見出し画像

彼女のカミングアウト

夜の公園。僕はブランコに座っている彼女を見ながら、
「好きです。僕と付き合って欲しい」
僕は精一杯の思いを彼女にぶつけた。

彼女は少し僕を見て驚き、それまでの笑顔が消えた。
そして、黙ってしまった。
僕に視線を合わそうとしない彼女は、とても悲しそうな顔をしている。

彼女は、僕に視線を合わすことなく、
「ごめん、他に好きな人居るんよ」
そう言って、僕の想いを断ち切った。

「そっか。そうだと思ってた」
僕の恋の花は、今回も咲かずに散ってしまったようだ。
どこかのサウナの歌のように恋の花は簡単には咲かないのだ。

二人でしばらく黙っていた後、彼女は沈黙を破る。
「私もな、今日は正直に言おうと思うわ」
僕は悔しい気持ちや悲しい気持ち、押し寄せてくる感情の波に気持ちの整理がつかず、
「うん」としか言えなかった。

「ここまで男の人を意識したのは初めてやったし、とても迷ったんよ」
「うん」
「でも、その人が好きな気持ちが強いから今はあかんねん」
「そっか」
「今までたくさん話をしていい人だと思ったし、ちゃんとしてる人だから、今日私からきちんと話したいなと思う」
こう言われて、僕は返す言葉が出なくなっていた。
そして、彼女も少し黙り込んでしまった。

僕は必死の思いで言葉を探し、ようやく見つけた言葉を振り絞る。
「たくさん考えてくれたんだね。ありがとう」

ここまで話を言ってくれる子で良かったと、僕は心から思った。
ただそう思いながらも、未だに自分の気持ちが整理できずにいた。

しばらくすると、彼女がブランコから立ち上がって、話を続けようとする。
ようやく僕の方を見た彼女は、
「今から話するけど、びっくりせんといてな」
「うん。きっと大丈夫だと思う」
「ほんまに?」
「うん。ほんまやで」
もう振られているし、僕は彼女の話を全て聞こうと思っていた。

そう言うと、彼女は何かを決意したかのような眼で、再び僕を見る。

「私な、好きな人が女の子やねん」

今言われた言葉を、僕はすぐに飲み込むことが出来なかった。

「えっ?」
僕は反応するのが精一杯だ。
「びっくりするやろ?女の子が好きやの」
「そうなん?それって?」
「うん。そういうこと。私ね、女の子しか好きになれんねん」

僕の心は、もう訳がわらからなくなっていた。
とにかく、ものすごく戸惑っていた。
そんな僕に彼女は構わず話を続ける。
「どこかでちゃんと話をしようと思ってた。でも、言い出せなかった。ごめん」

僕は明らかに心が整わずに揺らいでいた。
なかなか視線を彼女に合わせることが出来ない。
でも、自分の感情を整理するよりも、彼女の勇気を称える気持ちが強くなった。
僕は彼女を見て、
「いや、ちゃんと言ってくれてありがとう」
そう言うのが精一杯だった。
僕を見ていた彼女は、話を進める。

「正直言うと、今までは先に告白してきそうな人には先に断っててん。男子から告白されてもすぐに断ったわ。会いたくもないし、男子と一緒にいるだけで私嫌やから」
「そうやったんか」
僕が相槌を打ちながら伝えると、彼女はさらに話を続ける。

「でもな、今回初めて真剣に考えてん」
ちょっと意外な言葉に、僕は思わず
「なんで?」と聞き返してしまう。
「うーん、あまり男子の匂いがせんかったからかも?」
「そうなん?」
僕自身、男子の香りがあまりしないと良く言われるのだが、この子もそれを感じていたらしい。
「うん。しんかった」
彼女はあまり間髪を入れずに返事をした。

「他にも理由あるやろ?」
僕が聞くと、彼女は
「だって、ちゃんと話を聞いてくれるやん。だから良かってん」
そう言った彼女の声は、まだ上ずっている。
「まあ、話は聞くがな」
そういった僕に、少しだけ足を向けた彼女は、
「会話をしてて、あんまり抵抗なかってん。こんなこと初めてやから戸惑ってた」
そう言って、さらに話を続ける。
「びっくりしてるんよ。今までやったら、会話しながら緊張したり嫌な気持ちになったりすることが多いけど、あまりならへんの」

この話を聞いて、僕は彼女はきっと、友達感覚で話をしてたんだなと言うのはその時何となく理解ができた。

「じゃあ、どうして話そうかなって思ったの?」
僕は核心に迫ろうとした。
そうすると、彼女は少し黙ってしまった。
そして、少し声を小さくして呟くように僕に言った。

「初めて好きになれそうな男の子やったから」
「え?」
「だから、初めて男の人好きになりそうやったの」

ここから男子が押すのも、恋愛のテクニックの一つだったりするのだが、僕がそのようなテクニックを持ち合わせている訳でもなく、
「そうやったんか」
としか、答えることができなかった。

「私も今までで一番考えた。でもやっぱり好きな人を好きっていう気持ちを失いたくないなって思ったんよ」
彼女の言葉を聞いて、僕は自分の気持ちよりも、彼女のことを考えるようになった。
しばらく二人黙っていたが、僕が口を開く。

「僕もそうだと思う。わからんけど、自分の気持ちに嘘つくのはあかんと思う」
「うん」
「気持ちに嘘ついて付き合って欲しいとは思わん。だからそれでいいと思う」
「うん」

そして、僕は素直に自分が思っていることを伝えた。
「正直今もびっくりしてるけど、人ってさ。どんな人を好きになっても構わないって僕は思ってるから」

彼女を見ると、彼女の眼には涙が浮かんでいた。
しばらく黙った後に彼女は、
「もう、やさしいから困るねん」
そう言って横を向いて、しくしくと泣き出した。

泣き出した彼女に、僕はどのように慰めたら良いのかわからなかった。手をつなぐのも嫌がられるし、ましてや触られるのも嫌なのだ。
でも、この時ばかりは傍に居て、頭をなでてあげる事しかできなかった。
「ありがとう、大丈夫やから」
彼女は泣きながらも僕の手を振りほどいたりすることなく、僕に頭をなでられていた。
そして自分の思いをシンプルに伝えた。
「だから、自分の思うようにして欲しい」
それを聞いた彼女はひとこと、僕の方を見ながら
「ありがとう」と涙声で答えた。

彼女が泣き止むのを待って、しばらく黙っていると、彼女がポツンと言葉を発した。
「私って変かな?」
「なんで?」
「女の子しか好きになれへんから」

少し考えて、僕は話す。
「人それぞれの形があるからいいんと違うかな?そう思うよ」
それを聞いた彼女は、少し大きな息をしてから、
「そっか。そう言うてくれる人がいたら嬉しい」
そう言って、少しだけ笑ったように見えた。

今の言葉はきっと、彼女の心からの言葉だろう。
そう思った僕は、ずっと前から思っていた考えを口に出した。
今まで歩いてきた道を振り返っても、今までこんな話を人にしたことがなかった。でも、自分はずっとそう思っていた事だった。

「きっと、これまでも否定されてきたかも知れないし、自分で自信を持てなかったかも知れない。でもいつか、同性の人を好きになっても個性だから構わないよ、とか、大丈夫だよって言ってくれる社会になってくると思う」
「うん」
「それはすぐではないかも知れない。でも、そんな世の中がきっと来る。だから、今まで通り自分を表現したらいいと思うよ」

そう言ったら彼女は、僕が見たことのないような顔で嗚咽した。
きっと、苦しかったんだろうと思う。
僕が想像できないような苦しさだったんだろう。

そんな彼女が、少し落ち着くまで黙っていようと考えた。
すると、泣きながら彼女は、
「私のこと、ちゃんと言える人で良かった」
そう言って、涙を拭いていた。

僕も彼女が泣き止むのを待ち、しばらく間を置いてから、自分の状況を思い出したかのように
「僕も前を向かんとね。振られたし」
と彼女にポツリと話す。

鼻をすすりながら、彼女は
「こんなに話をしてくれたんだから、紹介するわ。私のお友達を」
「ありがとう。また楽しく会いたいよ」
「うん。そう言って貰えると嬉しい」
彼女は腫らした目をしながら、少しだけ笑って見せた。

「本当はもっと友達で居たかったな」
これが彼女の本音だったんだろう。そんな言葉に、僕は頷きながらも、
「でも、僕はそれ以上がいいと思ったから告白したんよ」
「ごめんなさい。やっぱりできひんわ」
彼女はそう言って、僕も頷いた。

「答えがそれやし、好きな人を大事にするんやで」
僕は彼女に、少しだけ強がった言葉をかけた。
そう言うと、目を赤く腫らした彼女は
「また泣かせるん?この可愛い女の子を泣かせてどないするん?」
「自分で言うんか?」
「えー」
僕にも、彼女にも、少しだけ笑顔が戻った。

辺りは少し肌寒くなってきた。
二人の言葉数も少なくなり、何となく話が終わったと思っていると、
「ねぇ、帰ろっか」
と彼女は言ってきた。
僕も「せやね」と返すと、彼女は
「じゃあ、また連絡してな。友達として」
こう言われると、少し切ない気持ちになった。
でも、また彼女とは何となく会う気がしたので、
僕は「そうする」と答えた。

そして、彼女は僕に手を差し出した。差しだそうとした手は、少し震えていたように見えた。
初めて握った彼女の手は、とても小さくてか細くて、冷たい手をしていた。

暗い空を見上げると、満月が顔をのぞかせていた。
僕は満月に気付き、
「あっ、満月だ」
と指さすと、
「ほんまや」
と彼女は言って、二人で満月を見た。
きっとお互いに、忘れられない満月になるとは知らずに。

二人でしばらく歩いて、別れの時が来た。
僕はいつまでも握っていたい彼女の手を離して、二人向かい合った。

「じゃあ、ここで解散やね。僕は月に向かって帰るわ」
「何それ?」

そう言って、最後に彼女は笑った。
僕を夢中にさせた笑顔で。

この記事が参加している募集

忘れられない恋物語

最後まで読んで下さり、ありがとうございます! スキやフォロー、サポートをして下さると嬉しいです。 毎日更新の励みになります!