある集まりがあるのならすぐに行けばいいのに……そう思う人もいるかもしれません。でも、自分自身がマイノリティであることを認めることは、私にとっては決して簡単なことではなかったのです。

ともかく、知人が「性的マイノリティの人も参加するかもしれない」と教えてくれた集まりに初めて参加する日が来ました。性的マイノリティといってもいったいどんな人が、何人来るのか、ほかにはどんな人が参加するのか、そもそもどんな雰囲気の集まりなのか、全くイメージできませんから、とてもとても緊張して、会場のドアを開きました。

その集まりを通して、私は、性の問題は人権問題であること、つまり性の問題は生そのものの問題であることを学ぶことになります。それについては、次回2月1日の投稿でお話しします。

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