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【小説】【童話】の記事

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小説・童話の記事をまとめました。
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#ショートストーリー

【童話】緑のない色えんぴつ

 二十年ほど昔、五月をむかえても肌寒い年がありました。ゴールデンウイークにそぐわない雨がふり、都会のマンションで暮らすアキラくんは、家の中でお絵かきをしていました。 「ねえ、緑の色えんぴつ知らない?」 「知らなーい」  つみ木遊びをしている弟のタカシくんは、そっぽをむいて答えました。 「昨日使ってたでしょ」 「その時はあったもん」  すると、アキラくんはつみ木遊びのじゃまをして、せっかくできた小さなお城をこわしてしまいました。 「お母さん! お兄ちゃんがいじめる!」 「悪いの

【小説】退紅 -ARAZOME-

 康明は疲れ果てた。新鮮味のない日常をただ生きることに。  見栄えの良い会社に就職して、安定的な収入と妻子を得たことで、この先の人生を凡そ予測していた。無論、それは思い込みに過ぎず、明日一体何が起こるか誰も知り得ないが、彼の考えによると、不測の事態とは、主に不運や不幸などである。要するに、今後の人生とは、予測した未来の減点方式であり、仮に思いもよらない幸運があったとしても、積み重ねた減点分を相殺するに至らない。  解決の“未知”は、手に入れたすべてを捨て去ることで開かれる。

【童話】かくれんぼ日和

 ひにけに寒さがゆるんで、流れる川の水がいきおいを増すと、雪に閉ざされた国は春をむかえます。それはきびしい冬をのりこえた分だけ美しく、まるで神様からのごほうびのようです。  晴れた朝はすがすがしく、小鳥のさえずりが青空に飛びかいます。風は光をはこびます。ひさかたぶりに顔を出した土の上には、フキノトウが芽吹いています。花はスイセン、スミレ、フクジュソウと、どれもおしとやかに笑っています。天気の悪い日はしっとりと、絹のようなやさしい雨がふります。  そうして、春の深まりとともに、

【小説】愛のスイートピー

 私はこの手紙を書くにあたり、あえてスイートピーの挿絵の入った便箋を選びました。薄紅色のスイートピーには、繊細という花言葉があり、これまでの人生を振り返ると、運命的な繋がりを感じました。  あなたと別れてから九年が経ちます。この手紙が無事に届いたならば、今更何事かと、あなたは胸をざわつかせているでしょう。先にはっきり言っておくと、復縁を望むとか、過去のすべてを許すとか、そういった類のお話ではありません。  私は今でもあなたが怖い。いえ、あなただけでなく、男の人が怖い。  

【小説】生理用品を買う男

 瀧野は生活雑貨を買い揃えるためにドラッグストアを訪れる。夜中でも煌々と明るい二十四時間営業だ。なんでも屋の如き品揃えで、日常消費する大抵の物は売っている。紙類や洗剤はもちろん、スリッパや衣類、毛布まである。食品に至っては、根幹の医薬品より幅を利かせている。驚くべきは、目立たない場所とはいえ、かつてバカチョンカメラと呼ばれた使い捨てカメラまで置いてあることだ。瀧野は電池を探している際にそれを見つけ、誰が買うんだよと思わず呟いた。  彼は時折、生理用ナプキンを買う。レジで対応し

【小説】青が走る

 最近の天気予報は、臆病な傾向にある。曇りか雨か怪しい時は雨と言い、雨か雪か怪しい時は雪と言う。要するに、批判を出来る限り回避していると思われるが、小狡いことにテレビの場合は、その女々しい発言を大抵育ちの良さそうな、言い換えれば気の弱そうな、若い女性に言わせている。言わずもがな、彼女たちは容姿端麗である。私のようなおじさんは、ころっと許してしまうと見透かされているわけだ。  故に今回も、どうせ雨だろうと考えていた。仮に予報通り夜半から雪が降っても、ちらつく程度で朝積もっている

【小説】レジスマイル開運化

「あそこのご主人、乗せてるのよ」 「ああ、分かります」  立ち話の中で私がそう答えたのは、前髪の不自然な生え際を思い出してのことです。 「この前エアコンの修理に来てもらったら二万五千円。びっくりしちゃった」 「ああ、そっちですか」  小首をかしげるご近所さんを見て、私は笑いをこらえました。  仕入れから金額を上乗せするのは商売の鉄則ですが、その塩梅を誤ると、消費者に不快感をもたらしてしまいます。  県内に複数店あるスーパーで最近働きはじめた私の仕事も、過剰な上乗せだと言われ

【小説】道楽サンタのいない家

「大変申し訳ないんだけど、真白を少し預かってほしい」  紅を差した口元がそう言い残して、妹は行方を晦ました。悪趣味な毛皮のコートを着て、足元は赤いハイヒールだった。からりと晴れた十一月二十三日のことで、音信不通のまま、もうじき一ヶ月になる。実に嘆かわしい理由に違いなく、恐らく新しい男ができたのだ。何か事件に巻き込まれたとしても自業自得に他ならない。誰が同情するものか。野垂れ死んでしまえ。  けれど、真白のことを考えると、どうにか改心して、良き母親に生まれ変わってほしいと願う。

【小説】転換期の告白

 幼時から私は、良く女の子に見間違えられた。さらさらした栗色の髪と色艶の良い肌は生まれながらで、稀に見る美男子だと持て囃されたけれど、学校生活における男女の切り分けに違和感を覚えた。ピンク、白、紫を好み、可愛らしい女の子の服を着てみたいと思った。腕白に外で遊ぼうとせず、ままごとに興じることが多かった。恋と呼べるのか分からないけれど、小学二年生の時、或る若い男の先生が好きだった。  先天的に私の心は女なのか。実は疑念を抱いている。  その好きだった先生に、性的な悪戯をされた。卑

【小説】冷や柿

 日当たりのない窓際で見上げた天井は、僕の脳内を映し出したように白くのっぺりとしている。埋め込まれた空調は、節電のためにまだ稼働していない。外は清々しく晴れているというのに、薄ら寒い空気がだだっ広い室内を覆っている。古今東西の膨大な本と、紙を閉じた青いファイルが整然と並んでいる。ここは僕の左遷先、北側にしか窓がない研究資料室である。  数冊積み上げた本のてっぺんに、朝貰った光沢のある柿を逆さに一つ置いてみた。深緑の平たい蔕が底になり、ほっとする太陽のような暖色であるが、その子

【小説】坊やを連れて

 改札を抜け、中央線の下り階段に差しかかった時、ママ!と呼び止められた。ぴったり後ろにいたはずの翼が、売店の前で大きく手招きをしている。歩み寄る前に腕時計をちらりと見た。 「これ買ってぇ」  ねだられたグミキャンディは、毒々しい紫色のパッケージに入り、愛らしいイラストが子供をたぶらかすように添えられている。 「偉い子はね、こんなところで欲しがらないよ!」 「ぼくは偉くなくていいもん」  視線を上げると、レジにいた女性店員と目があった。互いにマスクをしているけれど、どう見ても彼

【小説】一番好きな人

 残暑は天高く遠ざかり、金木犀の香りが散歩道にこぼれている。髪を二つ結びにした幼い娘が、父親の優しい顔つきを見上げた。 「パパが一番好きな人はだぁれ?」  親子の手はぎゅっと握られている。 「それはママだよ」  きょとんとしながらも、娘のつぶらな瞳は僅かに陰った。 「でもね、ママはみゅーちゃんが一番だよ」  娘はこくんと頷いた。 「パパはね、ママが一番だから結婚したの。これは何があっても変わらないんだよ」 「二番はあたし?」 「もちろん。ほとんど一番の二番だよ。ママとみゅーち

【小説】パーフェクトガールが死んだ頃

 部活帰りの空は、もの悲しい茜色に染まっていた。街路樹の梢を揺らす風が、火照った体を冷ましてゆく。  僕は秋が苦手だ。特に夕暮れ時は、訳もなく気が沈む。いつもの四人でこうして歩く足取りも、自然と遅れがちになる。 「どうした?」 「なんでもないよ」  悠真の問い掛けにそう答えると、ふいに一輝の足が止まった。何かメッセージを受信したのか、手元の小さな端末を見ている。 「どうした?」  三人同時。同じ問い掛けの声が重なった。鬱々とした僕ですら笑ったが、一輝は端末に目を落としたまま深

【小説】出航した手紙

   照れくさい本音も嘘であれば言える。  そう考える私にとって、小説とは、本音を伝える数少ない手段の一つです。虚構の物語に本音を、或いは事実を、どう織り込むかは、無論作品によって異なります。物語の主題、主人公の造形、時には脇役の些細な台詞・・・  この作品においても、何が真であるかを伏せ、私とは、私ではない誰かです。架空の私が紡ぐ、或る先生に宛てた手紙です。  細長い瓶を舟にして、大海原へ投げ入れるとすれば、漂流の末、いつか先生に届くでしょうか。  私は手紙なぞ書いたことが